第11話 無表情な巨人

「おはようございまーす!」


 いつもの様に挨拶して扉を開け、更衣室に入ろうとすると後ろから声が飛んできた。


「遅いぞマツケン!競争って言ったろ!」


 時政がプールの方から駆け出してきた。


「いやいや、練習前で疲れたくないし無理だから。」


 呆れて返事をすると、時政の横から大きな人影が姿を現した。


「おう。なに?松田競争してたの?」


 西原先輩だ。スラっとデカい。本人曰く187cmあるらしい。どうやら今日のメニューは西原先輩担当らしくホワイトボードに書いていたようだ。


「そうなんですよー!なのにコイツ全然来ないんですよ!」

「西原先輩!ち、違うんですよ!コイツが勝手に言い出した事で……競争なんかしてないんです!」


 俺が西原先輩にここまで怯えるのには理由がある。ドSの悪戯っ子の上、俺相手でなくても圧倒的な身長、さらに表情から何を考えてるか読み取れない。無表情から突然悪戯を繰り出し、34㎝の身長差ではまず抵抗できないのだ。比留間先輩、宋馬先輩に並ぶ恐怖の対象だ。弱みはなるべく見せないに限る。


「いや、松田には聞いてない。時政が勝ったんだな?」


 嫌な予感がする。


「はい!僕の大勝利です!」

「ちょ!時政!やめろよ!」


 慌てて止めるがもう遅い。西原先輩がニヤニヤし出した。もう俺にはどうすることも出来ない。どんな罰ゲームが来ようとも受ける覚悟を決めるのみだ。


「じゃあ今日松田のコースメニュー厳しくするわ。書き直してくる。」

「え!?いや!西原先輩!?それは勘弁してくださいよ!」

「無理無理、もう遅い。あーあ、松田のせいで同じコースの人可哀想。でもどうせ村井だから良いか。」


 なんという事でしょう。せっかく回れるようになったメニューが書き直されていくではありませんか。

 もし同じコースが村井じゃなく宮成とかだったら許してくれそうだったのに……。


「なになに?翼(西原先輩)メニュー変えんの?」

「比留間先輩おはようございます!」


 更衣室から出て来た比留間先輩に挨拶をしつつホッとした。この人なら西原先輩を止めてくれるだろう。

 西原先輩が事の経緯を比留間先輩に話すと予想外の反応が。


「あははは!マジで!?松田ドンマイ!頑張って!」

「えーーーー!」


 まさかの西原先輩サイドに付いた比留間先輩。これでもう罰受ける事確定だ。


(比留間先輩って真面目な印象あったけど結構乗り良いんだな……流石運動部。)


 訳の分からない現実逃避をしながら呆然と立ち尽くす。


「マツケン良かったな!練習増えたぞ!」


 悪戯っぽく笑いながら話しかけて来た時政を苦笑いで返事する。


「つかお前ら早く着替えて準備手伝えよ。女子にばっかやらせんな。」


 西原先輩に言われてプールサイドを見ると同期の女子達がせっせと練習の準備を始めていた。


「はい!すみません!」


 俺達は更衣室に駆け込み急いで着替えた。着替え終わってふと見ると村井が携帯ゲームをしている。


「何してんだよ。準備しにいくぞ!」

「えー。面倒臭いなぁ。」

「マツケンどうした?あ!村井!さっさとこい!」

「はいはい。」


 村井がいそいそと携帯をしまい始めた。なぜ俺が言っても動かなかったのに時政が言うと動くのか。腑に落ちない。

 更衣室から出ると同期の女子の内田がお茶の準備をしようとしていた。


「内田!俺がやるよ!」

「あ、じゃあお願い。うち着替えてくるわ。」


 内田がジャージの前を開くと下に着ていた制服が見えた。くっちゃべってから着替えて出てきた自分が恥ずかしい。

 どおりで今まで俺らがやるより先に準備が終わっていたワケだ。

 さて、ここで問題が起きた。


(あれ?お茶パックってどこだっけ?)


 入部したてで皆んなが先輩達に聞きながらやっている時は超人見知りを発揮してそういうのから逃げていた。普通に話せるようになってからも準備にあまり参加したことがなかった為覚えていない。

 周りを見渡しても同期はスポーツタイマーの準備等で近くにいなかった。かと言って更衣室に入って先輩達に聞くのも気が引ける。


(どうしよう……ボーッと突っ立ってても怒られるよな……。)


「松田どうした?」


 後ろからメニュー調整が終わった西原先輩が声を掛けてきた。よりにもよってこの人が……。そういえば2人きりで話した事がない。緊張しつつ聞いてみる。


「あの……お茶パックってどこでしたっけ?」

「もー。お茶パックはー。」


 西原先輩は呆れた雰囲気で倉庫に入りロッカーの前に立った。


「さぁ、どこのロッカーに入ってるでしょう?」

「え……。」


 案内してくれたと思いきやぶっきらぼうに問題を出してきた。西原先輩は相変わらず表情が読めずどんな感情で聞いてきているのかわからない。

 俺は顔が強張りそっと西原先輩を見上げる。

 無表情のまま西原先輩は続けた。


「早く〜。どこよ?」


 俺は覚悟を決め6個あるロッカーのうち一つを勘で決め開けてみることにした。

 案の定外し、恐る恐る西原先輩を再び見上げる。無言でこちらを見ている。


「あの……西原先輩……お茶はどこでしょう?」


 大きな体を丸め左下のロッカーを開けるとお茶パックが中に入っていた。


「お茶パックはココです。」

「ありがとうございます……。」

「あーあ。松田が普段から準備サボってたのがバレちゃったね。」

「すいません……。」

「次からはちゃんとやりなよ。じゃ早くお茶作りな。」


 西原先輩はそう言い残し行ってしまった。

 完全に自分が悪いのだが、なんだか心がめちゃくちゃ痛い。


(完全に呆れられちゃったな……。)


 人に呆れられる事がこんなに辛いと思わなかった。今までの人生何も特別な事をしてこなかった分こういう経験をして無かった。振り返れば親以外に怒られたことは無かったかもしれない。

 泣きそうな気持ちになりながら準備を終わらせて練習へ突入。

 最初のミーティングが終わりプールへ入水する。今日は村井と2人だけのコースだ。神保と宮成はもう一つ遅いメニューのコースにいる。本当は4人で同じメニューだったのだが、西原先輩が追加したのだ。


「松田今日先泳いでよ〜。つかなんか練習また大変に戻ってない?」

「おっけー。いいよ。」


 俺のせいだとは聞いていないらしい。なんか申し訳なく感じ、先に泳ぐ事をあっさり了承した。

 西原先輩の作ったメニューは本当に俺達にとっては厳しくて全くこなす事が出来ず、休憩するたびに村井と2人でこっそり文句を言い合った。


 俺、西原先輩苦手かも。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Fade in 花山パンダ @amesp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ