第3話
家と同様に、学校でも僕は無視されていた。話しかけてくる者はおらず、一言も喋らずに家に帰ることも多かった。
学校行事には参加しなかった。休むようにそれとなく圧力をかけられたし、教師もそれを黙認していた。
向けられるのは、侮蔑の視線だけ。
いじめなのかはわからない。
ただ、僕が空気と同じ、それ以下の扱いをされてきたことは確かだ。
さっきだって、そうだ。
僕が先生ともみ合いになった時、九人のクラスメートは全員、逃げた。
助けるどころか、一度も視線をあわせることすらなく。
手を貸してくれれば、先生を取り押さえることもできたのに。
それを今さら……。
なぜわびてくるのか。
僕は大きく息を吐いた。
悪臭が鼻をつく。
足元の血溜まりは広がる一方だ。
いったい、なんだと言うのだ。
自分たちが正しいと思うのならば、態度を変える必要なんか一ミリもない。
状況が変わったからって、許しを請うような半端な態度で無視していたのか。
その程度の考えだとしたら、阿呆すぎる。
逃げておいて、いまさら何だと言うのだ。
空気みたいに扱っていたんだ。なくなってもどういいと思っていたんだから、堂々と胸を張って、最期まで無視すればいいだろうに。
「ねえ。どうしたの。何かあったの」
「久保君。返事をしてくれ。どうしたんだ」
警官の声も響いてくるが、無視する。
残された時間はあと一分。
もう間に合わない。せめて近くに助けに来た人がいないことを祈る。
先生、計算では校舎が崩落するぐらいの爆発物を集めたって言っていたから。
僕は答えることなく、爆発物が入っていると思われる箱に頭をのせる。
僕の人生はここで終わる。きれいさっぱり消し飛んで何も残らない。
一人で生きるこの世から去るのは、もう少し先だと思っていたが、これも運命だ。半端な自殺よりはすっきりする。
それに……
この先のことを考えて、ぼくは少しだけ笑った。
おそらく、僕が死んだとなれば、うちの家族ははマスコミに取り囲まれてインタビューを受けるだろう。虚栄心の強い連中だから、注目を浴びるという事態こそ甘んじて受ける。
見栄っ張りな連中だから、インタビューには差し障りのないことを言うはずだ。
いい息子だったとか。やさしい弟だったとか。
思ってもいないことを言うだろう。
ざまをみろだ。
最も嫌いな相手を、たとえ一瞬とはいえ、褒めなければならないとは。
プライドの高い家族にとっては、最大の屈辱だ。
それは、学校の連中も同じこと。
僕のことなんて、きれいに無視していたのに、取材を受ければ、いいクラスメートだとか言わざるをえなくなる。
最期までがんばったいい人だとか。
ほんのわずかの後ろめたさを感じながら、上っ面だけを整えた台詞を吐くだけだ。
本音を言えるほどの勇気はあるまい。
偽善者め。
本当は大嫌いな相手なのに、嘘をついて褒めなければならないなんて。いったいどういう気持ちだ。
どうせ一年もすれば、すべてを忘れている。
両親は僕が死んで都合がいいと思うだろうし、クラスの連中も卒業してしまえば、そんなことがあっただろうねぐらいになる。
後ろめたさも後悔の念も、きれいさっぱり記憶の彼方に消えている。
だが、この先のほんの短い期間、連中は本音を隠して話をせざるをえなくなる。
偽善者の仮面をかぶって、いい人を演じる。
それがどんなに馬鹿馬鹿しく、醜悪なものか。
誰が知らなくとも、僕だけは知っている。
だから、そんな連中のことをあの世からあざ笑ってやるんだ。
ざまを見ろ。せいぜい嘘をついて、嫌いな奴を褒めてみろとな。
何とも痛快じゃないか。
僕は近くにあったリュックサックを引き寄せた。
これにも爆発物が入っている。
万が一にも、身体の一部が残るようなことがあってはならない。
いい死に顔だったなんて、家族に言わせるわけにはいかない。
きれいさっぱり消し去って、後腐れのないようにしてやる。
僕はリュックを抱えつつ、先生の時計を見た。
あと二〇秒。
「ねえ、久保君。無事なの」
「久保君。答えてくれ」
「うるさいな。無事だよ」
捨て台詞を吐くと、スマホを放り投げ、目を閉じる。
僕ははじめての安息に身を委ねつつ、最期の時を静かに待った。
ある少年の最期 中岡潤一郎 @nakaoka2016
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