第9話 新部長


「じゃあね〜」

「おう、また明日〜」


 帰りの挨拶もしてくれた徳永さんに別れを告げる。


「何あの子? 仲良さげじゃん」

「あぁ席隣なんだよね」


 時政に仲を聞かれたが照れ隠しでなんとも思っていないように見せかける。

 今日の部活への足取りは軽い。昨日までの辛さはなんだったんだ!俺って意外と単純かも。

 プールに入っても高揚感は変わらなかった。


(今日は行けそうな気がするぞ……!)


 が、当然そんな事は無い。

 突然体力が付くわけでも、速くなるわけでも無い。中盤からは徳永さん効果も薄れていつも通りの辛い部活だった。


(まぁそりゃそうだよな。つか徳永さんに応援されたからってなんなんだよ。舞い上がっちゃってダセェなぁ。

 こんな姿見せたら幻滅されるだろうな。まぁ仕方ないか。俺ってこんなもんだし)


 いつものネガティヴに新要素が加わる。


「松田〜大丈夫か?いつも練習終わり暗いけどキツイか?」


 石川先輩が声をかけてくれた。いつも様子を見て気にかけてくれていたらしい。


「休んだ時も心配だったけどさ。それ以来休んでないから大丈夫かなと思ったけど、やっぱり元気ないから。」


 あまりこういう心配をされた事が無かったので心に染みる。


「はい。ありがとうございます。正直キツいですし、遅くて申し訳ないなぁと。でも、もう少しだけ頑張ってみます。」


 初めて会った水泳部員がこの人だからなのか、この人が持つ力なのか、石川先輩には落ち着いて気持ちを吐露出来る。辞めたいと思ってるとは言えなかったが。


「うん。分かった。頑張れよ!ただあんまり無理はするなよ。なんかあったらメールでも良いから言えよな。じゃミーティングするから体拭きな。」


 そう言って石川先輩はみんなに集まるよう声を掛けた。


「お疲れ様でしたー!」

「すみません今日は僕から重大発表をします!新部長を発表させていただきます!」


 現部長である石川先輩が声を張り上げた。

 場は静かになり、皆新たな部長が誰になるのか耳を澄ませた。


「新部長は比留間。副部長は田中です!一言づつ挨拶をどうぞ」

「お疲れ様です!副部長になりました田中です。私にどこまで出来るか分かりませんが、少しでも比留間君をサポート出来るように頑張りますのでよろしくお願いします!」


 田中先輩は正俊先輩と仲が良くてその繋がりもあり、最初の競泳連で同じコースになって以降加藤先輩と共に仲良くして貰っている。明るく元気で責任感もありそうで副部長にぴったりだと思った。


「お疲れ様です!部長に任命されました比留間です。今週の試合で先輩方が引退になりますが、引退した後もこの水泳部が弛まないようしっかりと気を引き締めて行きたいと思います!至らない所も多いと思いますが、よろしくお願いします。」


 比留間先輩はちょっと怖い雰囲気でイケメン。話した事は入部した時の外周の時しかないが、部内で一番速くストイックな姿に1年皆んなが憧れていた。部長にはこの人しかいないと誰もが思っていたはずだ。


(ていうか3年の先輩方はもう引退なのか、なんだか寂しいな。)


 もっと先輩達と話しとけば良かったな〜と思いつつ皆んなの顔を見渡す。3年の引退のせいなのか、新体制へ向けてなのか、全員引き締まった顔をしている。


「明日からは比留間を中心にメニュー作りやミーティングをして部活を回してもらいます。色々至らぬ部長でしたが皆さんのお陰で部長をやり遂げられました。ありがとうございました!

 それじゃあ部活を終わります!まだ涼しいので、全員風邪をひかないよう体を温めてしっかりストレッチしておいて下さい!お疲れ様でした!」


 石川先輩の部長としての最期の挨拶が終わる。明日からは2年生が中心の部活だ。メニューも2年生が考えて行くことになる。

 まぁ未だにメニューをろくにこなせていない俺からしたら誰が作ろうとあまり変わらないのだが。


 次の日、比留間先輩に声をかけられた。


「松田〜!ちょっと来て〜!」

「え!あ、はい!えと、な、なんでしょうか?」


 比留間先輩は俺にとってこうなれたらいいのにって憧れの存在だが、恐怖の対象でもある。どうもそのオーラや雰囲気にビビってしまい委縮してしまうのだ。


「なんでそんなビビってんのよ〜。別に説教とかじゃないから。」

「はい、すみません……。」

「いやいや、だから! まぁいいや、今メニュー書いてるんだけどさ、どうかな? 松田いつものでもちょっとキツイでしょ? このくらいなら行ける? 」


 石川先輩から言われたのか、部長就任で模索しているのかは分からないが、遅い部員代表として俺に声を掛けたようだ。

 が、まともにメニューを回れた事が無いのでどのくらいなら大丈夫かすら自分で判断出来なかった。


「分からないですけど、とりあえず大丈夫だと思います! 頑張ります!」

「まぁ頑張るのは良いけど、あまりにも出来ないとメニュー作る意味ないから無理だったら言ってね」


 比留間先輩は真顔で淡々とそう言った。

 メニューの意味がないという言葉は、これまで全くメニューをこなせていなかった俺らへの不満の意味も込められていた気がする。

 悔しく、そしてとても恥ずかしく感じた。でも、楽になると喜んでしまっている自分もいた。少し自己嫌悪。


 その日は何とか全メニューこなす事が出来た!初めてである!達成感。

 ミーティングの後いつもより余裕のある俺に時政が話しかけて来た。凄い笑顔だ。


「マツケン!今日メニュー全部回れてたじゃん!!」


 やっと水泳部の一員になれた気がした。その日は清々しく、久しぶりに対等な気持ちで時政達と会話する事が出来る。


「お、おう。なんとかね!」


 見ていてくれた事が嬉しく、自分の事の様に喜んでくれてある事が恥ずかしかった。

 が、それだけで終わらないのが時政である。


「まぁ、あのメニューじゃ当たり前だけどね〜。見てみ俺のとこの!比留間先輩キチィわ〜。お前ら楽で羨ましいわ!」

「あ、ああ……。」


(こいつマジか……。)


 達成感で満たされていた心が冷えていく。

 ただ、彼に悪気は無い。皮肉を言った意識は無いだろう。

 さすが時政だ。

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