第4話カエル、カエル、またカエル
欠伸を噛み殺して目元の涙をぬぐう。もういったい何度この作業を繰り返したことか。
とても眠い。とても眠いのだが俺は結局寝ることが出来ない羽目に陥ってしまった。
旧街道を進む馬車は夜通し走り続けた。
おれは馬車に積んであった大男のランプに火をつけて、薄暗い灯りを頼りに「泥だらけのブーツ」を読みふける。
この本はシンとした真夜中の空気に触れながら読むのが最高だ。
ジョー・シシの孤独で慎ましい生き様は夜の大空に似ている気がする。
日中のうるさい雑音からはなれ、僅かに聞こえるのは夜の虫達がきいきいとなく声だけ。とても穏やかな静けさだ。そらを見上げれば星が燦燦とかがやいている。
この穏やかな静けさこそがジョー・シシそのものだと思う。
彼の人生はけっして平坦なものではなく、苦難の連続だ。だが彼はきたなく汚れた人生の中にこそ、美しさを見出し、幾度悲観にくれようとも立ちあがった。
悲しみに染まり火照った感情をゆっくりと時間の流れが、旅先で出会った人や風景が、そよ風となって彼の心を静かに冷ましてくれたのだと思う。
「おい、兄ちゃん読書中わるいがまただ。よろしくたのむよ」
「またかよ、やっぱり旧街道なんて通るものじゃないな」
おれは溜めを吐いて、本を閉じひょいっと馬車からとびおりる。
なぜ眠れなかったか、それには二つ理由がある。
まず一つ目は道路の整備が行き届いていないせいで馬車がとても揺れるからだ。
旧街道はしばらく放置されているせいで雨や風によってとんでもない悪路とかわっていた。おかげで馬車はガタガタと悲鳴をあげて、そんな中で寝るなんてことはモドシカエルがドラゴンを捕食するようなものだ。え、意味がわからないって?つまり不可能ってことさ。
そして二つ目の理由がそのモドシカエルだ。
いま馬車から飛び降りたおれの目の前にぬるぬると体液を全身から垂れ流している体長2メートルほどのモドシカエルがこちらを狙って身をかがめている。
こいつはモンスターの一種だ。ハリ―ズブックにものっていて危険度はそれほど高くないと書かれている。
これをかいたハリーってやつは相当イカれた野郎だとおもう。
こんなぬるぬるとした気持ち悪い奴が危険じゃない訳なかろうに。人の気持ちをここまで萎えさせるのってコイツくらいじゃないか?しかもどんでもなく臭いんだぜ。
それなのに、たいした危険はないとか、ハリーってやつはある意味天才だったのかもな。
おれはこの夜だけでこいつと会うのはこれで10度目だ。
旧街道は既に放置されていて、縄張りを広げたモンスターが闊歩している。
それでもこの辺は弱い個体しか生息してないから、おれが一匹づつ処理してなんとかなっている。
正直、気持ちは最悪だが、古城の黒騎士に比べればいくらかマシというものだろう。多分。
モドシカエルは標的を馬車ではなく飛び降りた俺に決めたらしく、その太くて長い脚に力をこめて勢いよく飛び上がる。
おれは腰にさしているオンボロ剣を抜刀して、空中から落ちてくるモドシガエルの頭を素早く突き刺す。
すると着地したモドシカエルはバタンと手足を広げて倒れ、そのまま絶命する。
そしてこのモドシカエルの名前の由来でもあるモドシがはじまる。
ゲロォとカエルの口から丸まる太った消火途中の野兎が胃液まみれで吐き出された。
このカエルは死ぬと何故か胃袋の中身をすべて吐き出すのだ。だからモドシカエルなんてよばれている。みているこっちが吐きたくなる気分だよ。
「それにしても見事な太刀筋だな。もしかして名のある冒険者だったりするのか?」
大男は感心したように腕を組んで俺を眺めている。
しかも、退屈な旅の余興とでもおもっているのか酒瓶片手に愉快そうだ。
こっちとしては見ているだけではなくて少しは手伝ってほしいものだ。こんな臭くて気持ち悪いのと、幾度となく相手をした俺のメンタルはもうボロボロだ。
それにさっきの言葉は温厚なルーク様でも聞き流せないものがある。
「おい、そのへんの野蛮な冒険者と一緒にしないでくれ。おれはギルドに所属してモンスター狩りでメシをくってる奴等とは違う。伝説の男ジョー・シシのように各地を旅する冒険家だ」
大男はキョトンとしたかおで、なにいってんだこいつ?とでもいいたげに首をかしげた。
「冒険家と冒険者の何がちがうんだ?それとジョー・シシというとあれか、死ぬまで旅を続けて一部の者に人気のある変態作家だろ?」
ぐぬぬぬ、このクソジジイ言葉には気をつけろよ!!!
「ま、まあ、世間の認識では過小評価されてるが、かれこそ真の冒険家だよ」
この大陸ではジョー・シシは変人扱いされている。最後まで放蕩生活をつづけた偏屈野郎と。
甚だ不服だが、ここで言い返したら負けだ。ジョー・シシの魅力をきちんと理解してる奴はたしかにいる。
素晴らしさとは多数決では決められないのだから。
「だがお前さんの剣技はおれがいままでみてきた冒険者のなかでも飛びぬけているようにおもえるぞ」
「いままで大したことないのばかりみてきたんだろ」
大男はそうかもしれねえなと、気持ちの良い声で笑い、この世界は偽物ばかりが大腕をふって歩いているからなといった。
それからモドシカエルがでることはなかった。
遠目に旧街道と新しい街道の合流地点が見える。おそらく既にモンスターの縄張りの外へとでたのだろう。
気付けば日ものぼりはじめている。夜の帳が太陽に剥がされて、早朝独特の薄青い色彩があたりを染めていく。
「しかし、その腕なら冒険者としていいところまでいくだろうな。そいえばトルガの街にもドラゴンスレイヤーなんてよばれてるやつがいたな」
「ドラゴンスレイヤーだと?それが本当なら化け物だぞ」
ドラゴンを倒した人間なんて今まで一人しか聞いたことがない。幻獣種や神獣種に勝つなんて、そいつはもう人外の領域だ。
ひとくちにドラゴンといってもいろいろいな種類がいる。幻獣種最強の古竜や原初のドラゴン。ドラゴンと名のつくものはどれも強い。レッサードラゴン種などもいるが、こいつらは正しくはドラゴンではないので省いておこう。
だがそんな人間がトルガにいるなら噂の一つや二つ耳に入ってきてもいいはずなんだが・・
「まあ、信じてる奴はだれもいないさ。なんたってそいつはいつも飲み屋で酔いつぶれてる中年のだらしない男だからな。ドラゴンどころかモドシカエルを倒すところすら誰もみたことないときた。ただのほら吹きさ」
「そうだろうな、ドラゴンスレイヤーなんて呼ばれている奴がトルガなんて地方都市にいるわけないか」
もしそんなのがいたら、いま頃どっかの国の英雄として高い給金でキングスガードでもやっているはずだ。
汚い飲み屋街にいるわけがない・・・・
そして遂に俺達は旧街道を抜けた。
ここから先は整備された道を進んでいく。
トルガまであと一時間程度で着くだろうというとき、トルガの街からやってきた商人とすれ違った。
商人は大男よりもいくらかマシな服を着て、荷物を運ぶための馬車や馬もそれなりにいいものを揃えているようだ。護衛も一人雇っている。護衛の首には冒険者ギルドのマークが刻まれたドッグタグがぶら下がっていた。
大男と商人はお互いに馬車をとめて軽い挨拶を交わす。
どうやら知り合いらしく、大男が礼儀として頭をさげて気さくに話しかける。
大男は商人にこのさきに古城の黒騎士がでたことを伝えて、旧街道をすすむように進言している。
商人も驚いた様子で大男の話を真剣に聞いている。
俺がその光景を眺めていると、護衛の男がおれに近づいてきた。
「おい、ルーク。ルークだろ!久しぶりだなおれだよ、マイヤーだ。元気してたか?」
マイヤーとなのる男はおれの肩をたたいて親し気に話かけてくる。
「すまないが、人違いじゃないか?きみのことはしらないよ」
そういうとマイヤーはきょとんとした顔を浮かべるが、またすぐに笑いだす。
「相変わらず、冗談ばかり言いやがって!忘れるはずないだろ、かなり昔だが、何度もギルドの依頼で一緒になったじゃねーか、はっはっは」
マイヤ―はどうやら笑い上戸らしい。いくら時間が経っても笑い止む気配がしない。
だからおれもマイヤーにつられて、つい笑いだしてしまう。
「それで、こんなところでなにしてるんだ?あれからどうしてた?」
「どうしてたってのはどういうことだ?」
「どうって、キュレイの街で別れた後さ。レイジーと一緒だったんだろう?」
「だからさっきもいっただろ?おれはきみのことを知らないよ。レイジーってやつもな」
マイヤ―はやっとその下品な笑いをやめて真剣な顔つきにもどる。
よかったよ、あのままではずっとあの笑い声を永遠にきかされるところだった。
「おい、冗談もほどほどにしろよ、お互い冒険者として駆け出しの頃、なんども一緒に死線をくぐったんだ。忘れるわけないだろ!?」
「悪いが、知らないものは知らないよ」
「テメエ!!!」
マイヤ―は顔を真っ赤にして詰め寄ってきておれに手を伸ばそうとするが、そこへ先程まで商人と会話をしていた大男が話を終えて俺達のまえにあらわれる。
「どうかしたのかお前さんたち」
その言葉に動きをとめるマイヤー。
離れた所にいた商人もマイヤーに出発するぞ、と声をかけていた。
「ちっ、今回のところは見逃してやるが、次会う時にはその悪ふざけをやめておくことだな」
苦虫をかみつぶしたような顔で捨て台詞を吐くと、身を翻して商人の元へ戻っていった。
「知り合いか?」
「さあね、覚えてないよ」
大男は、俺達のことが気になるのか、首をかしげて不思議そうにするが、おれがなにも言わないとわかると、潔く諦めて馬車に乗りトルガまでの残り道を進むことにした。
とても長く感じたトルガまでの旅路もついに終わりを迎えようとしていた。
おれと大男は街へ入る為に門の前にできている人の列に並んでいる。街へ入る者は門番に必ず関税を払い、荷物検査とトルガの街へきた理由を説明しなければならない。
並んでいる人達が門番の検査をうけて、次々と街の中へと入っていく。そして自分の順番が近づくにつれて、イヤな汗が俺の背中に流れる。
おれは関税を払うほどの金すらもっていない。このままでは追い返されるのは目に見えていた。
「なあおっさん、おれ金もってないんだ」
「そんなことはいわれなくてもわかってるよ」
大男は御者台に置いておいた革袋を一つ、荷台にいるおれに投げつける。
それを受け取るとズシリとたしかな感覚が手の平に乗っかった。
「そいつをやるからそこから払いな」
「悪いな、世話になる」
革袋の中を覗くと、関税を払ってもかなり余るほどの金が入っていた。
「こんなにはいらないよ、関税分でいいんだ」
「馬鹿を言うな、どうやってトルガで生活するつもりだ?その金があれば5日は生活できる。その間に仕事を探すんだな」
「心配してくれるのはありがたいけどこんなにもらえないよ。それにトルガにはあてがあるんだ。そこで仕事を紹介してもらうから平気さ」
けど、大男は譲らなかった。頑なに金を受け取ろうとせず、結局おれはその革袋をポケットにしまうことになった。
本当にローグ族は頑固者ばかりだ。
「その金はこの道中、モンスターを排除してくれた報酬だ」
「それだけならこの半分が妥当だよ」
「もう半分は懐かしい故郷の声をきかせてくれた礼だよ。それにあの曲を知っているものを見捨てればローグ族の恥だ。お前はなにも気にするな」
「・・・・そういうことなら気持ちよく受け取っておこう」
「ああ、そうしろ」
大男は自分が言った言葉に照れて、気恥ずかしそうにしているが、どこか誇らしげに笑ってみせた。
すまぬ、ローグ族の男よ、あなたのことをその狂暴な顔面で判断してた俺をゆるしてく。
大男のお蔭で関税を無事に払い、トルガの街に入ることができた。
大男ともここでお別れだ。
「まだ名前を聞いてなかったな、なんていうんだ?」
「おれはルーク、名字もなにもないただのルークだ!ジョー・シシに憧れるちいさな大冒険家さ」
「ちいさな大冒険家か、笑わせてくれるぜ。俺の名前はロブだ。ローグ族のロブ。トルガの5番街で商店を開いてる。困ったことがあれば会いに来いルーク」
「ああ、またハ―ルをふいてやるよ」
おれとロブは握手をして、別れた。
最初は乱暴な奴だとおもったけど、中々いい奴だったな。いつかお礼にいこうとおもう。
おれはポケットの中に手をいれてさきほどもらったばかりの硬貨の感触を楽しむ。この金は大切に使わないとな。無駄使いしたらすぐになくなってしまう。
ロブにはこの街にあてがあるなんていったけど、正直なところそんなものはどこにもなかった。
この金がなかったら飯すら食えなかっただろう。ロブには感謝だ。
気合いをいれるために両手でバシッと顔をたたく。
ここに来る前にちゃんと決めたんだ。トルガでは心を入れ替えてまともな人間になると!
まずは宿を探そう。それからすぐに仕事も探す!
おれはトルガの街の宿街に向かうため歩き出した。
ならず者と呼ばれた伝説の大冒険家に憧れる青年 @cowboy
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