第6話 命の奪い合い
「盗賊だっ! 向こうはもう駄目だ! 早く馬車の中へ!」
二度目の叫び声が聞こえた。
僕は何が起きたのか確かめようと、馬車の窓から身を乗り出して周囲を見回した。
すると隣の馬車から心配そうな表情で外の様子を窺っている親子と目が合い、僕と同じく状況を理解していない様子に少しほっとしたが、
「早く馬車の中へっ!」
奥の茂みから大声で叫びながら飛び出してきた男の人の必死の形相に、そんな安心感もすぐに吹き飛んだ。
その顔には見覚えがある。
ひとつ前の街から同じ馬車で移動しているモーリスさんという男の人だ。
「火を消せっ! こちらの居場所がばれるぞっ!」
モーリスさんが焚き火を囲む家族たちに向かって火を消すよう指示を出す。
「もう遅いわっ! 早く馬車の中へっ!」
モーリスさんに続いて飛び出してきた人も続けて叫ぶ。
その人も見たことがある人だった。
名前は知らないけど、もう一台の馬車に乗っている綺麗な女の人だ。
「なんだ! 何があったんだっ!」
「盗賊だっ! もうすぐここへやってくるぞっ!」
「盗賊っ! 聞いたかっ! みんな急げっ!」
「おいっ! 荷物なんて放っておけ! 命が惜しかったら早く馬車へ行けっ!」
「わ、わかった! みんなっ! 早くしろっ!」
飛び交う怒号に否応なく緊張感が高まる。
僕の悪い予感が当ってしまったのか。
盗賊がどの辺りまで来ているのか分からないけど、とにかく急いでこの場から離れなければ──
「早くこっちへ!」僕はくるまっていた外套を羽織ると、外に向かって大きく馬車の扉を開け放ち、大声で叫んだ。
三人家族のお父さんが礼を言いながら馬車に飛び込んでくると、続いて四人家族、モーリスさんと乗り込んできた。
後ろの馬車はもう全員が乗り込んだのか、僕たちの馬車より先に走り出している。
「あなたたちも早く逃げてっ!」
さっきの女の人が通り過ぎざまに僕たちの馬車に向かって声を上げた。
しかしこっちはまだ全員揃っていない。
もうひと組、五人家族が乗っていないため発車できずにいる。
この馬車は五組の乗客が乗り合わせていた。
「まだかっ! モーリスの兄ちゃん!」
御者のデニスさんが今にも馬に鞭をあてようと、しびれを切らして声を荒らげる。
早くしないと先を行く馬車と離れてしまう。
「あの家族っ! 荷物は放っておけって言っただろうっ!」
モーリスさんの怒声に辺りを見回すと、焚き火の近くでいまだ荷物をまとめている家族が目に入った。
「ちいっ! デニスのおっさん! ちょっと待っててくれ!」
モーリスさんは激しく舌打ちするとデニスさんに待つよう頼み、馬車を飛び出そうと──
「静かにしてくれっ!」
した瞬間、今度はデニスさんが僕たちに向かって、左手を上げ声を出さないよう制しながら右手を耳にかざした。
僕はデニスさんの剣幕にはっと息を呑み、デニスさんの視線を目で追った。
山道の先に目を凝らす。しかしその奥は深い闇が広がっているだけだ。
二組の家族と踏み台に脚を掛けた姿勢のモーリスさんも荒い息使いをどうにか抑えて耳を澄ましている。
と、前方から金属と金属が激しくぶつかり合う音が聞こえ──
『っきゃぁああっ!!』と絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
まさかさっきの馬車が襲われたのか。
「くそっ! 挟み撃ちかよっ!」
モーリスさんの一言で僕はすべて理解した。
まず別の旅の一団が襲われ、そして僕たちが逃げようとする先からも盗賊が現れた、と。
すなわち、僕たちは追い詰められてしまったんだ、と。
「デニスのおっさん! どうする!」
「ここは一本道……北も南も盗賊が待ち構えているとなると……もう道が……」
「くそったれがっ!」
モーリスさんの焦る声にデニスさんが答えると、絶望的な状況にモーリスさんが馬車の壁を叩く。
ここはナッシュガルの街まで五日の場所。とすると……
僕は幼いころから叩きこまれきた領地の地図を頭の中で展開した。
なにかないか、と。
汚いと罵られようとも、無様だと笑われようとも、生きると決めたんだ、こんな場所で死んでなるものか──と。
そこへ最後の家族が馬車に乗り込んでくる。
これで全員だ。
御者のデニスさん、モーリスさん、父親三人、母親三人、小さな子どもが僕を合わせて七人、の計十五人。
これだけの人数が逃げられる場所なんて、デニスさんが言うとおりこの辺りには……
いや、一か所だけある。
でもあの場所は……
上手く行くかはわからないが、それでもここで盗賊に挟み撃ちされるよりましかもしれない。
「東へ逃げましょう! この先、西は峡谷が続いていて道がありません! 東なら岩場が広がっています! 道は良くありませんがそこを越えれば逃げ切れると思います!」
「お前……ラルクとかいったな。お前の言うことを信じろと……?」
「僕はこの領主の……いえ、この領地のことは少しだけ知っています! 上手く行くかは五分五分ですが、ここに残るよりましだと思います!」
「どうする、デニスのおっさん……」
僕とモーリスさんの会話を聞いていたほかの乗客は、固唾をのんで行方を見守っている。
「考えている時間が惜しい。この少年の言うとおりにしてみよう。確かに西は悪手だが東はまだましだろう」
「……分かった。ラルク、案内できるか?」
デニスさんの決断を聞き、モーリスさんが半分外に出していた身体を馬車に収める。
「はい、急ぎましょう! そうしたら、デニスさん! あの大きな木の左を直進してください!」
僕は心配そうに震える小さな子どもたちと目を合わせると、
「絶対に生き延びよう! だからみんなも協力して!」
自分自身も励ますように大きな声を出した。
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