エピローグ:付き合っているなら、キスは早くしなさい

「そうだ、平太くん、傷だらけの顔、治さなくちゃ」

 桃ちゃんの僕を哀れむ言葉で、僕は顔中にじんわりと広がっていた痛みを思い出した。桃ちゃんがスマホを見る。

「ここから一番近い病院、どこかな?」


 桃ちゃんがそんなことを考えている間に、僕は周囲を見回した。リコの姿が消えている。彼女は一体、どこへ行ってしまったのか? 僕が桃ちゃんと結ばれる姿を見届けるや否や、オバケの国へと帰ってしまったのか?


「あっ、ここだ。平太くん、早速行こう。私が案内してあげるから」

「ちょっと待って、治療費、大丈夫?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。顔にバイキンが入ったら、あなた、もっと苦しんじゃう。私、そんな顔見たくない。あなたの笑顔を見続けたいから」

 桃ちゃんの言葉に、僕は胸を締め付けられる思いだった。僕は無抵抗のまま、桃ちゃんに手を引かれ、病院を目指すことになった。



 あれから二日後の月曜日。

 目を覚まして、周囲を見渡しても、リコはいなかった。ちなみに日曜日は一日中部屋にいたけど、久々に味わう静けさが気持ち悪いぐらいに思えた。リコが立てた喧噪が、過ぎ去った嵐のように感じられた。今、僕の額に巻かれた包帯や、頬のガーゼ、そこから見え隠れするかさぶたをいじる者は、ここにはいない。最初に剛にやられた時よりもひどいケガなんだが。


 しかし、机の上に手紙がある。見覚えがない。封筒には、この部屋の住所と、「十文字平太様」と書かれている。裏返すと、「リコ」という名前があった。

 僕は何事が気になり、封の役目であった真っ黒なシールを剥がし、中身を取り出した。


平太へ


 先日、あなたは見事に、桃ちゃんと結ばれるというミッションを果たすことができました。おめでとうございます。


 これにより、私のゴーストアドバイザーとしての役目は一旦終了となります。だから私は、オバケの国へと帰りました。はい、アンタと桃ちゃんが抱しめあい、何でもない路地を天国のようなフインキに染め上げているのを見届けて、さっさと帰りました。


 こんな私のうるさいアドバイスを聞いてくれてありがとう。

 ケガの方はどう? 何針ぬった? まあよっぽどじゃなきゃいいんだけどね。


 それよりも、桃ちゃんとはあれからどう?月曜、久々の学校だよね?

 休み時間、毎回B組の教室に上がり込んでイチャ×4する? お昼休み、桃ちゃんの弁当から取り出したタコさんウインナーをア~ンしてもらっちゃう?


 とにかく、大事なことを教えてあげる。桃ちゃんの彼氏になることがゴールみたいな感じと思っているかもしれないけど、それはゴールじゃない。あくまでもスタートライン。私はあなたのスタートを手助けしてあげただけ。そのスタートがすごく大切から私はあなたを助けてあげたんだからね。


 だからここからは、アンタがクソマジメガネらしい、色々詰まった悩みそで考えて、桃ちゃんを幸せにしてあげるための正しい行動を取ってね。


 アンタならできるから。だから胸を張って。どんなことになっても自信を持ち続けて。そしてキスは次に学校に行った時にやるのよ。いいわね。私は遠くから見守ってるから。


 じゃあね。


 リコ


「分かったよ」

 僕はそう呟くと、手紙を畳んだ。

「ちなみにケガは五針。あと、誤字脱字がひどいぞ」

 誰もいない部屋で言葉を足すと、制服を取り出そうとクローゼットを開けた。



「土曜日は、ありがとうな。桃ちゃんの母さんを、わざわざ病院まで呼んでくれて、すまなかったな」

「大丈夫、別に気にすることじゃないから。平太くんのお母さんは?」

「呆然としてたよ。僕が二回もこんなことになっちゃったから。『また剛にやられた』って言ったら、何故か外に飛び出して、自分のスマホで学校に電話してクレームをがなり立てていた。僕がデートに行っている間に機種変したらしくて、最初の電話が悪い意味で学校になるなんて思ってなかったって言ってた」


「剛は、今日退学になったそうよ」

「そうか、じゃあもう母さんがクレームを入れる機会はもうないし、僕もしばらくは、ボコボコにされなくて済む。二人である程度は平和に暮らせるね」

 桃ちゃんが愛嬌たっぷりの笑顔で応えてくれた。その顔こそが、この世の平和の象徴だと思った。


「ア~ン」

 唐突に桃ちゃんが、タコさんウインナーを差し出した。条件反射的に、僕は口を開くと、彼女は、箸で挟んだそれを口の中へ運んだ。その瞬間、あの手紙の内容が、「悩みそ」の中で鮮やかに蘇った。

 そう思うと、何だか笑えてきた。ゴーストって、予知能力あったっけ?


「おいしい?」

「うん、すごくおいしいよ」

「良かった」

 桃ちゃんは一安心しながら、ご飯一口を口に運ぶ。それを見ながら、僕はハムカツサンドを一かじりする。そう、僕たちはこの時、二人きりの屋上で、ランチを共にしていた。これだけの空間を二人で独占できている。僕たちのために、神様が用意してくれた聖地だ。


「おいしかったね」

「ああ、今日食べたものはみんなおいしかったな」

 僕たちは手をつないで、一年の教室がある二階まで降りてきた。

「今日は、あなたのA組に行かせてくれない?」

「いいけど?」


 僕は迷わず桃ちゃんをA組へ案内することにした。教室に入ると、僕たちは、中にいた生徒たちから熱烈な歓迎を受けた。

「すげえ、アイツ本当にセンター女子と付き合ってんだ」

「平太、やるじゃん」

「うらやましい~」

 あっと言う間に囲まれた。僕は苦笑いしながら、彼らの声をひたすら浴びた。

「桃ちゃんと付き合っているのは事実だよ。みんな分かったから、とりあえず、僕を席の方へ行かせてくれないかな?」


 僕は野次馬たちに道を空けてもらい、席についた。しかし、机の上に一枚の白紙がある。何かと思って裏返してみると、紙いっぱいに太いマジックらしきもので「桃戦状」と書かれていた。

「きっとアンタのことが羨ましがって、こんなことやってるだけよ」

 桃がムッとしながら、紙について推察する。


「しかも『桃』戦状? 本人のいるところでこんな誤字を見せられるとはね」

 と言いながら、僕は紙をポケットに収める。桃ちゃんが僕の方へと体を預けるようにして抱き着いてきた。その瞬間、教室がどよめいた。僕は異様と化した空間の中で、桃ちゃんの体温を直に感じ、今にも自分まで興奮してしまいそうだった。

「なあ、キスは?」

 あの出しゃばりな凱斗が、とんでもないことを言い放った。これにより教室が「ヒュー」とはやし立てる声に包まれた。


「そこまでは、まだ」

「何だよ。恋人同士なら、キスをためらう理由はないだろう?そういう儀式は、さっさと済ませた方がいいぞ。時は金なり、そして愛なりだ」

「イエエエエエエエエエエイ!」

 演説者の素晴らしい言葉を聞いたかのように教室内が沸いた。

「平太くん、準備はいい?」


 桃ちゃんまで、この状況をスンナリ受け入れてしまっている。前方には生徒たちが一列に並び、僕の逃げ道はない。ということは、やはり……!?

 桃ちゃんが意味ありげな優しい顔で僕を見つめている。僕は覚悟を決めて軽くうなずき、顔をゆっくりと押し出した。互いの唇が重なる。その瞬間、教室の中が祝福に包まれた。

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僕と彼女とカゲキなゴーストアドバイザー STキャナル @stakarenga

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