第11話 返って来ない声


 みんなの戦いを見届けた僕は、フラちゃんを担ぎ上げると四人の下へ急いだ。

 モーリスさんとデニスさんは地に伏せたまま動かない。

 ジャストさんとアリアさんも冷たい岩に腰を付けて座りこんでしまっていた。


「だ、大丈夫ですか! みなさん!」


 四人の周囲には足の踏み場もないほど天鼠狼バットウルフの血肉が散乱していて、生々しい死体からもうもうと立ち込める湯気が戦いの壮絶さを物語っていた。


「ああ、なんとかな……」


 モーリスさんがごろんと仰向けになると右手を上げて無事を伝える。


「私も大丈夫だ……」


「私も無事よ。もう魔力は残っていないけれど……」


 ジャストさんとアリアさんが僕とフラちゃんを見て笑顔を浮かべるが、無理しているのは明らかだった。

 魔力を使いきってしまったというアリアさんの顔色は青白く、憔悴しきっているように見える。


「デニスさんは大丈夫ですか?」


 まだうつ伏せに横たわったままのデニスさんにも声を掛けるけど、返事がない。


「デニスさん!?」


 動く様子のないデニスさんが心配になり、僕はフラちゃんをジャストさんに預け急いでデニスさんの傍に走った。


「デニスさん!!」


 近くで呼びかけても返事がない。

 肩を揺するが声を発する気配もない。


 まさかっ!


 最悪な結果を想像してしまった僕の心臓が大きく跳ねた。

 「見せてみろ」とモーリスさんが何もできずにいる僕の反対側にやってきてデニスさんの身体を確認し始める。 

 モーリスさんがごろんと仰向けにしたデニスさんの表情は苦しそうに歪んだまま固まっていた。


「大丈夫だ、気絶しているだけだな。……この傷か……」


 モーリスさんがデニスさんの上着をめくると、腹部の辺りから血がにじみ出ていた。

 障壁を張りきれなかった箇所に攻撃を受けてしまったようだ。


「デニスさんは大丈夫でしょうか!」


「息はあるが、体温が下がるとまずい」


 モーリスさんは着ていた上着を脱ぐと袖の部分を切り裂き、デニスさんの傷にあてがい、残った部分を身体に巻き付ける。

 僕も外套を脱いでデニスさんの上にかぶせた。


「先を急ぐぞ、どこか近くの村にいければ治癒師がいるだろう」


 モーリスさんはそう言うと自分も疲れているだろうに、デニスさんを肩に担いで立ち上がり、


「ジャストさん、アリアさん。どうだ、動けそうか?」


 まだ座り込んだままの二人に声を掛けた。


「も、問題無い。だが、私ももう魔石に魔素が無くなってしまったようだ。どうにかデニスさんを温めてあげたいのだが」


「それなら尚のこと先を急ぎましょう。これから夜明けまでが一番冷え込む時間帯だわ」


 ふたりもどうにか立ち上がると、アリアさんが脇によけていた荷を背負い始める。

 そこで両親の声を聞いてか、小さく伸びをしたフラちゃんがジャストさんの腕の中で目を覚ました。


「どこ……ここ……」


 フラちゃんは寝ぼけ眼で周囲を見渡す。と、そこに広がる異様な光景に「ひいっ!」と呻き声を上げた。


「大丈夫だ、フラ。もう魔物は倒しきった。フラを護るためにパパもママも頑張ったんだぞ」


「こ、これ……全部パパとママが?」


「いや、モーリスのおじさんとデニスのおじさんも頑張ったさ。ラルク君もフラのことをお姫様のように護っていたぞ」


 フラちゃんを抱きかかえるジャストさんが顔を綻ばせて今あったことを説明した。

 それを聞いたフラちゃんも大喜びだ。だが、


「ジャストさん……俺、まだ十八だぞ……? デニスのおっさんと一緒にしないでくれよ……」


 おじさんと呼ばれたことが心外だったのか、モーリスさんが情けない声で訴える。


 モーリスさんって十八歳だったんだ……へえ~


 意外なところでモーリスさんの年齢を知り、思ったよりも若かったことに僕は少し驚かされた。

 それでもフラちゃんから見れば十分大人に見えるのか、


「らるくおにいちゃんにくらべれば、もーりすおじちゃんはおじちゃんなの」


「おい、フラっこ、こんな七歳のガキよりこのモーリスお兄ちゃんの方がイカしてるだろ?」


「ふら、おひげきらい。それと、えがおがかわいいおとこのひとがすき」


 負けずにモーリスさんとやり合う。

 そんなフラちゃんを見て、別れた妹のネルとミルもこんな感じになるのかな、となんだか微笑ましく思えてくる。 


「ふっ、フラっこも所詮ガキか。俺の魅力が分からないとはな。後十年したら俺のとこに来い。いろいろ教えてやる」


「モーリスさん……もういいですよ、そんなに五歳の子と張りあわなくっても……」


 たしかにモーリスさんは強いしカッコいいし男の僕から見ても尊敬できる部分はあるんだけど、なぜか残念な部分があるというか……

 なんだろう、白パンを食べようとしたらすみにカビが生えていたときみたいな? オスだと思って育てていた森猟犬フォレストドッグが実はメスだったときみたいな? 少しだけがっかりする要素があるんだよな……この人。


「あら、あら、そうするとフラはラルク君とモーリスおじさんとで取り合いになってしまうのね? 大変よ? フラ、モテる女性は」


「アリアさんまで……そんなこと」


「お、負けるのが怖いのか? ラルク、俺は構わないぜ。まあ、フラっこには後十年は成長して貰わないとどうにもならないけどな」


「……モーリスさん、急ぐんですよね? 早く出発しましょう……」


「おお、そうだな、この話はまたあとでだ。行けるか? アリアさん」


 モーリスさんの軽口のおかげで、僕だけでなくみんなも力が湧いてきたようだ。


「お待たせ、それじゃあ行きましょうか。フラの未来の旦那様──」


 笑顔で荷を担ぎあげたアリアさんが、僕たちに向かって出発の合図を返した瞬間、


「──ア、アリアさん!?」


 アリアさんの胸のあたりから大量の血が噴き出した。


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