第41話 騎士と少年


「……しかし……この事態をどうしたら……」

 

 ミスティアは夜空を仰ぎ途方に暮れた。

 とっくに日付はまたぎ──というよりあと数アワルで夜が明ける。

 祖母への土産を受け取りに来ただけのミスティアにしてみれば、このような事態に巻き込まれるなどとは想像だにしていなかった。

 同僚の安否の確認、未だ戻らずに心配しているだろう祖母への連絡、目の前で固まっている十四人もの賊の後始末、そして胸に抱える意識のない少年の介抱、さらには全裸同然の自分の服の確保、そして何よりも──


「精霊様……」


 ミスティアの周囲をふよふよと舞う無数の光の珠との共同作業──。と、処理すべきことが山積している。

 ミスティアが契約をしている風の精霊、リーフアウレは未だ呼び出すことができない。

 しかしどういうわけか少年が使役する精霊は現在も姿を見せており、少年が意識を失っているにもかかわらず消滅する様子もない。


「あの……精霊様は……水の精霊アクアディーヌ様でしょうか……?」


 恐る恐る尋ねるミスティアに答えるかのように、光の珠が激しく点滅を繰り返す。


「精霊言語ではなくても……私の言葉は通じているのでしょうか……?」


 光の珠が点滅する。どうやらミスティアの話す言葉がわかるようだ。


 それなら──


 ミスティアは、クロカキョウと突然名乗りを上げた少年のことや少年が使った魔術のこと、なぜ自分の契約した精霊が呼び出せないのか等々の質問をしたい衝動に駆られた。

 しかし、ここで精霊に気分を害されて賊共の魔術が解かれてしまっては今度こそ助かる見込みはない──と考えを改め、少年に託されたことを手早く進めようと頭を振って気持ちを切り替えた。


 ミスティアは少年をそっと地に寝かせると傷の痛みに眉を顰めながら立ち上がり、再度、賊の一人ひとりを確認しようと男共に近寄る。


「こいつらは……何者だ……?」


 が、何度見てもやはりミスティアには全く覚えのない顔だった。

 顔の作りは一様に彫りが深く、特徴的な縦長の瞳孔は爬虫類を思わせる。


「……他国の間者だろうか……身に着けているものも奇妙な……」


 浅黒い肌には揃いの軽鎧を身に付けその上から黒い衣を纏っており、手首と足首の部分は細い革紐で結びつけられている。


「なるほど、よく考えられた服だ……」


 敵ながら暗殺に特化した最終形であろう機能的な装備に、ミスティアは唸った。

 


 ミスティアはいっそのこと全員纏めて息の根を止めてしまおうか──とも考えた。


 レイクホールにどうにか連行したところでこの賊を取り押さえておくことができるのか──。

 加護魔術が使えなかったとはいえ序列二位を自負する自分が手も足も出なかったのだ、自分よりも格下の騎士や街の衛兵では手に負えないだろう──。

 万が一にでも脱走などされて、レイクホールに混乱を招く恐れがあるのならば、ここで──、と。


 しかしこれだけ隠密にかつ正確に任務を全うする(今回それは適わなかったが)賊の背後関係を掴んでおきたい、ということと、レイクホールの守りに徹している序列一位の顔が浮かんだこともあってリーダー格の男ひとりだけは生かしておこう、と結論を出した。


「──あの、精霊様、少年が、ラルクが言っていた件なのですがよろしいでしょうか」


 ミスティアは振り返ると横たわるラルクの傍から離れようとしない光の珠に向かって声を掛けた。

 するといくつもの光の珠が同時に一度だけ点滅し──、ミスティアはそれを肯定と捉えて話を続ける。


「あの大鎌を武器としている男だけを残して、後は──ッ!!」


 処分してください──とミスティアは言うつもりだった。

 しかし、いきなりミスティア目掛けて直進してくる光の珠に身を竦ませ、恐怖から言葉を継ぐことができなくなってしまった。


「キャアア!!」


 ミスティアがその場にしゃがみ込み頭を抱えて悲鳴をあげる。

 光の珠は蹲るミスティアに突っ込んでくると、そのままミスティアの全身を包み込んでしまった。


 直後──


──ガイィィィィンッ!!


 鉄の塊を大槌で力一杯打ち付けたような、重く鈍い音が林中に轟いた。


 いきなり聞こえてきた腹の底を震わせる音に、ミスティアはおっかなびっくり顔を上げ、音のした方へ振り向くと──


「な、なんだッ!! 何が起こったッ!!」


 賊がひとり残らず姿を消していた、いや、よく見ると──


「つ、潰れているッ!!」


 十四人全員があり得ないほどに、薄く平らに潰されていた。

 まるで床を這う虫を木板で叩き潰したかのように、生き物としての原型を留めていない。


「あっ! ラルクはッ!!」


 ミスティアは焦り、少し先で横たわるラルクへ目を向ける。しかし、ミスティアの視界に入ったのは最悪の光景ではなく、変わらず横になっているラルクの姿だった。


 ラルクの無事を確認して、安堵から思わず息を吐くミスティアだったが、しかし


「──なッ!!」


 ラルクの周囲の草花がペシャンコに潰れて、ひしゃげている様を見て絶句した。

 ラルクの周囲には先程と同じように光の珠が舞っている。

 ミスティアは「まさか」と呟き、へたり込む自分の周りに視線を落とす。

 するとラルクの周囲と同様、円を描くように草は潰れ、地面は抉れていた。

 頭上に目を上げると光の珠が優雅に舞っている。


「せ、精霊様がお助けくださったのですか……?」


 ミスティアが喉の奥から声を絞り出す。と、光の珠は一度点滅する。


「う、あ、ありがとう……ございます……」


 ミスティアは震える声で礼を言う。

 しかし賊の動きを封じてホッとした束の間の出来事だっただけに、頭の中は混乱に陥りかけた。


 だがミスティアとて高名な騎士だ。

 まだ敵がいる、と判断してすぐさま立ち上がり


「なに奴だッ!! 私はレイクホール聖教騎士団、ミスティア=ハーティスだ! 隠れていないで姿を現せッ!!」と、名乗りを上げる。


 ミスティアはしばらく臨戦態勢をとった姿勢で気を張っていたが、返答も、続く攻撃もないことからもう既にこの場にはいないだろうと見切りをつけて肩の力を抜く。


 仲間がやってきて口を封じたのか──


 ミスティアは時間の経過とともに、この惨たらしい状況に整理がついてきた。




 ──確かにラルクは十四人だと言っていた。

 あれだけの技量を持つラルクと精霊様が、賊のひとりを数から漏らすことなど考えられない。

 賊の命を奪った者は、報告を受けに来たのか、ただ様子を見に来たのか、どちらにせよそんなところだろうか。

 しかし十四人がかりで私ひとりを仕損じるなどとは思ってもいなかったのは間違いないだろう。

 そして反対に捕らえられそうになっている仲間を見て口封じをした、と。

 敵からしてみれば想定外だったというわけか……

 それにしても動けずにいた賊共だったとはいえ、一瞬にして皆殺しにしてしまうとは、残虐非道かつ相当な手練れということか……

 もしかしたらそいつが主犯格かもしれない──




 そこまで考えたミスティアは、急いでこの場を離れて街に戻ろうと行動を開始する。


 いつ仲間を呼ばれて再び戦闘になるかわからない。


 精霊が自分とラルクを護ってくれてるといっても、加護魔術を行使できないミスティアにとって戦闘は避けたいところだった。


 幸いなことに移動の手段には困らなそうだ。

 林の切れ間からラルクが乗ってきたのであろう馬が一頭、ミスティアに近付いてくる。


「そうとなれば……」


 差し当たっての問題は身を包むものだけとなった。

 このまま馬に乗って帰ってはミスティアの馬を見て捜索に出てきた者たちに奇異の目で見られてしまう。

 そこでミスティアは賊のひとりから比較的まともな、躰を覆い隠せる程度の布を探し手に取った。

 ラルクの術の効果か血液や内臓は固まったままで、羽織った自分が血まみれになる、というようなことはなさそうだ。

 ミスティアはそれを躰に巻き付けるとラルクを抱え上げる。が、


「つ、冷たい!」


 ミスティアはこれまで、騎士として多くの死体を目にしてきた。

 魔物に襲われた者、盗賊に襲われた者、病で命を落とした者、原因は多岐にわたるものであったが死体の共通点はひとつ、それは全て一様に冷たく硬かった。

 そしてラルクもそれらと同じくして冷たく、そして硬くなりかけていた。


「このままでは不味い!」


 ミスティアは顔色を変え精霊を見る。

 しかし精霊たちはミスティアの焦燥もよそに優雅に舞っているだけだ。

 ラルクの危機ではないのか? いや、しかしこうしている間にも身体は硬さを増している。


「精霊様! ラルクが!」


 ミスティアの訴えも虚しく、ミスティアがラルクを抱きかかえた時点で、役目を果たした──とでも言いたげに精霊がひとつ、またひとつと姿を消していく。


「そんな! このままでは……」


 ミスティアは落ち着きを失い、ラルクを抱えたまま右往左往する。

 

「そ、そうだ!」


 ミスティアはいさぎよく自分の躰に巻き付けた布を一息に脱ぎ去った。


「少しだけ辛抱してくれ……」


 そしてラルクの服も一枚残らず脱がすと──

 ミスティアの柔らかく温かい肌とラルクの小さく冷たい身体を重ね合わせて、向き合う形で抱き合うとその上から布を巻き付けた。


「これで……街まで耐えてくれ……」


 一刻も早く湯浴みをさせてやらねば──


 その思いだけで馬に跨ると、ミスティアは街へ向けて駆け戻った。





 後の話だが、このとき精霊はラルクの身体に異変がなかったことを把握していた。

 実際このときのラルクは、七歳の成長しきっていない体組織に無理に負荷を掛けたため反動が来たに過ぎなかった。

 精霊いわく、ただ単にミスティアとラルクの肌を重ねさせただけだった──と、数年後ミスティアはアクアディーヌから聞かされることになる。

 そして、それを聞かされたミスティアは──白い肌を真っ赤に上気させ、両手を振り上げてアクアディーヌを追いかけまわすことになるのだった。


閑話休題

 

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