第10話 裏切り
練習が楽になりメニューをこなせる様になると、不思議とクラスでも以前より胸を張って生活出来るようになった。今までは水泳部だけど……と言う気持ちが付いて回っていたため部活の話をあまりしたくなかった。でももう大丈夫な気がしてきていた。
登校する時も心なしか足が軽い。やっぱり俺は単純なようだ。
「よ!相変わらずお前ら早いな」
俺が教室に入ると必ず武井と平良は既に来ている。鞄を持ったまま武井達の所に行く。
「よっマツディー!家いてもやる事ないからね〜!」
「俺ら30分前くらいには来てるからな〜。つか松田がギリギリなんだよ。」
「マジで!?そんな早く来てたの!?30分前は早すぎんだろ……。」
その時徳永さんが教室に入ってきた。真面目そうに見えて結構ギリギリに登校して来るのだ。
俺は妙に意識してしまい徳永さんに気付いてない振りをして武井達と話を続ける。
「松田君おはよー!」
「お!おはよー!」
今気付いたフリをしながら挨拶を返した。挨拶をしただけなのになんだか楽しい気持ちになる。
「徳永さん俺達もいるよ!おはよー!」
平良が寂しかったのか徳永さんに挨拶する。
「えーと、平良君だっけ?お、おはよう!」
「覚えられて無かったんかい!」
「ごめんね。なんかあんまり人の名前覚えられなくて……。」
「全然良いよー!これから覚えてくれれば!」
コイツのコミュ力は正直羨ましいと思う。どんな奴とでも仲良くなるし、周りから好かれている。
徳永さんはそんな平良のテンションに苦笑いしながら席に着く。俺はホームルームがそろそろ始まるのを理由に自分の席、徳永さんの隣の席に着いた。
が、相変わらず自分から話しかける事が出来ない。なんてチキンなんでしょう。
ソワソワしていると佐々木先生が教室にやって来てしまいホームルームが始まった。
結局あれ以来徳永さんとは挨拶以外の会話はしていない。なんだかモヤモヤする。
(どうすりゃいいんだ。女の子と話すきっかけって何?田中先輩たちみたいに気楽にいけないのはなぜ?)
授業中も寝たフリしながらたまにチラチラ隣を見たりして落ち着かず、授業が頭に入らない。まぁ、寝てるか寝たフリしてるかの違いなだけだけど。
(よし!当たって砕けろだ!放課後何とか話してみよう!)
周りから見れば何をそんな緊張しているのか不思議に思うかもしれないが、俺は人見知りなんだ。水泳部で自信がついたと言ってもそんなすぐ直るほど人見知りは簡単じゃない。
特に同級生女子と1軍男子はハードルが高い。
平良の様なあっけらかんとしたキャラをイメージする。
(「そういえば徳永さんて部活何やってんの?」よし!これで行こう!)
イメトレはバッチリだ後は放課後を待つだけ。そもそも10分休みや昼休みに話しかけても良かったのだが、そこはビビリに良くあるの先延ばしである。
そして時は来た。帰りのホームルームが始まった。
(さぁ終わったら速攻で行くぞ……。)
隣をチラリと見ると徳永さんは鞄を机に置いてボーッと前を見ている。一気に不安になる。
(いきなり部活聞くとかキモいかな……?いや、行くしかない。精神状態的にも今しかない!)
その時突然後ろの扉が開いた。クラス中の視線が開けた人物に注がれた。
そこには時政がポカーンと立っている。
(え……?)
佐々木先生がすかさず声をあげる。
「時政どうした?まだホームルーム中だぞー!」
「あ!やべっ!!」
時政はすぐさま扉を閉め、先生は呆れ顔で俺を見つめた。
「松田〜困るよ〜部活でちゃんと言っとけよ〜。」
「は、はい……。」
クラス名との視線が今度は俺に移り、恥ずかしさで少し俯いた。
(なぜ俺が……あの野郎……!)
ホームルームが終わり急いで廊下へ出ると時政がニヤニヤしながら立っていた。俺はとりあえず注意する事にする。
「おい!俺が怒られたじゃねぇか!」
「悪ぃ悪ぃ!終わったと思っててさ〜。今日お前らホームルーム長ぇよ。」
「そうだったか?」
(徳永さんへのシュミレーションずっとしてたからかな。気付かなかった。ん?徳永さん?)
「あ!」
俺は思わず声を上げてしまった。
「どうした?忘れ物?」
「いや、忘れ物といえばそうだけど大丈夫!何でもない。」
コイツの乱入で徳永さんと話そう計画の事をすっかり忘れてしまっていた。
しかし、残念に思う反面どこか安心した。
(少なくとも失敗はしないで済んだし。まだまだ時間あるしまた今度にしよ。)
とりあえず得意の先延ばし決定。
「本当に良いの?さっさと取ってくれば良いじゃん。」
「良いんだって。さっさと部活行こ!」
「忘れ物って何なんだよぉ?」
不満げ面持ちの時政を横目に歩き出す。
「無視かい!まぁいっか。そんな事より今日メニュー作るの誰かな!?」
「比留間先輩じゃ無いの?」
「いや、正俊君以外の2年の先輩が持ち回りで作るって言ってたよ。」
「なんであの人以外なの?」
「さぁ、練習に不真面目で面倒臭がりだからじゃん?でもそれで部内で2番目に速いとか正俊君反則だよな!」
「……え?」
「ん?」
「正俊先輩そんな速いの?」
今の2年生は都立高校の水泳部にしては速い人が多かった。そんな中、あんなヘラヘラしたのが2番目に速いとは信じられ無かった。
「知らなかった?めっちゃ速いよあの人。試合ちゃんと見とけよ。」
「マジか……。」
試合はちゃんと見ているつもりだが、正直競泳の事はサッパリだったので、速いとか遅いとか何となくしか分かっていなかった。
「宗馬先輩とかの方が速いんじゃ無いの?」
「いや、正俊君の方が速い。サボってるくせに速いから宗馬先輩良くイライラしてるよ。」
時政は笑いながら苛立つ宗馬先輩のモノマネをしたが、俺は笑えなかった。正俊先輩に勝手に裏切られた気がしていた。それに、同じ部内の話なのにそんな人間関係とか知らなかった事に少し疎外感を感じていたからだ。
(正俊先輩そこまで速かったのか……。そっか、だからサボってても皆んなそこまで強く言えないんだろうな。知らなかった……速いコースで泳いでる人達は皆んな知ってるんだろうな。)
「まぁマツケン遅いコースだもんな!知らなかったか!」
グサリ
相変わらずデリカシーのない言葉が心に刺さる。
「何コースか離れてるからな。知らなかったよ。」
遅いコースでは無く、離れたコースって言い方があるんだぞと気持ちを込めて返事をした。
でも時政の事だ、気付く事はないだろう。
「マツケン!プールまで階段ダッシュで競争しようぜ!」
気付くともうプールへ上がる階段へ着いていた。
「嫌だよ。疲れるし。」
今はそんな訳の分からないノリに付いて行く気分じゃない。
「よーいどん!」
「おい!」
俺の言葉を無視して走り出した時政を追いかけようと思ったが、やめて普通に歩いて階段を上がる事にした。
勝てる訳ないし。
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