天沼矛
宿川花梨
第1話
天沼矛
につ神のちて、伊邪那岐の命、伊邪那美の命、二柱の神に、「のただよへる国をりめよ」とりて、のをひて、さし賜ひき。、二柱の神、のにたして、其の沼矛をしろしてきたまへば、塩こをろこをろにきして引上げたまふ時、其の矛のよりり落つる塩、なりもりて島と成りき。是れ島なり。
古事記注釈第一巻 より抜粋
第一章
1
2015年2月22日
船酔いをこらえながら明智義明は目的地を目指す。ヘリコプタ―は高所恐怖症のため避けた。およそ2日間の船旅。ヘリコプタ―でも6時間はかかるうえ高所恐怖症の恐怖には耐えられない。長い長い1.8日間を頑張って耐える覚悟を決めた。船は豪華なクル―ザ―。しかし、当たり前ながら船旅を楽しむためではない。目的地は記憶に新しい西之島の200キロ西を目指す。クル―ザ―は意外にも燃費が悪い。燃費0.5キロというところだった。
だからデッキには燃料タンクが大量にある。
西之島は2014年噴火で領地が大きく拡大した地だ。
いわば、この場所はただただ広がる海で『何もない』場所だ。
ただ、何もないとは公式的にはという意味で実質的には秘密裏に巨大な研究施設が存在している。「明智さん。まだ船酔いですか?」クル―ザ―の持ち主の吉崎清助が言う。
62歳の年寄で金持ちだ。秘密裏にということが条件なため吉崎清助には大金が支払われている。「ああ、すまない。海がここまで荒れるとは思わなかったよ」明智義明は苦笑する。
「ほら、酔い止め。量状を守ってと書かれてるから一応気を付けて
吉崎清助。
気を付けるも何も渡しておいてそれはないだろう・・・明智義明は考えるが今日で何度目だと考えながらも渡された酔い止めを飲む。・・・たかが酔い止め死ぬことはないだろう。
酔い止めと言っても所詮自己暗示の類に過ぎないのではないか?という疑惑はあるが一応効いたと思いこむことにする。船の中を散歩することにした。・・・これで何度目だろう。
しかし、ほかにすることはないのだ。本来なら釣りを楽しむ場所であるデッキから入口に入る。中は豪華な固定式のテ―ブルと椅子。それとキッチンが覗く。
冷蔵庫には数十万円のワインがあるが吉崎清助の持ち物なので飲んだことはない。
基本的にハムエッグのような一般的な食事であった。
本来なら釣った魚を食べたりするものだろうがあいにく私は急いでいる。
だから、質素な食事で済ませているし吉崎清助にも同じ食事をしてもらっている。
本来なら・・・私も高級住宅地に住んでいる身だし家にはメイドまでいるのだが・・・
・・・本来なら・・何度もこの言葉を吐きそうになる。
しかし、これは秘密裏ではあるが国家レベルの巨大プロジェクトなのだ。
我が民自党は功績を焦っている。国民の批判のある多くの法案しかやっていない。
ここで国民の支持を受けるような政策が必要なのだ。明智義明は民自党の党員だ。
しかし、明智自身、目立った功績をあげていない。だから焦っていた。
このプロジェクトがうまくいったら・・・明智には期待しかなかった。
1日目。そして18時間・・・ようやく船になれてきたといえる頃目的の施設が見えてきた。メガフロ―トとはいえ狭いビルくらいの広さしかない。海上に顔を出している建物はあまりに小さく大きめのプレハブ小屋のようだ。しかし、これは入口に過ぎない。
2
目的地に到着すると吉崎清助は明智義明の視察が終わるまで帰れないことになっている。
出入り口にいたのは職員52人。その他に任務から席を外せない職員もいるという。しかし、読者の想像するように油田施設などではない。
病原菌などを研究する施設でもない。海中住宅の実験施設は兼ねているもののそれが主というわけではない。ただ実験施設ではある。
「明智議員ようこそお越しくださいました」研究所所長の安川敏明は言う。顔に汗が見える。緊張した様子だ。
「とりあえず、客人をもてなしてくれ。失礼のないようにな」明智義明は職員に指示をする。
職員は吉崎清助をもてなす為客室に案内する。しかし、研究内容は吉崎清助にも秘密である。
「ああ、わかってる。見ざる、聞かざる、言わざる、だろ。」吉崎清助は機嫌がいい。それ相応の待遇が約束されてるのだ。
「では、明智議員こちらへどうぞ」案内役の名も知らない男が案内する。
若い男だ。技術者の一員らしく制服を着ている。「施設は地上1階、地下12階になっています。ただ海中の建物は水圧対策のため多くは球形をしております。もし長く滞在されることになるようになるようでしたら息苦しい思いをしなくてはならないのかもしれません。酸素がないという意味ではなく気持ち的に息苦しい場所なのです
「まるで私に早くここから出て行って欲しそうな物言いだな」明智義明
「いえ、・・・決してそのようなことは」
「まあいい、あれはどうなっている?使えそうなのか?」明智義明
「わかりません。実験もまだしたことありませんし、・・・その突貫的に進められた事業なものですから」
明智義明は舌打ちをした。その瞬間若い技術員は身震いした。
「お前、なんという名だ」明智義明
「えっ・あっ・橋口祐介です。技術主任をしております。」橋口祐介
「では橋口。アレがある場所まで案内しろ」明智義明
「・・・指令室でよろしいですね。こちらです。」橋口祐介
指令室と呼ばれる場所は地下二階のため水圧はさほどなく比較的広い空間を保持した長い立方体の施設だった。
案内されるまでの道のりは先ほどの出入り口から遠くなく・・・ただ、一応隠し扉で隠してはある。
「この部屋が指令室です。」橋口が案内すると職員が5人程モニタ―を緊張した様子で見ている。それは、実験への緊張だろうか?民自党議員、明智義明に対する緊張だろうか?
モニタ―は水圧系水温計地震計などのほかの表示の他に地形マップが映し出されている。
「では、さっそく作業を開始してくれ。」明智義明
「本当に行うのですか?もっと安全確認してからのほうが・・・」職員の一人が訴える。
「うるさい。俺は早く終わらせてさっさと帰りたいんだ。わかったら早く作業を急げ」
明智義明はイライラしていた。これもあの長い船酔いのせいだ。
しばらくの沈黙ののち職員はスイッチを押した。
3
最初に施設に巨大な衝撃波が起きた。その後しばらく経つと海底の水温が急激な上昇を上げ続けるデ―タが送られてきた。橋口祐介は不安しかなかった。(これからどうなる?これからどうなる?)しかし、どんなに知識を持っていても決定権は橋口祐介にはない。
津波はしばらく収まりそうにない。しかし、それは想定の範囲内だ。
何もないはずの海底からマグマが噴出し続けている。これは実験の成功を示している。
問題はこれを制御し得るかどうかだ。(いや最大の問題は虚栄心のバカの明智がどう行動するかだ)
橋口祐介は大学では地球物理学を専攻したが教授にはなれなかった。就職先もなく奨励金を返すあてもなく、しかし家族は老老介護で祐介からのお金がないと生きていけない。
拾い主に恩義はある。しかし、・・・これから先の予測不能の事態の責任は持てはしない。
他の同僚も同じようなものだろう。
マグマは海底火山を形成している。何日かのちには『島』が形成されるだろう。
希望的観測で言えばこの島では多くの資源が期待できる可能性はある。
絶望的観測で言えばもはや何が起きるのかわからないということだ。
地下のマグマの流れを変えてしまうかもしれないのだ。地下の流体力学はどうなっているのか未知の世界なのだ。
4
もはや秘密でもなんでもなくなった。新たに海底火山が噴火したのだ。
これが人工的となれば世界的なニュースになるだろう。
2月23日。
取材ヘリが何台か姿を現す中海底火山は島を形成した。およそ3000メ―トルからの海底火山だ。いまある小さな島の下には巨大な山を形成している。多くの深海生物が死滅していることだろう。
2月24日。
島は直径100メートルを超えた。島は高く山を形成することなく横へ横へと広がっていく。これは2014年噴火で領地が大きく拡大した西之島と同じ形成過程だ。
立地条件が西之島に近かったことからこの島も同じ形成過程をとったのだろう。
しかし、島の形成が早すぎる。
2月25日。
島の巨大化は止まらない相変わらず横へ横へ広がっていく。
・・・2月28日。
マグマの噴出はようやく収まった。隣の西之島の2倍の大きさを誇る巨大な島が現れた。
島の名前は、計画であったプロジェクト『天沼矛』に倣い「オノゴロ島」と名付けられた。
第二章
1
報道各社が動き出した。
2015年2月22日
ニューヨ―グ・タイムズ「太平洋日本領海内付近で地震発生。通常の地震とは異なるとの専門家の見解!?人工的なものか?」
2月23日
ニューヨ―グ・タイムズ「太平洋日本領海西之島西200キロ付近で海底火山出現後、島を形成。」
日本NNK「太平洋日本領海西之島付近で海底火山出現。」
2月24日
日本読経新聞「西之島付近の島。巨大化の模様。新たな資源獲得の可能性?
週刊ポトス「人工的な島形成の可能性。日本政府の企み?」
2月25日
日本朝毎新聞「資源調査団結成へむけて。島の名称は?」
日本NNK「島の大きさは隣の西之島より巨大化する可能性」
2月26日
週刊現生「内部告発。謎のプロジェクト『天沼矛』とは何か?」
2月27日
日本読経新聞「西之島付近の島、徐々に沈静化の模様。明日には島の名称発表の予定」
2月28日
日本NNK「島の名前は『オノゴロ島』。古事記に登場する神話上の島。プロジェクト『天沼矛』・・・人工的に海底火山を起こし人工的に島を造る計画。新たな領土確保に向けて政府は意気込みを見せる」
2
2015年2月22日 西之島付近の内密の海上施設。
「・・・狭い。・・狭いと言っているんだ。何とかならんのか」明智義明は自らにあてが
わられた部屋に不満を漏らす。
「ですから・・・ですから最初にご説明したはずです。海中の建物は水圧対策のため多くは球形をしていますと。だから言ったはずです気持ち的に息苦しい場所なのです」橋口祐介は早くもうんざりしていた。しかし、相手を怒らせるわけにはいかない。
「・・上には行けんのか。指令室は比較的広かったではないか」明智義明
「なにぶんも実験の成功と言えるまでは秘密裏な計画のはずです。だからこのような施設の形状なのです。それに予想外な津波など実験が失敗となればこの球形住居そのものが避難用のシェルタ―となります。狭くても安全面には優れてますし、明智議員は水深50メ―トルの比較的広い区間なのです」橋口祐介
(これだけ不快な生活なら吉崎の奴が怒って帰ってしまったらどうするつもりだ。俺は高所恐怖症でヘリには乗れんのだぞ)内心、明智義明は別の意味でも胆を冷やした。
しかし、実験は始めてしまった。・・・賽は投げられたのだ。もうここから出るのは失敗か成功かわかるまで出られない。・・・こんなことなら別の議員に押し付ければよかった。
天沼矛計画は、海底に深く長い爆薬を仕込み海底火山を作り出す技術だ。
国民に信を問わず実行し成功すれば公表し失敗すれば知らぬ存で押し通すつもりだった。
部屋の内部は球状のためできるだけ視覚的には広く感じるよう設計してあるはずなのだが実際はやはり狭い。直径12メ―トルの部屋で床を開ければ収納スぺ―スがある。インタ―ネット対応のテレビがあり他の議員とテレビ会議ができるようなっている。この施設の会議室でも話したくない内容の時は重宝するだろう。(つまり、失敗したとき使うだろうか)
一番巨大なベットは左中央を支配し先ほどのテレビ兼パソコンの椅子と共にベットに備え付けの板を設置すれば来客用のテ―ブルと化する。すぐ後ろには服かけがあり見かけより動きやすさを重視した作業服がかかっている。
しかし思う。・・・俺はこんな狭いベットに寝たことはない。
2月23日
吉崎清助が帰ると騒ぎ出した。吉崎清助が部外者であることにかわりないが実際に帰ってしまったら俺(明智)はどうやって帰ればいいんだ。部外者なのは〈かわりない〉が吉崎清助の《代わり》は居ないのだぞ。しかし、職員は吉崎清助の引き留めには積極的ではない。誰か・・そいつを逃がすな。
2月24日
吉崎清助の引き留めのためいくつかの上昇確実な株を教える取引をもちかける。
明智にとっては必至な駆け引きが行われた。
2月25日
島は巨大化し続ける。職員は冷や汗ものだが、立派に島ができているではないか。
明智は安心と共に将来の未来に向け自信をつけた。
誰か情報を外に漏らした奴がいるようだが、これはもう成功と思っていいのではないか?
2月26日
議員のテレビ会議とともに職員と島の名前を考える話し合いをする。
職員からはまだ成功と考えるには早すぎるなどと慎重な奴がいるようだが・・・無視しよう。
仲間である民自党議員から「プロジェクトは天沼矛なのだから、これはもう成功の公表としてオノゴロ島というので決まりでしょう」という意見が出た。
異論はない。
2月27日
もはや、成功の一言しかない。公表が楽しみだ。
2月28日
島の名前の公表と共に今まで秘密裏の計画であったプロジェクト 天沼矛を公表する。
計画の成功として明智義明の名は歴史に刻まれることだろう。今まで密閉空間を我慢してきたかいがあるというものだった。
将来は総理候補か・・・夢は広がる。
第三章
1
2015年2月22日
小沢頼子は急いでいた。保育園に向けて。娘は5歳と3歳になる。しかし、保育園は次女を受け入れてくれなかったので別々の保育園に向かわなければならない。
長女の保育園の送り迎えに30分。そこから次女の送り迎えに1時間かけていた。
どうせなら一緒に受け入れてほしいものだが保育所の不足なのだという。
政府は女性の社会進出を推し進めている。しかし思う。こんなに子育てに苦労する環境で何が女性の活躍なのだろうと。多くの女性がそう思っていると思う。
小沢頼子は離婚していた。夫はリストラで無職だったので離婚を決意。娘たちの親権は頼子に移っていた。夫は仕事を失ってから酒ばかりを飲み時々暴力をふるうようになった。
夫の仕事は中小製造企業の営業だった。夫の就職先は景気回復をうたう政府とは裏腹に円安の原材料の高騰で経営不振に陥ったのだ。格差は肌に感じる。株を持っている人は確かにウハウハだろうがやはり私たちは苦しい生活なのだ。
小沢はNNKの報道記者である。娘を保育園に送るとNNK本社に行かねばならない。
NNK本社は保育園から反対方向にあるので移動に2時間はかかる。
子育ての関係で残業はできない。迎えの時間、食事を作る時間。小沢は食費をきりつめ生活費をいかにきりつめるかを考え寝る時間をも惜しみぎりぎりで生活していた。貯金など考えていられない。今後娘たちの養育費はどんどん必要になるだろう。将来の不安はさまざまな形で押し寄せる。時に気が狂いそうになり娘に暴力をふるってしまいそうになる。そしてまた自己嫌悪に陥るのだ。
やっと職場についた。NNKではある噂が広がっていた。西之島付近で地震が起きるがそれが人工的な可能性があるということ。しかし、報道規制がかかり情報を思うよう国民に伝えられないのだという。・・・核実験?何?新たな武器開発?
政府は軍備増強し憲法9条の改正をしたがっている。集団的自衛権などの問題だ。
しかし、アメリカの報道〈外国から見た日本〉は正確に情報を伝えている。いくら報道規制していてもいつまで隠しどうせるだろうか?
2
2月23日
「海底噴火って書いてある。武器の新開発じゃなかったわね」小沢頼子はほっとする。戦争なんてたまったものではない。
「でも何故政府は報道規制なんかかけているのかしら?」同僚の小柳敏江は言う。
51歳のベテランでNNKの内部情報に詳しい。
政府の企みが予測がつかない。
2月24日
「新聞各社は報道規制がかかっている状態はかわりないみたいね。自由な報道ができる週刊誌が羨ましく感じるわ」小柳敏江
2月25日
小沢頼子の長女の愛理が熱を出したという。急遽退社し幼稚園に行く。
子育てしやすい環境を政府に強く望む。
2月26日
子供の心配ばかりもしていられない。小沢頼子にも生活が懸かっているのだ。
祖父に子供を預けNNKに出社する。いつのころからだろう?自分の子供を両親に預けたがらなくなったのは。・・・いつの頃からだろう世間的にそれが当たり前のようになったのは。
「島はどこまで大きくなるのかしら?」
「週刊現生で騒いでいるわね。天沼矛計画って何かしら」
「貴女、週刊誌なんて読んでるの?あんなのあてにならないって」
相変わらず自由な報道ができないNNKだが社内では噂が絶えない。
2月27日
「おい、島の名前と天沼矛計画について報道するぞ。いいか、あくまで計画のいい面だけ報道するんだ。間違っても与党を怒らせるような内容を報道するんじゃないぞ」デスクの田路原泰明は叫ぶ。急いで記事をまとめろというのだ。NNK内部は慌ただしくなりだした。
2月28日
天沼矛計画について大々的に報道された。国民の反応はいい面だけという報道規制があってもあるのだろう高評価のようだ。これが何を意味するのか小沢頼子はしばし考える。
第四章
1
2015年6月15日
オノゴロ島に調査団が到着した。仮にも火山島だ。安全を考え現在まで待った。
岩を削り持ち帰り成分分析をするためだ。安山岩と結果がでた。西之島と同じ成分だった。
研究員は予想通りという顔をしていた。西之島を形成しているのは安山岩だからだ。
主だった資源がないのは明智にとっても面白くない話だった。
国会に帰り着いた明智義明は与党内の仲良し議員との会議をしていた。
「重要なのは今後この島をどのように活用するかです。
明智義明も民自党内ではまだまだ他人のよいしょばかりをしている。明智は民自党議員の中では中の下の存在だ。
せっかく苦労して天沼矛プロジェクトをやったというのに。
「原発の最終処分場とするのはどうだ?」上級議員の久保田敏彦はいう。
「島の名前を国民に向けて古事記からとって公表までオノゴロ島としたのです。作られたとはいえいまさらそんな神聖な島に核廃棄物を捨てるのはどうかと。第一今だ活火山の可能性も高いのです。そんな島に最終処分場をおくのにはリスクが大きすぎるのではないかと」プロジェクト『天沼矛』の計画を立案した安西俊儀教授は答える。
安西教授は原発の耐震性を国民に説得するのになくてはならない存在だ。
つまり、民自党にとってもっとも頼りになる知識人の一人である。
「では、どうするのです。高い金使ってなにもならない島を作っただけというのは私としても不満がないわけではありません。」明智は安西教授に思わず不満をもらす。
「日本海側は不可能なのか?例えば日本海のど真ん中に島を作れば対外的に重要な拠点となりえると思うのだが」久保田は言う。それによる相手国の反発もあると思われるのだが。
「難しいですね。日本があるおかげで地下のマグマの対流は地中深くすぎます。プレ―ト運動している側が大事なのです。
安西俊儀
「だから、安西教授どうするのです?」明智義明はしつこく質問する。
言葉を遮っておいてと思い安西俊儀は思わず苦笑する。
「先ほどの日本海側には難しいというのがヒントです。東京には近々大地震が起きると考えられます。・・・ならば、東京付近 つまり、伊豆諸島を中心に扇のような点状に島を作るのです。そうすれば、東京大震災に向けてプレ―トの緩衝材になりえると思うのです。計画を次の段階に進めましょう。」安西俊儀はこれこそがやりたかったのだとも言うように息を荒げる。
「ほう、ならば津波を含め原発の地震対策には天沼矛プロジェクトに任せれば安泰というわけですな
久保田敏彦。
「これも、必要な公共事業ですな。高い国費を払わせ実際には安い出費で済む。甘い汁をたっぷり吸えそうです」明智義明
議員はそれぞれ自分の懐に入る金を考え始めた。
2
橋口祐介は祖父を看病する祖母と電話をしていた。
両親は祖父の介護が嫌で別居している。
祖父や祖母の収入は年金が減らされ祐介の仕送りが無ければ生活できない。
祐介自身、共働きの両親の代わりに祖母に育てられた意識を持つためおばあちゃんには元気でいてほしいと思う。しかし、子供が親の介護のため会社を辞めざるを得ないなどのニュースを見ると考えるのだ。これでいいのだろうか?と祐介自身結婚はしておらず当然子供はいない。自分の代はどうなるのだろう?ふと考えることがある。
「おばあちゃん。元気してる?
橋口祐介。
「元気よ~おかげでね。」祖母。
「おじいちゃんの体調はどう?」橋口祐介。
「少しボケがきているし、寝たきりだけど元気よ
祖母。
寝たきりで生き続けるのが幸せなのか疑問は残るが元気と聞いて安心する。
しかし、この生活は正しいのか?やはり疑問は残る。
「じゃあ、安心したよ。またかけるね。」橋口祐介
部屋の電話を切る。施設が海中のため携帯は繋がらない。だから不便な固定電話に頼らざるを得ない。
橋口祐介はいまだオノゴロ島付近の元秘密裏の施設。公に公開された名前で「天の浮橋A-01」に居た。オノゴロ島の様子を観察し続けるのが仕事である。
「あれから何の変化もないな。もう安心していいんじゃないのか?」
同僚の木村良和は楽天的だ。「早い話がもう帰りたいということ」
「早く帰りたいというのは同意見だが、この島が安全とはまだ言えない。普通の活火山でも数100年の休眠期があるんだ。ましてやこの島は生まれたてだぞ。安心するのはまだ早い。」橋口祐介
オノゴロ島はただ静かな岩島と化していた。その姿はまるで隣の西之島とそっくりだ。
西之島と同じマグマでできているはずなのでそれはそうかもしれない。
成分も同じ安山岩だ。産ませの親の一人としていうがこれが安産型〈安山〉と思いたい。
「なあ、この計画が成功とするだろ?」木村良和。
「・・・危険だと思うが上の連中はそう捉えるだろうな。」橋口祐介。
「なら今後は排他的経済水域に向けて島を作るつもりなのかな?」木村良和。
「それはないだろうな。なら絶対公表しないはずだ。自然にできた『天然の島』でないと排他的経済水域とは認められないはずだからな。・・・仮に秘密裏にし続けたとしても世界各国、最初の地震が人工的なものと感づかれていたようだから・・・国際問題になるだろうし。これが国際的に認められるようなら世界各国マネし始めてそこらじゅうが島だらけになって・・・大変なことになるだろうな
橋口祐介。
「だったら、何の目的でこんな計画を立てたんだろうな?」木村良和。
「・・さあ、見当もつかん」橋口祐介。
突然、所長の安川敏明が入ってきた。
「大変だ、東京の周辺に大震災に備え扇状に島を作るらしいぞ。」
3
(そうか、これが目的だったのか)橋口祐介は地図を見て理解した。
太平洋プレ―トが日本の地殻を潜り込む構造だ。
東京の前に障害物を作ることで地震への緩衝材。そして、津波の防波堤にするつもりなのだ。
「安川所長、これはそう上手くいくのでしょうか?」橋口祐介。
「・・・お前はどう思う。」安川敏明。
「自然を甘く見すぎだと思います。大体島自体活火山なのです。噴火口を増やしてリスクを増やしただけかと」橋口祐介。
「・・・今後、原発も含め地震リスクのある地域への防護島にどんどん設置する計画らしい」安川敏明は冷や汗を拭う。
「バカな!安易すぎる」橋口祐介は思わず叫んだ。
木村良和はただ黙って様子を見ていた。二人がここまで熱く語るのも珍しいと思った。
第五章
1
2015年6月16日
東京は暮らしにくい場所だ。つくづく思う。田舎から「おら東京さいくだ~」の勢いで深く考えずに上京してきた。オラ、いや私の名前は田中祐輔。
田舎では自分で育てた鶏を捌いて料理を作っていた。田舎の料亭と言えば聞こえはいいがいかんせん客は来ねえ。土地が悪いと思い人の多い東京に引っ越してきただよ。
何が暮らしにくいてぇと土地がべらもうに高いだよ。これじゃ鶏は育てらんねぇ。自家製のハ―ブ鶏が自慢だっただのに。しょうがねぇからアパ―ト借りて居酒屋でバイトしてるだよ。・・・いや、腕に自信はあるべ。ちゃんとした料理を作る自信はあるべ。
オラがどこの出身か?と思ってる顔だな。・・・そら秘密だ。
店は地下1階にある居酒屋だ。
おっとお客さんだべ。
「いらっしゃいませ。御一人様ですか?
ここ一番の笑顔で接客をする。
言葉には慣れたけど東京もんに合う味はできなかったようだべや。
「いや、連れが後で来るので2名です。」
見たところ50歳代のおばちゃんだべ。
しばらく接客してたら連れのお客さんが来たようだがや。
居酒屋の中には他に客はいねぇ。もともと内緒話とか影のあるお客さんばかりに人気があるみてえだよ。もう一人は美人だが苦労人といった感じだがや。
「小柳さん。お待たせ」
相手は気づいていない様子何か深く考え事をしている様子だや。
「ちょっと、小柳さん。・・小柳敏江さん。」
相手は気づいたようだ。
「・・お待たせ」
「私もそんなに待っていないわ。小沢さん子供は大丈夫?」小柳敏江というらしき女性は言う。
「長女も次女もお父さんに任せてきたわ。子供は親に任せず自分で育てる方針だったんだけどそうもいっていられなくなった感じかしら」小沢というらしい若い女性は答える。
「問題は・・ここの代金かしら」小沢さん?はついでのように言う。
ハイボール2杯とから揚げの注文が入ったがや。近頃儲けてるとこと儲けてないとこと貧富の差がはっきりしてきたように感じるがや。報道では好景気と言っているのにお客さんはお金を持ってない感じだがや。
「ふふ。それは問題ないわ。私がおごる予定だったんだもの」小柳敏江
「・・・ありがとうございます。」小沢
沈黙がしばらく続いた。
「政府が何を考えてるのか、国民に伝える手段はないでしょうか?」小沢
「私たちがネットに情報を流しても発覚してしまうから簡単なところで週刊誌に情報をもらすところかしら。新聞や報道はできなくて週刊誌にできる理由は信じるか信じないかは読者次第的なところがあるのがなんだけど
小柳敏江
「やはり、一般人ならともかく私たちは情報の流し方にも気を遣うものですね。ネットじゃ個人だけの力じゃたかが知れてるものですし。」小沢。
「それより流す情報もたかがしれてるわ。私たちが知る情報もあまりないもの
小柳敏江
「そんなことはないですよ。週刊誌に流す情報であれば。」小沢。
「何?どんな内容?」小柳敏江。
「前にNNK総出で天沼矛プロジェクトのことを調べたじゃないですか?」小沢。
「まあ、そうね。でも国民向けのパホ―マンスの内容だったわ」小柳敏江。
「その時、話を聞いた研究員の連絡先があります。・・・その方も計画に賛同的ではなかったようですし。」小沢。
「ああ、なるほど。それなら週刊誌の連中は知らずあとは任せられるということね
小柳敏江。
・・・世の中いろんなお客様がくるものだがや。
2
田中祐輔の一日は鳥かごに飼ってる鶏の餌やりから始まる。
鶏が恋しくてペットで飼ってみたべ。餌は鶏の餌をホ―ムセンタ―で購入する。
ハ―ブ鶏ではなく残念だべ。餌はほかにオラ(祐輔)の食べ残しを与えてるべ。
二日に一度産んでくれる卵がなによりの楽しみだがな。
オラの住んでる場所は築35年のアパ―トだがや。一畳間の窓には雑貨屋の裏が見える。というか・・・壁しか見えない。
右隣のおばちゃんは年齢不詳のお年寄り。あそこまでいくと歳はとらなくなるものだべか?左隣の兄ちゃんは時折大音量で好きなロックを垂れ流してる。うるさいだべな。
どちらも一人暮らしだがや。
街を歩くとシャッタ―が閉まった店舗が多く見受けられる。俗にいう。これがシャッタ―通りだべか?今は景気が良いんではなかったか?不思議だべな。
バイト先の居酒屋は大通りを30分ほど行ったところだべや。
街中の公園には子供たちがいない。オラが子供のころは缶けりやら何やらいろいろやったど。今の子供は塾やら何やら大変だやな。・・・体力がなさそうだがや。
今公園にいるのは親の監視のもと遊んでいる子供以外はお年寄りが多いだがや。
少子高齢化の影響なのだべか?
・・・会話がないのは今の時代下手に話しかけると変質者と思われるだべや。
恋すらできないのはオラが悪いだべか?世の中が悪いだべか?
オラの容姿がかっこ悪いのは理解してるけどもみんなそこまで言わなくてもいいと思うのだがや。
3
イスラム国?やらウクライナやら世の中大変だべな。
しかし、日本もテロの被害に巻き込まれるとも言われる時代だがや。
恐ろしいだべな。しかし、巻き込まれるのは日本が金持ちと思われただけが原因だけではないと思うのだがや。なんかよくわからないけど他にも理由はあったのではないだべか?
外国の新聞には積極的に復讐に参加するみたいなことが書かれてるらしいだべな。
表現の仕方次第で相手の受け取り方も変わってくると思うものだがや。
・・・その時の対応は果たして正しいと言えるのだべか?
第六章
1
2015年6月17日
週刊現生の記者。小早川義一は変わったメ―ルに釘付けになった。
「このメ―ルは週刊現生様、週刊ポトス様双方に送っているものです。
プロジェクト天沼矛の真相を知りたくはないですか?
計画に参加していた人物のメールアドレスをお教えします。その代り私たちにもその書き込みの内容を見せてください。賛同されるならNNKに向けて会うサイトから紫陽花の記事を間違って送信してください」
送り主は匿名だがNNKの人間ではあるようだ。紫陽花とは季節外れだがそれでわかるのだろう。
編集長の宇都宮忠人は「スク―プの可能性もある。慎重に、ポトスの奴にも連絡とってそうだな・・・海外の投稿サイトにでも呼び出せ。」と言った。
2
一通のメ―ルが届いた。
橋口祐介は身に覚えのないメ―ルに戸惑う。
「週刊現生の小早川義一と申します。天沼矛計画のことでお尋ねしたいことが多数あります。ご迷惑はおかけしません。ここではなんですからこちらのサイトにお越しください。
今の時代、新聞やテレビは報道指導が行われるのが実態。自由に動けるのは週刊誌くらいなものなんですよ。・・・信用していただけるか、しただけないかはそちらの自由です
3
時間帯の指定はしていない。都合のいい時間帯を決めるのは相手(橋口祐介)だからだ。
指定の日時から17時15分後、チャットに書き込みがあった。海底生活なので昼夜逆転しているのかもしれない。
世間話やらで盛り上がる人たちに向け「こんばんは。初めまして。」と橋口祐介は書き込む。
チャットでの名前はアンコウだった。深海魚をイメ―ジしていた。
次々4人ほどこんばんはやら初めましてやら続く。チャットの日常会話だ。
アンコウ「早速ですが、自己紹介しませんか?お互いを知っておく必要もあるでしょう」
橋口祐介は提案する。
サイト内は疑心暗鬼で橋口が来るまで自己紹介した様子はない。
もし橋口祐介がこのまま来なければこのままおひらきとでもするつもりだったのだろう。
レッド・アイ「では、私が週刊現生の小早川義一です。ビールは好きですが別にトマトジュ―スは入れません。
黒髪の老婆「NNKの小柳敏江です。」
ウオッカ「週刊ポトスの今川義則と言います。このような場にお招きいただきありがとうございます」
黒白猫「NNKの小沢頼子です。・・・一応今回の会の発案者です。
その後、多くの情報交換が行われた。
第七章
1
2015年6月29日
今でもはっきり覚えている。西之島が隆起し続ける瞬間瞬間を。
教授職の安西俊儀は興奮を隠しきれない。それからこの天沼矛計画は始まった。
秘密裏に進めるため海中都市計画を同時並行に進め、天沼矛計画は突貫工事で推し進めた。
海底に人工的に火山を作るのだ。実験もなにもない。一発勝負だ。だから突貫工事で推し進めた。秘密裏であるからこそ実験期間もできなかったのだ。
思った通り海底火山は島になりマグマも停滞期に入った。
計画は第2段階に入る。つまり、首都圏東京の防衛策として房総半島の外側伊豆諸島を中心に扇状に島を作ることだ。第3段階は原発も含めた重要拠点の周りに扇状に島を作ることだが、それは第2段階の東京が成功してからの話だ。
「教授三宅島周辺に到着しました。」助手の白木和彦は知らせる。
ここは《天の浮橋 B-01》・・・と言っても今回は秘密裏ではないので、研究船である。
つまり、前回のように金はかからなのだ。事業費は前回より低コストと銘打ってもおつりがくる。儲けは政治家の私腹を増やすのにちょうどいい。
「そうか、天沼矛を突き刺せ。」安西俊儀。
海底に指向性のある爆薬が仕掛けられる。配線は天の浮橋B-01号に繋がっている。
激しい津波が起きる。天沼矛が海底火山を呼び起こしたのだ。
しかし、西之島のように激しい噴火は起きない。
西之島の成分は安山岩。三宅島等のこれらの島は玄武岩で構成される。
安山岩は大陸の成分とされる。島の形成のスピ―ドが早いのはこのせいかもしれない。
「・・・島の形成速度が予想より遅いです。」白木和彦。
「予想の範囲内だ。それに形成速度が遅いということは安定しやすいということ『かもしれない』」安西俊儀。
「計画は続行ということですね。わかりました。」白木和彦は作業を続ける。
2
3つほどの島を作った。房総本島の周辺に扇状に。その時は安定していた。
4つめの島を作ろうと海底に天沼矛を設置し海底火山を起こした時。
周辺に大きな地震が襲った。
天の浮橋B-01号は調査船だ。さまざまな調査を行えるようになっている。
船の上からは震度を把握する手段はないが海底各地に地震計を設置してある。
それらのデ―タを集め各地の地震状態を調べる。
震源地は安西教授達、私たちの作ってきた房総半島の周りの扇状の島である。震源地は太平洋側から隣の島へ移る。つまり、震源地は一つではないし、地震への防護材というより地震そのものの発信源になってしまったことになる。
震源地の地震はマグネチ―ド6.5。千葉県館山で震度6。横須賀震度5.9。
・・・東京都5.2。
東京が地震の衝撃が少なかったのは皮肉にも安西俊儀の理論どおりこの場合震源地に対し千葉県が防護材になった形だからだった。
3
「何が起きた?状況を説明しろ」安西俊儀。
「地震ですよ。・・・計画は失敗したんです。」助手の一人が答える。
「どういうことだ。理論上では。理論上では。」安西俊儀。
「残念ながら震源地がまさにここなんです。天沼矛計画が原因と考えるべきでしょう。ただ、地震が小さいものであったのが幸運といえるでしょう。
また別の助手が答える。
「私はどうなる?この計画が失敗なら責任を負うのは誰だ?」安西俊儀。
・・・しばらく沈黙が続いた。安西教授が責任を問われることになるなら助手も同類だろう。
第八章
1
2015年6月29日
田中祐輔は地震で目が覚めた。夜勤の彼は昼過ぎまで寝ているのが日常なのだ。
ガタガタと大きな揺れが続いた。タンスの上から物が落ちる。壁掛けの時計が落ちる。
本棚の漫画の本が本棚ごと傾く。
「・・・何事だ?地震か?」田中祐輔は叫ぶ。
隣でいつもなら大音量でロックを聞いてる青年が喚く声が聞こえる。
大事なアンプが落ちたのだろう。壊れたのかもしれない。いい気味だ。
反対の部屋は年齢不詳のおばちゃんがいたはずだ。耳を澄ますとおばちゃんの必至な念仏が聞こえる。
窓を開けてみた。当たり前ながらただの壁がある。・・・しかし、焦げ臭い匂いがする。
つまりは、火事だ。部屋を出た。やはり焦げ臭い。ロックの兄ちゃんの部屋に行きドアを叩く。「おい開けろ。火事だ。」ロン毛の男は慌てて出てきた。
「おい。待て。」田中祐輔は慌てて呼び止める。「・・・何だ?」ロックの男は聞き返す。
「反対側にまだおばちゃんがいる。助け出そう。手伝ってくれ」田中祐輔。
「・・・勝手にやってくれ。俺は逃げる」男は薄情にも逃げ出した。
「畜生め、東京もんは人助けもままならないな」田中祐輔。
反対側のおばちゃんの部屋のドアの前に行く。
「火事だ。おばちゃん逃げろ」田中祐輔。
念仏の声が聞こえる。必至で念仏を唱えている。
相手も必至だが田中祐輔も必死だ。
ドアは鍵がかかっている。しかし、所詮は築35年のボロアパ―ト。
勢いよくドアを蹴破る。不法侵入などといってはいられない。非常時事態なのだ。
おばちゃんは「ひっ」と高い声を上げた。「火事だ。逃げるぞ」田中祐輔は叫ぶ。
「・・・腰が抜けて動けない」おばちゃん。
田中祐輔はおばちゃんを無理やり背負って部屋を出る。
焦げ臭さが一段広がっている。
田中達の部屋は2階にある。階段に繋がるテラスも煙に包まれている。
隣のアパ―トからも焦げ臭い。・・・防災上の問題点があるな。しかし、こういうところは実際火事になってみるまでわからない。
田中祐輔はおばちゃんをおぶって近くの公園まで逃げる。
おばちゃんは「ありがとう。ありがとう」と言っていた。
2
オラはこのままここに留まっていていいのだべや?
いや、こんな非常時。人助けこそ今の自分に課せられた命題だべな。
マンションの7階あたりから一部屋煙が出てる場所があるべな。
避難に来ていた主婦が煙の場所を指さして「あそこにまだ子供が」と言っている。
詳しく聞くと火事があっている上の階にある部屋に子供が取り残されているという。
「わかった。俺が助ける。あんたはここで待ってろ。」田中祐輔。
走ってマンションの場所まで行く。
マンションの階段を上り何とか8階のバルコニ―まで来ると気づいたことがある。
そこから外を見ると火事になってる家が広く線上に沿っているということだ。
そういえば、地震の割には被害が大きい気がする。これは何を意味するのだろう?
なんとかマンションの前まで行き主婦から借りてきた家の鍵を開けて部屋に入る。
「おい、助けに来たぞ。」オラ(田中祐輔)は叫ぶ。子供は玄関に来ていてドンドンと鳴らしていたのだがオラの姿を見て慌てて逃げ出したべや。
母親から怪しい人がいたら気をつけなさいと言われているんだべな。
だが今はそんなこと言っている場合ではないがや。
子供を手早く捕まえると抱っこして階段に向かって走る。
子供は暴れて走りにくかっただべや。でも・・・公園にいる母親のもとにくると安心したようで泣き止むと「ありがとう」と言ったがや。
3
携帯は繋がらない。電源は入っているが送受信ができないだがや。
それどころか固定電話も繋がらない。こちらは電源すら入ってないがや。
電源も入らないということはどういうことだがや?
地震から10時間は経っている。火事は地元消防員の活躍で消えかかっていた。
震度5では大震災とまではいえないのだろうか?
避難所に皆で移動することにする。そのたび先ほどの主婦とその息子と年齢不詳のおばちゃんが感謝し続けているし、周りの連中も英雄だと褒めたたえていた。
避難所は小学校の体育館。少子化で授業を受ける生徒のあまりいない体育館に入るとところすめしに人が押し入っている。ラジオは繋がるらしい。誰かがラジオを聞いていたべや。
「地震の大きさは震度5でしたが断層のずれによりガス管電気線電話線、さらには上下水道すべて破断しています。」ラジオ。
断層のズレどうゆうことだがや?
第9章
1
2015年7月15日
地震の復旧に時間がかかり過ぎる。小沢頼子はようやく電気と通信の復旧がついた東京からチャットに繋ぐ。上下水道は破断しているため異臭と水漏れがおきる。ガス管も危険なため使えない。・・・お風呂にも入れないなんて。食事は配給で済ませていた。
子供は幼稚園どころではないから父に預け続づけている。
小沢は携帯のチャットを開く。本社から直接アクセスするのは避けた。
黒白猫(小沢頼子)「今回の東京の災害は何が原因ですか?」
アンコウ(橋口祐介)「地震は比較的強くはなかったのですが、天沼矛による島の影響で新たな断層ができた。もしくは新旧含めて断層が動いたものと考えます。
レッド・アイ(小早川義一)「断層が動いたから線を沿うように被害が出たということですか?
アンコウ(橋口祐介)「はい。その通りです。」
ウオッカ(今川義則)「計画を進めた民自党政府と安西俊儀教授の責任として言えますか?」
アンコウ(橋口祐介)「それは私も責任に問われるという意味ですか?確認のため聞いてみたいと思います。」
黒髪の老婆(小柳敏江)「それはないと考えます。なぜならこうやって情報提供に協力的だからです。」
2
報道各社の記事一覧。
2015年7月16日
ニューヨ―グ・タイムズ「東京で大震災。震度は高くないものの広い範囲で断層のズレが生じた模様」
日本NNK「東京で断層のズレによる様々な被害の発生。被害範囲は東京7区にわたる」
日本読経新聞「東京の震災。経済損失は国家予算レベル。
日本朝毎新聞「東京各地での地震。天沼矛計画の島々が震源地の模様関連はあるのか?
週刊現生「天沼矛による災害、これはもはや人災と言える。首謀者は計画の立案者及び代表の安西俊儀教授と明智義明氏を中心とした民自党議員。この責任は重い。
週刊ポトス「房総半島外側の天沼矛による人工島、新たな噴火の恐れ。断層のズレはこれからも起こる可能性あり。
3
小沢頼子は思い立ったように言う。「ここまで被害が広がっているんですもの。私たちも報道しましょうよ。公式な発表として。」
小柳敏江は溜息をついて「そうねぇ。どうせこのままの東京の生活はライフラインの復旧がまだできないものね。いっそ辞める覚悟で記事を書いてみようかしら」
・・・報道に携わる者として私たちの責任を果たすべきなのかもね。
2015年7月17日
日本NNK 「東京7区にわたった地震発生は天沼矛計画の島が震源地であり、それにより新たな断層が生じた可能性が高い。つまりこれは『人災』である。責任は誰がとるのか?
国の責任とされ結局、その税金がその財源であることは許されるべきなのか?
もはや、天沼矛計画は第3段階などどころではなくなった。第2段階の東京がこの状態なのだ。
第10章
1
2015年7月16日
田中祐輔は避難所の蒲団から目覚めると大きくあくびをするべ。
住んでいたアパ―トは全焼してしまって今は引っ越し先を探しているがや。仕事先の居酒屋は無事だったがそれどころではないのでしばらく休みということになっているがや。
ライフラインが止まったままなのだ。果たして復職できるのだべや?
あれからたびたび地震が起きるよよになったべ。そのたび復旧されたライフラインが破断してしまうのだがや。それは決まって断層の箇所なのだべよ。電気だけは電信柱は電線が余裕があるせいかある程度持っている様子だべや。道路は所々断層の段差が広がる状態。そして、建物は断層が広がるにつれ破壊されていく。
・・・もう東京に住めないだべか?そんな気がしてきた。
人々はラジオが手放せなくなった。オラはラジオを持っていない。だから他の人のを盗み聞きするしかない。しかし、これだけ広い体育館が避難所なのだ。当然一つはテレビも設置される。テレビの情報量はラジオの比ではない。画像で東京の破壊された建造物群が映し出されるのは衝撃的だった。時間帯によってはチャンネル権争いがたびたび起きるがニュースになると誰もがそれを見る。朝のNNKニュースはさらに衝撃的だった。
.この大災害が人為的なものであるという。
昼になると国会質疑が行われる。いつもは見ないのだがどうせやることはないし、この震災が人災であるならどう答えるのか気になるがや。
「え~今回の事例においては記憶があいまいなところがありまして。」明智義明議員はしどろもどろだ。
「今回の問題として民自党の責任は大きいのではないですか?」野党は追及する。
「今回の事例は明智義明議員が勝手にやったことでありまして・・・」民自党首相は回答する。民自党はすべての責任を明智義明がやったことにして責任逃れをするつもりのようだ。
「せ・責任なら安西俊儀にもある!」明智義明は席にいるその場で叫ぶ。
「・・・私は市民のためになると考え行動したまでです。」研究の責任者である安西俊儀教授はおどおどしながら答える。
「天沼矛計画は明らかに失敗だ。災害規模は800兆円を超える。・・・もはや東京は復旧は可能なのか?それすらもわからないのではないか!」野党の追及は止まらない。
田中祐輔はもっと見たかったのだが人ごみに押し出され見れなくなった。
2
2015年7月22日
明智義明と安西俊儀は謎の不審死を遂げた。事故死となっていたが真相は分からずじまいだった。
急遽、復旧のなかなか進まない東京から大阪に首都機能が移された。
第11章
1
2016年3月01日
新首都となった大阪にて小沢頼子は親子そろった新居を構えた。
相変わらずNNKの報道の仕事は大変だが子供の面倒を自分の父親に預けるようになって負担は少し和らいだ。今まで何をそんなに意地を張っていたのだろう?
子供の負担は核家族化が進んでなお大きくなったというのがよくわかる。
長女も次女も父になれたようでよくなつくようになった。
少なくともこれで仕事に集中できる。
NNKも野党の影響を受け自由に報道できることが多くなった。
小柳敏江とは別の地方となったがよく連絡しあう仲だ。
今度は、私が若手を支える番だ。
2
今でも噴火し続ける西之島とは違い、オノゴロ島は落ち着いている。
人工的な火山はどう転ぶかわからない。オノゴロ島の火山が落ち着いているのはたまたまなのだ。しかし、このたまたまが明智義明と安西俊儀を天沼矛計画の第2段階に向かわせたのだ。
自然はいや科学自体未知なる部分が多い。科学は希望の多い光でもあるが、むやみに関わると飲み込まれる危険があるひたすらな闇でもある。
橋口祐介は祖父や祖母がいる実家に一時帰宅することにした。
東京はごたごたが大きいので新首都大阪に近い堺に向かう。
最短でも定期船で5日間の旅。祐介は船に馴れている。長年密閉空間の研究室に泊まり込みだったのだ。定期船の旅も軽い旅行だった。堺から大阪まで行きそこから熊本までは新幹線で半日かける。
「よ~きたね。まったくしさしぶりばい。」祖母は暖かく迎えてくれる。「・・・何しとると?はよ入らんね。」祖母をしばらく見て改めて帰ってきたんだなという実感がわく。
「ただいま」橋口祐介は言う。
「なんね?」と祖母は返す。
「いや、ただいま」橋口祐介は改めて言う。
「おかえり。」祖母。
ぼろぼろの一軒家。ガラガラガラと音の鳴る玄関を開けると片づけてはあるが汚い下駄箱があった。ちゃぶ台まで通される。「何が食べたかね?」祖母。
「いつもの食事がいい」橋口祐介。
「そうね?うちもお金がなかけん。残り物しかなか」祖母が出したのは鶏肉を大根と共に煮たものだった。
「いや、いつものこういう食事が食べたかつ。気にせんでよか」橋口祐介。「爺ちゃんは?」
「隣の部屋にまだ寝てるよ」祖母。
橋口祐介はふすまを開けた。祖父はベットで寝ていた。脳卒中で左半身マヒになりそのまま寝たきりになったのだという。老人が老人を介護する生活果たしてそれは・・・
言いたいことを飲み込み祖父を起こさないようふすまを閉めた。
祖父は祖母が面倒を見るだろう。しかし、祐介には仕事がある。祖母の面倒は誰が見ることになるだろうか?
暗い未来をなるべく考えないようにして実家を楽しむことにした。
3
またまた田中祐輔だがや。・・・そんな顔せんでほしいがや。
オラはこの物語の観客だがや。
なに?こんな話はあり得ないって?
でも、現実に科学やいろいろ盲信した似たようなことやってないかや?
経済政治科学ジャンルは違えどなにかしら盲信して突き進んでいるのが現代にみえるだがや。オラは『現代』がどこに向かうのか心配なのだがや。
完
天沼矛 宿川花梨 @yadokarinosekai
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