第4章 潜行

4―1.行方

『次は、資源統制準備法改正の動きです。

 〝惑星連邦〟立法院は、資源統制準備法の改正案を可決しました。これにマシュー・アレン連邦行政総長が署名し、本日中にも成立する見込みです。これで、現行の資源統制準備法は大幅に強化・厳格化されることになります。一方、これに反対する動きが各惑星で本格化しており、大規模な抗議デモも……』

『〝惑星連邦〟安全保障省は、惑星〝テセウス〟をはじめとする星系〝カイロス〟に対し、駐屯軍を増派すると発表しました。これは陸軍第18師団、宇宙軍第6艦隊を中心とした部隊で、第18師団を率いるキリル・ハーヴィック中将は……』




『お知らせします。宇宙港〝クライトン〟行きシャトル、ユニオン・スペース第425便にお乗りのお客様はB―3発着場へ……』

 惑星〝テセウス〟軌道エレヴェータの終着点、高度35000キロに位置する宇宙港〝サイモン〟。中央ターミナルの人ごみを縫って、旅姿と見える男が一人。引き締まった痩躯にロング・コートとソフト帽、ポータ・サーヴィスの自走ロボットに自らのトランクを曳かせながら、彼は〝サイモン・シティ〟行き軌道エレヴェータのプラットフォームへ足を向けていた。

「失礼」男の背後から野太い声。「キリル・ハーヴィック中将閣下?」

 質問の形こそ装っているが、その声には確信の響き。

 ハーヴィックの名で呼ばれた男は、しかし気付かぬとばかりに歩を刻む。その肩を、分厚い掌が止めた。

「――さて、」男は、さすがに足を止めて振り返った。小さく首を傾げてみせる。「何かな?」

 振り返った先には、見るからに屈強な男が3人。いずれもSPが務まりそうな眼の持ち主だった。後続には旅装の2人連れ、押し隠した好奇心を視線に絡ませて、立ち止まった男4人をよけて過ぎる。

 キリル・〝フォックス〟・ハーヴィック中将は、麾下の第18師団とともに、惑星〝テセウス〟へと向かう途上にある――公式には。それがこの場所に、しかも一人で歩いていることは、一部の要人しか知らないはずのことだった。

「間違いはありません、閣下」背後の3人のうち、先頭の男が断じた。「ご同行いただきましょう」

 男――ハーヴィック中将は、肩をすくめた。3人が中将を取り囲む。




「冷えてきたわ」〝ヒューイ〟の後席、マリィがこぼした。「まだ先?」

「じきだ」ジャックが返す。

 〝カーク・シティ〟の北西から西にかけて拡がる農業地帯。かれこれ50キロは走ったかというあたりで、ジャックは〝ヒューイ〟のスロットルを緩めた。

 視界には農場、大型サイロの群れと、大型農業機械用と思しき格納庫がいくつか。その間に、ジャックのトレーラ・アルビオンはカムフラージュ・シートをかぶって収まっていた。隣にジャックは〝ヒューイ〟を停める。

「ありがとう、助かったわ――改めて」〝ヒューイ〟から降りつつ、マリィは冷えて硬くなった腕を抱えた。「これから、どうするつもり?」

「〝ハミルトン・シティ〟まで送って行く」〝ヒューイ〟をアルビオンへ向かって押しながら、ジャックはマリィへ眼を向けた。「お前を」

「え?」マリィは思わず自分へ指を向けた。「私を?」

「そうだ。こいつで送って行く」ジャックは眼前のトレーラ、コンテナのスロープ・ハッチを開けながら、「お前こそどうするつもりだったんだ? 〝サイモン・シティ〟あたりに戻る気だったのか?」

 ――図星。マリィは肩をすくめた。

「……それしか考えてなかったわ」

「やめとけ」手を一振り、ジャックは斬り捨てた。〝ヒューイ〟をトレーラへ押し入れる。「〝メルカート〟のお膝元だ、わざわざ捕まりに行くようなもんだぞ」

「そう、ね」溜め息一つ、マリィは認めた。「でも〝サイモン・シティ〟に友達がいるのよ。何とか連絡をとって、合流したいわ」

「俺達には賞金がかかってる」ジャックは〝ヒューイ〟をコンテナの床へ固定しつつ、「下手するとそこら辺の賞金稼ぎが押し寄せて……」

「賞……金?」

 マリィが呆けたように繰り返す。現実感のない単語。亜麻色の前髪を、思わず掻き上げる。

「賞金? 私に? 礼金じゃなくて?」

「賞金が、」ジャックは噛んで含めるように、指先を往復させた。「俺達2人に、だ」

「――どうして!?」

 遅れて感情が声に乗る。半ば裏返った声を自分で聞いて、マリィは慌てて口元を押さえる。

「こっちが教えてもらいたいくらいでね」コンテナの中で、ジャックが立ち上がる。「まあ、あれだけ派手に立ち回った後なら当然か」

「立ち回りになった大元のわけは?」マリィが口を尖らせる。「教えてもらってもいいんじゃないかしら」

「判らない。言ったろう」ジャックは肩をすくめて見せた――心当たりがないではないが、それには触れない。「言いがかりでも濡れ衣でも、黙って捕まる義理はない」

「そういう、組織みたいなのには逆らえないものだって思ってたわ」

 マリィが小さく首を振る。亜麻色の髪が小さく踊った。

「生き死にまで赤の他人に決められてたまるか――違うか?」

「……そういう立場にいるわけね、私」マリィは前髪を掻き上げ、天を仰いだ。見慣れない星空が拡がっている。

「理解が早くて助かる。つまり俺達は〝メルカート〟に見つかると、」ジャックは手刀を首筋に当て、軽く舌を出してみせた。「こうだ」

「生きてることを知り合いに伝えても?」マリィが腕を組んだ。

「〝メルカート〟を甘く見るな。何にしても、まず〝メルカート〟の縄張りを出て、それから考えた方がいい」ジャックはトレーラを小突いてみせた。「こいつで〝ハミルトン・シティ〟までは送ってやるとして、そこから〝クライトン・シティ〟まで渡れ」

「この惑星を3分の2周も逃げ回るの!?」思わずマリィの声が上がる。「そこまで追って来るってわけ?」

 〝ハミルトン・シティ〟までは大陸を横断して3分の1周、そこから海を渡って〝クライトン・シティ〟までがさらに3分の1周ある。

「そういうことだ」

「まあ、それだけ時間はあるってわけね」マリィは舌で口の端を湿しつつ、ジャックに視線を据えた。「エリックの話を聞く時間が」

「時間か」ジャックはトレーラの運転席へ足を運ぶ。「今はないな。乗るか乗らないか、そいつは今決めてくれ」

 相手の正体を確かめるどころか、今は逡巡の余地さえなかった。

「あなたが私を守ってくれるわけは?」

「巻き込んじまったからな」運転席からジャックが答えた。「まあ信じるかどうかは、お前次第だ」

「――乗るわ」

 自称〝得体の知れない賞金稼ぎ〟と、2人だけで大陸〝リュウ〟を横断する――その道行き。それを思うだに、肩に提げた銃に重みを感じるマリィだった。

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