第5話 寒空の下の襲撃
馬車に揺られて1カ月が過ぎた。
三つの街を通り過ぎ、三回馬車を乗り継いだ。
二つ目の街からは乗合馬車のため、ほかの客も乗っている。
良い人もいれば感じの悪い人もいた。
僕の右目を見ても気が付かない振りをして普通に接してくれる人、眉をしかめあからさまに避ける人。
奇異な目で見られることにももう慣れた。
まだ父様の統治する領内だけど、僕のことを知っている人は誰ひとりいなかった。
幼い子どものひとり旅に同情してくれる人など誰ひとりいない。
これが現実だった。
街に滞在するとき以外は全て野宿だ。
まだ寒いこの季節、外で焚き火に当たりながらの夜明かしは過酷を極める。
御者さんは「馬車の中で寝ろ」と言ってくれたけど、最初は遠慮してみんなと一緒に外で寝ていた。
しかし、ある日あまりの寒さに寝ている最中に気を失ってしまい、それからは周りに迷惑を掛けないように馬車を使わせてもらっている。
それもこれも簡単な魔法を使うことができないためだ。
他の人たちは魔法を使い、それぞれ暖を取る。
まだ自分で魔法を使うことができない小さな子どもたちは、それぞれの親がしっかりと魔法で温めている。
古代魔法師は魔石を使って、現代魔法師は魔素を直接使って。
僕は眠れない夜には馬車の中からそんな光景をぼんやりと眺めていた。
仲睦まじい親子。じゃれあう兄弟。そして一枚の毛布にくるまって抱き合いながら眠る姉妹。
──魔法なんて存在しない世界に生まれたかった。
最近そのことをよく考える。
そんな世界ありはしないが、もしあったとしたら……
今夜も眠れずにいる僕は馬車の中で横になり、外で暖をとる家族を眺めながらそんな妄想を膨らませていた。
もし、魔力なんかで優劣を決めない世界があったら。
もし、家族が別々にならなくて済む世界があったら。
もし、兄弟たちといつまでも一緒に暮らせる世界があったら。
そして、もし、現代派と古代派の争いがない世界があったら。
最後は決まって平和な世の中を想像する。
争いのない、みんなが笑って暮らせる豊かな世界。
父様は事あるごとに古代魔法師と現代魔法師の争いの話を僕に聞かせた。
その争いの発端は、魔石を一括管理する魔法師組合と、魔石の上がる値段と下がる質に不満を訴えた魔法師との間にできた摩擦が原因となったらしい。
そしてある魔法師が魔素を直接魔法に使うように研究したことがきっかけとなり、約三千年ほど前から古代魔法と現代魔法の派閥が出来上がったそうだ。
古代魔法師は組合から配られる魔石を持ってさえいれば場所に関係なく魔法を使うことができる。
しかし定期的に組合にお金を払い、魔石を購入しなければならない。
質の良い魔石はその分高く、貧富の差によって使える魔法に違いが出てしまうのだ。
それがいけなかったらしい。
一方現代魔法師は魔石を必要としない。
だから魔石にかかる費用も必要ないということになる。
しかし魔素がない場所では魔法を使うことができない。
魔素のない場所にはあまり人が足を踏み入れることがないようだから関係がないといえばそれまでだけど。
どちらにも短所長所があるため、貴族以外の平民は好きな方に所属することができる。
しかし今では平民の間では現代魔法の方が組合員が多い。
やはりいつの時代も出費は少ない方がいいということか。
貴族には無論、選択の余地はない。派閥は代々決められているのだ。
僕は最初お金持ちは古代魔法で、反対に生活が苦しい人は現代魔法と勝手に想像していた。
しかし父様はそれだけではないと言う。
元々魔石を買うことができなかった、貧しい者を救済するために立ち上げられた現代魔法だが、今では使い勝手の良い素晴らしい魔法になっているのだと。
だから、現代魔法師を貧しい者、と決めつけるのはやめなさい、と。
僕はこうして旅に出てみて不思議に思うことがある。
貴族以外の人たち、今こうして一緒に行動する平民の人たちはどちらの派閥であっても争そう様子がまったくないことだ。
どちらの派閥であったとしても家族同士が揉めることなく旅を続けている。
なぜ、お金もあって力もある貴族たちはあんなにも長い間争いを続けるのだろう。
魔法が無くなればそんなこともなくなるのに……
そういえばあの夢の世界には魔法があるんだろうか。
無いのなら一度行ってみたい。
そんな世界なら貴族同士もこの家族たちみたいに仲がいいんだろうな。
ぼーっと外套にくるまりながらそんな夢物語を想像していたとき、遠くから馬の嘶きが聞こえてきた。
もう夜も遅い。馬に鞭を当てることなど考えられない。
それも一頭ではなく数頭だ。
よくわからないけど嫌な予感が胸をよぎる。
少し前、反対方向から来た旅の一団と一緒に野宿をした際、その中のひとりが言っていた、そのときは他人事のように聞き流していた言葉を思い出した。
『この先、十日ぐらいの場所で盗賊団が出たらしいから気を付けろよ』
しかしまだ忠告を受けた日から五日しか経っていない。
それでも僕は不安に急き立てられ、窓の外を警戒した。
外で暖をとっている人たちも馬の嘶きが聞こえてきた先に顔を向けている。
そっちには別の一団が休む平地があったはずだ。
その方角が俄かに騒々しくなる。色々な雑音と一緒に悲鳴のようなものまで風に運ばれてきた。
と、そのとき、
「盗賊だっ! 盗賊が出たぞっ!!」
誰かの叫びが静かな闇を切り裂いた。
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