第2話 黒眼の無魔



「ステファイド=クロスヴァルト侯爵、並びにラルクロア=クロスヴァルト卿のご入場です!」


 僕の魔力測定用に用意されていた場所は屋敷で一番広い舞踏会用の会場ホールだった。

 執事のレスターが会場の扉を大きく開く。と、むわっ、とした空気が外に逃げてくる。


「え……? こ、こんなに……?」


 会場に一歩足を踏み入れた僕は人の多さに目を回した。

 確か最大で三千人は収容できると聞いたことがある。

 その会場がいまや料理が並んでいる場所を省けば、ほぼ満員だ。 


 これ……二千人以上はいるんじゃないか?

 こんなに人が集まったの見たことないぞ……

 父様はなにを考えておられるのだ……


 会場内は人の密度と湿度が高く、外の寒さとは対照的になんとも異様な熱気に包まれていた。


「皆、奇跡の瞬間に立ち会うために集まったのだ。魔力の測定をした後、誕生祝いも兼ねての祝宴へと移る」


 クロスヴァルト家は王から侯爵の爵位を、この領地と共に下賜されている。

 現在二つある公爵家に続き、国内三番目に位置する高位の貴族だ。

 それなりの有力貴族が集まることも理解できる。


 だけど──


「父様! この大勢の方々の前で魔力測定を行うのですか!? ま、万が一、その……」


 そう、第一階級ではなく、第二階級止まりだったら、もしくはひとつ落ちて第三階級だったりしたら──恥さらしにも程がある。


「ははは! 案ずるなラルク。お前は去年第二階級の仮判定が下りているのだ。最低でも第二は不動。あわよくば私の第二階級を越えるのを、そして我ら現代魔術師三人目となる第一階級が誕生する瞬間を皆待ちわびているのだからな!」


「は、はあ……」


 無論僕だっていまさら個室でやります、なんて言えないことくらいわかっている。

 みんな遠路はるばるクロスヴァルト領まで足を運んでくれたんだ。

 だからといって、顕現祭のように盛り上がられてもこっちは堪らない。


 他の子たちはみんな教会でパパッと終わらせるのに、何で僕は…… 


 幼少から貴族としての義務を学んできてはいるが、やはりこういった面では平民の方がなにかと勝手が良い、と思ってしまうのは弟のマークとは正反対の所感だった。



 ◆



 僕が測定用の魔道具が設置されている壇に上がると、会場は水を打ったように静かになった。


 みんなが僕の測定結果を固唾をのんで見守っている。

 過去ふたりしかいない第一階級。

 しかもそのふたりはもう生きていないといわれている。


 ここで第一階級魔法師誕生となれば、古代魔法師にいるふたりの第一階級に数の上では近付くことができるのだ。


 〇対二と一対二では意味するところが大きく違う。

 現代魔法師だけでなく、古代魔法師たちに与える影響も計り知れない。

 そして僕が旗印となって現代魔法師たちを率いていくことこそが父様の悲願だ。


 下手な結果が出たら火あぶりにされそうだぞ、これは……


 冗談などではない。

 現代魔法師派の貴族家に於いては、魔力の弱い者は家を継ぐことを許されない。

 両親の魔力を色濃く引き継ぐためあまり例はないが、第七階級などであれば奴隷落ちとなってしまうそうだ。

 それが第十階級などと判定されたら、村人とそう変わらない能力ということになる。

 そんなことにでもなったら、劣った血を残さないためにも、処刑されてしまうこともあるらしい。


 ま、それはないだろうけど……


 父様は第二階級の魔法師だ。

 そのうえ去年は父様と同じ第二階級の判定が出ている。

 奴隷落ちになることなど、まかり間違ってもないだろう。

 最低第四階級程度でも十分に家を継ぐことは可能だ。

 実際のところは第四階級でも家督を継いでいるものも多い、というより圧倒的に第四階級が大多数を占めている。

 約五百ある現代魔法派の貴族家のうち、第四階級の魔法師が当主を務めている家が八割以上を占めている。

 残りは第三階級と第二階級だが、第二階級は王家を除き三家にとどまる。

 第一階級の魔法師はふたりとも貴族ではなかったらしい。


 早く終わらせてマークたちに美味しい料理を食べさせてやろう。


 僕は教会から来てくれた神父様の指示の下、神に祈りを捧げ、小刀で親指の先を切った。

 判定結果は魔道具の水晶に現れる色によってすぐにわかる。

 紫色が濃ければ濃いほど魔法に対する適性が高く、第一階級判定に近付く。

 反対に緑色が濃いほど適性が低く、第十階級判定に近付くこととなる。


 僕は覚悟を決めて魔道具に血を一滴垂らした。


 僕の顔程の大きさの水晶がじわっと血を吸い込む。

 するとすぐに水晶の色が変化を始めた。

 ──色は紫。


「やっ──」


 紫は紫でも特に色濃い紫紺一色に染まったので、喜びの声を上げようとした瞬間、会場内に雷が落ちたような閃光が走り


「──うわっ!」


 僕は絶叫してしまった。


 落雷と違い、音はないが凄まじい明るさの光。


 どうしたら良いか分からず、僕は目を閉じたままじっと堪えていた。

 しばらくしてその光が消え去り──僕は静かにまぶたを開く。


 貴族たちも突然のことに驚き、俄かに騒がしくなる。が、


「静まれよ! 静まれよ!」


 神父様が声を轟かせると会場内に静けさが戻った。


 な、何だったんだ今の光は……


 誰かが魔法を放ったのか?

 ……でもあんなに広範囲で強力な魔法、父様クラスの魔法師でもないと難しいんじゃないのか?


 僕はいま起こったことを確認しようと父様のいる席へと目を向け──周囲の異様な雰囲気に目を瞠った。

 神父様の声により一旦は落ち着きを取り戻した貴族たちだったが、再びざわりと騒々しくなり場の空気が一変していたのだ。

 閃光が収まったときよりも騒がしい。

 父様もそれを咎めるでもなく、他の貴族たちと同じ表情で一点を凝視している。

 この場にいる全員が一様に見ているのは壇上の僕──ではなく僕の前の魔道具、水晶だった。

 僕は何事かと紫に変色しているはずの水晶に視線を落とし──


「────っ!」


 ──息を呑んだ。


 そこにあるのは紫紺に染まった水晶ではなく、無色のままの水晶だった。

 無色透明。いや、水晶本来の色よりも透き通ってしまっている。


「な! なンでこんな──」

「魔無しっ! 無魔判定だっ!」


 動揺のあまり上ずってしまった僕の叫びを、誰かの声が打ち消した。


「ちがうッ! さっき確かに紫に──」


 更に大きな声で弁明しようとするけど、


「あ、あの瞳はっ! し、漆黒の瞳の無魔!」


「無魔っ! 無魔の黒禍くろかだ!」


 一斉に騒ぎ出した貴族たちは収まることなく、会場全体が色めきだつ。

 父様も愕然とした表情で水晶と僕を交互に見つめている。


 何かの間違いじゃないのか?

 これ、壊れてるんじゃないのか?

 去年第二階級判定だったのに?

 誰かの策略?

 ! そうだ! 古代魔法派の罠だ!


「父様──」


 貴族たちの興奮する声に負け、僕の声は父様に届く前にかき消えた。

 父様の土気色の顔をみて大変なことになったと痛感する。


『──伝報矢メッセージアロー!』


 誰かが伝言の魔法を行使したのを皮切りに、次々と光の矢が上空に放たれた。

 それは緻密な絵画を施した天井をすり抜け、敷地の上空へと突き進む。

 僕の判定結果を受け、急いで自領や関係各所へ伝言を送ったのだろう。


「静まれよっ! 皆の者! 静まれよっ!」


 神父様が収拾のつかなくなった会場を取りまとめようと声を枯らす。


 だが伝報矢メッセージアローの行使に夢中になっている貴族たちは一向に手を休めようとしない。

 ひとりで何本もの矢を放つ者もいる始末だ。


『──静まれぇいぃッ!!』


 そこに苛立った様子の父様の怒号が、会場内の空気を熱気ごと震わせた。

 その声は貴族たちの注目を集めることに成功したが、既に飛び去った伝報矢メッセージアローまでは止められない。

 すでに国中に向け、僕の無魔判定は拡散されてしまった。


「ラルクロアの処遇に関しては、クロスヴァルトに於いて預かりとする! 皆よ! 本日はこれにて仕舞いとする!」


 険しい表情で散開を宣言した父様が壇に上がってくる。

 呆然と立ち尽くしていた僕は強引に腕を掴まれ、引きずられるように会場を後にした。



 ◆

 


 去年より十日ほど早く、この冬一番の寒さとなった日。

 時刻は四の鐘を少し過ぎたころ。

 クロスヴァルト侯爵が居を構える紅狼の森の一角から、上空に向けて一斉に矢が放たれた。

 無数の矢は空中で様々な姿に形を変えると、キンと澄み渡った青空を四方八方に飛び去っていく。

 その中には王家のしるしである”紫の龍”や、公爵家の”金の獅子”を象った矢も見られ、クロスヴァルト領ヴァルトの街上空はしばらくの間とりどりの色彩が乱舞した。


 色も形も多岐にわたる『伝報矢メッセージアロー』には──、


《ラルクロア・クロスヴァルト卿 『無魔』判定 漆黒の瞳は無魔の黒禍むまのくろかなり》


 との文言が刻まれており、その内容は一夜にして王国中に広まったのだった。


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