第10話 戦闘の行方
「あ、あれを見ろ!」
デニスさんが指をさす方向に、全員が一斉に目を向けた。
僕も視界を確保するため、慌てて数歩前に出る。
するとそこには──銀の穂を掻き分け、ゆっくりとこちらに向かってくる数十頭の馬の姿があった。
さらに森の奥からは次々と同じような馬が姿を現している。その馬上には数も多く遠いのではっきりとは見えないけど、もれなく人が乗っているように見えた。
「あいつら、やっぱり追ってきやがった……」
それを見たデニスさんが唾を飲んだ。
ぱっと見ただけでも百頭はいるだろう馬の上にまたがっているのは──盗賊。
その緩慢な移動速度は余裕からくるものなのだろうか。
ふいに隊列を組んで進む先頭集団の馬の正面に、大きな火の玉が発生した。
火の球はさらに一回り大きさを増すと一直線に真下の馬車が停車している辺りへ向かい──続いて激しい爆発を起こす。
さっきの轟音は、盗賊が放った魔法の爆発音が鳴り響いたものだった。
「第五階級魔法……?」
その魔法は平民では扱うことが難しい、高位に当たる第五階級魔法、炎爆裂弾のように見えた。
訓練された貴族であれば行使することができるけど、平民の盗賊が扱えるとはとても思えない。
僕は恐怖よりも先に、なぜ平民が、と不思議に思い、心の声がつい口から漏れてしまったのだったが──
「なっ! 第五階級だって!? それほどの魔法を撃ち込まれたら下に残った家族は逃げることもできないじゃないか……」
「あの魔法は想定外だが……ジャストさん、連中はそれを選択したんだ。さあ、ここもいつまで安全かわからない」
沈痛な声を上げるジャストさんの肩をモーリスさんが叩き、俺たちも先を急ぐぞ、と声を掛けると岩山を登り始めた。
こうなる可能性があったとはいえ、ついさっきまで一緒に行動していた二家族のことが気にかかる。
僕はしばらくの間、身につまされる思いに呆然としてしまっていたけど、『さあ、行きましょう』と背を叩くアリアさんの声に我に返り、後ろ髪引かれる思いで足を動かした。
「アリアさん……レリックさんたちは……」
下からの轟音が止むと辺りは静けさを戻した。
結局四発もの炎爆裂弾が放たれたようだ。
ジャストさんじゃないけどあんなもの撃ち込まれたら高位の魔法障壁でも張らない限り、助かる見込みはないだろう。
そうわかっていながらも、僕はアリアさんに一縷の望みを託す思いで下の家族がどうなったと思うか尋ねた。
「七歳のラルク君が気にすることじゃないわ。ラルク君は自分が生き残ることだけを考えていればいいの」
眠ってしまったフラちゃんを背負い、並んで歩くアリアさんは、核心を避けて子どもに言い聞かせるように言葉を返す。
「でも、僕がこの場所を案内したばかりに……」
「それは違うわよ、ラルク君。少なくとも絶望の淵にいた私たちに、生きる望みと可能性を君は与えてくれたの。それは彼らも同じでしょう。そこから先の各々の神聖な選択に君は立ち入ってはいないの。だから気にかける必要はないのよ」
「ですが……」
「君は心優しい少年ね……それでも悔いが残るのであれば、その思いを糧に、力の弱いものを助けられるように強くなりなさい。全てを守るのは神でもない限り不可能だから、手に届く範囲の大切なもの全てを守れるように、努力して強くなりなさい。私も夫もその覚悟で今日まで生きてきたのよ」
アリアさんは、君ならできるわ、と僕に右手を差し出す。
「アリアさん……」
僕は右手を伸ばし、声にならない感謝とともにその手を握った。
悴んだ指先に伝わるアリアさんの手のひらの温もりからは、少しだけ母様と同じ優しさを感じた。
◆
「止まれ」
先頭を行くモーリスさんが突然立ち止まり、後ろに向かって手で制した。
月の傾きを見るに盗賊の姿を確認してから、二アワルは経っていないだろう。
場所的には岩山の中腹ほどだろうか。
「あの大岩の上、見えるか?」
モーリスさんが慎重に後ろに下がりながら小声で一ヶ所を指し示すと、
「あ、あれは!」
「大声を出すな!」
思わず叫んでしまった僕を咎めたモーリスさんが、魔物だ、と小声でみんなに伝える。
岩山の上の影は、ついに姿を見せた一匹の
「どうしますか」
「後ろは盗賊が迫ってきているかもしれない。戦うしかないだろう」
ジャストさんが確認するとモーリスさんはそう答えた。
避けられない事態がやってきてしまった──みんなの表情が引き締まる。
僕は何とも言えない緊張感にぶるっと武者震いした。しかし、
「よし、ラルクはフラっこを連れて後ろの岩陰に隠れていろ」
「そんなっ! 僕も一緒に戦います!」
モーリスさんから出されたまさかの戦力外通告に、また大声を出してしまった。
「なにが『そんな』だよ。お前みたいなチビっこになんざ、何も期待してねえっての」
「そうですよ、ラルク君。ここは大人に任せてフラのことをお願いします」
「そうよ、教わった魔法で仕留めてみせるからしっかり見ててね」
「あんちゃん、後ろの見張りも忘れるなよ? 盗賊が来たらすぐに知らせてくれ」
僕のおまけは決定だろう。モーリスさん、ジャストさん、アリアさん、デニスさんが揃って僕に下がってろと言う。
心苦しくもあるが、なにもできない僕が隣でちょろちょろしても邪魔なだけだろう。
僕は仕方なく、気を付けてください、と頭を下げると、寝ているフラちゃんを抱えて指示どおり安全な場所に避難した。
岩陰に隠れて後方を確認する。
見通せる範囲に盗賊の姿はない。
このまま諦めて引き返してくれればいいのだが。
前を向く。
三百メトルほど先で四人が構えをとる。
ここでも一番先頭に立つモーリスさんは、剣を右手で胸の前に掲げ、ジャストさんは右手に魔石を握りしめている。そのすぐ隣に立つアリアさんはジャストさんの魔法に息を合わせようと、いつでも魔法を繰り出せるように集中し、デニスさんは──どう戦うのだろう、一番後方に立ち、全体を見ている。
大岩の上の
すると大岩の上に岩を被い尽くすほどの
あ、あんなにたくさん! 多すぎる!
三十頭はいるだろうか、魔物の群れ。
通常は五頭ほどの群れで生息しているはずなんだけど、目の前にはそれを大幅に上回る数の
いくら六階級に近い威力の魔法を使えるようになったといっても、足場の悪い中であれだけの数を相手にするのは厳しいだろう。
モーリスさんも囲まれてしまうようなことがあれば、剣一本で往なすのは難しいはずだ。
僕も戦えれば……
なにもできない自分の無力さに心底腹が立った。
僕は家を出た当初、まだ自分の無魔という現実を受け止めることができずに、魔素を集める訓練をしてみた。しかし、小さな炎ひとつ顕現させることができなかった。
魔力が無いということは魔素に干渉できないということを完膚なきまでに思い知らされていた。
つまり、身体も小さく力も弱い今の僕は、どう頑張ろうとモーリスさんたちに助太刀ができるような手立ては持ち合わせていないのだ。
意識を前方に戻すと、もう一触即発の状態だった。
じりじりとお互いの距離が縮まっていく。
一メトル、また一メトルと近付くモーリスさんたちと魔物の群れは、もう石を投げればあたる距離にまでなっている。
と、さっき遠吠えを上げた、他よりも一回り図体のでかい
モーリスさんはそれを落ち着いた体捌きで側面に回り込むと横一線、目にもとまらぬ太刀筋で魔物を真っ二つに切り裂いた。
す、凄い!
剣には自信があるとは言っていたけど、あれほどとは!
前に一度、父様に属する貴族が開く剣術道場に見学に行ったことがあるけど、モーリスさんの今の動きはその中の誰よりも速く鋭かった。
やった! あれが群れを率いていたボスか?
だとしたらモーリスさんを恐れて逃げ出してくれれば……
しかしそんな僕の淡い期待は一瞬で消え去った。
残された群れは激昂した様子で一斉に四人に向かって飛びかかる。
モーリスさんは同じように襲いかかる
その隙間を縫ってジャストさんとアリアさんに飛びかかろうとした
よし! いいぞ!!
前方にモーリスさんがいるため槍型の魔法に終始しているけど、いきなりの実戦であそこまで命中させるとはさすがとしか言いようがない。
すると群れの中でも賢い数頭が、いつの間にか四人の後ろに回り込んで背後から襲いかかろうとしている。
まずい!
僕は立ち上がり、
「デニスさんッ! あぶないッ!」
こっちに背を向けているデニスさんに向かって叫んだ。
「デニスさんッ! 避けてッ!」
駄目だ、間に合わない!
大きく飛んだ
そしてデニスさんの首を食いちぎり、赤い鮮血をまき散らす──ことなく、見えない壁にあたったかのように
あれは、魔法障壁!
どうやらデニスさんは魔法障壁を張れるようだ。おそらく低位の階級だろうけど、動きの素早い
よかった……
これで後方からの攻撃に対しても防御が手薄になることはない。
あれ、モーリスさんが下がっていく……?
モーリスさんを一番の脅威と捉えた
すると
まずい……
疲れ切ったのかモーリスさんの剣を持つ肩から力が抜け、戦い終えたかのように剣を下ろす。
デニスさんも諦めたかのように両腕をだらんと下げてしまっている。
駄目だっ! 行かなくちゃッ!
僕はなにができるわけでもないのに、フラちゃんを置いて駆け出そうとしたそのとき、ニヤッといつもの不敵な笑みを浮かべたモーリスさんと目が合った──ような気がした。
『うろたえんな、チビッこが』
そして距離が離れていてモーリスさんの視線も表情もわかるはずがないのに、その顔は確かにそう言っているように感じ取れた。
その目を見た途端、なぜだか僕は動くことができなくなった。
むしろモーリスさんの底の知れない胆力に触れ、動きを止めざるを得なかった。
すると次の瞬間、モーリスさんとデニスさんが膝をつき、地に腹這いに伏せた。
そしてその隙を今か今かと窺っていた
『──火連弾!』
『──風刃陣!』
した、まさに出鼻をジャストさんとアリアさんの詠唱が挫いた。
ここまで聞こえてくるほどの大声で、腹の底から発せられた詠唱と同時、ジャストさんの周りに無数の火球が生まれる。そこに絶妙な呼吸で合わせたアリアさんの風刃が突き刺さり、円状の回転する炎の刃となって
僕が目にしたのは、魔物の包囲によって動きを封じられ、戦うことを諦めた四人の無気力な姿ではなく、練習ではそこまでに達することができなかった、ジャストさんとアリアさんによる第六階級複合魔法、炎風転舞斬が見事なまでに炸裂し、魔物の脅威を打ち破った誇るべき四人の姿だった。
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