第8話 10分休み

 サボると時政に嘘をつかなくてはいけない、村井にはネチネチ言われる。

 水泳部、シンクロからは逃げられない。

 この先の不安のせいで、部活で疲れているのに寝付けない日々が続いた。

 朝はいつも寝不足。そんな俺に出来ることは部活に少しでも体力を残すため授業中寝ることだった。

 中学時代目立たないように生きてきた俺は当然先生に目を付けられたくない一心で居眠りなんかしなかったし、宿題も忘れたことなんてない。

 居眠りがもちろんいけないことは分かっている、でもそんなこと言ってられなかった。

 でもまぁ、眠りを部活のせいにしているが、正直ただ勉強が嫌いな事と、授業中に寝る背徳感がたまらないだけだった。

 それに起きていると部活の事で頭がいっぱいになって苦しくなってくる。


「けんちゃん、気持ちよさそうねぇ~起きなさい」


 耳元で甲高い声が聞こえる。


「あぁはい。すいません・・・」

「おはよう。黒板に書いてある問題やってごらんなさい」


 黒板に書かれている数式を解きに前へ出る。

 まだ高校受験の余韻で行ける上、数学は得意だったので楽勝だ。


「できるじゃな~い。でも駄目よ起きてなきゃ。けんちゃん部活で疲れてるのわかるけど~」

「はーいすみません!」


 こうして先生に軽く怒られて、可愛がられて周りに注目されるのもなんか特別感があって気持ちがいい。

 後になって振り返ると何ともダサい注目のされ方なのだが。

 ちなみに俺をけんちゃんと呼んでくるこの先生は数学の竹内先生。何だか知らんがいつのまにか、気さくに話しかけて来たり気にしてくれている先生だ。


「もう寝ちゃだめよー!」

「任せてください!」


 この先生は一回注意されると次は本当にしつこいので俺は寝るのをあきらめて落書きに没頭する。


 キーンコーンカーンコーン


 授業が終わり休み時間になった。

 俺は普段から休み時間なってもあまり席を立ったりせず、友達が自分の所に来るのを待つスタンスが多い。誰も来てくれないときは友達の所へ行く。気取って座っていても寂しがり屋なのだ。他に立つ時はトイレに行くくらいだ。

 その日もいつも通り席に座ったままとりあえずぼーっとしていた。


「気持ち良さそうに寝てたね~」


 隣の席の徳永さんが急に話しかけて来た。

 彼女との接点といえば係が同じ事と席が隣と言う事ぐらい。係といっても号令係という授業の始まりと終わりに挨拶の号令をかけるだけの係だから一緒に作業と言う事もない。

 つまりほぼ話した事がない。


「ん?あぁなんか眠くて・・・」


 びっくりした俺は中途半端な返事になってしまった。


「いつも気持ちよく寝てるなーって思ってたんだよね〜。夜遅いの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、部活で疲れてるのかな〜」

「水泳部なんだよね?武井くんとかといつも話してるの聞こえてたから知ってるよ〜」


(え?マジか。つかなんだこの状況)


 肩まで伸びた黒い髪、クリッとした目が印象的で、正直可愛い。だが、地味でどこか人に壁を作っているような印象を受けていた。

 俺は入学時に隣になってから気になっていた。


(可愛いな、でも少し影があって俺みたいなタイプにとっては話しやすそうだな。)


 そう思っていた。

 でも女の子とそんなに喋った事のない俺が、ましてや入学したての時の俺が話しかけられるはずもない。

 それが急にこの状況。

 テンパった末に俺は逃げる事を選んでしまった。


「俺が水泳部って知ってたんだ。意外だな〜。ちょっと武井のとこ行くね!」

「うん。話しかけちゃってゴメンね〜」


 徳永さんは少し寂しそうな顔をした気がした。


(俺の馬鹿野郎!何してんだ!!)


 武井のところに行き動揺を隠すためテンション高めに声をかける。


「武井〜!!」

「おう!で?徳永さんと何話してたの?」


 武井がニヤニヤしている。様子を見ていたようだ。


「何でもねぇよ。よく寝てるね〜って言われただけ。」

「何してんだよ〜!勿体ねぇ。可愛いのに。徳永さんが話しかけるとかレアだぞ。」


(仰る通り!!!)


 心の中で叫ぶ。だか表面上は冷静なフリをして話をそらす。


「良いんだよ別に。そんな事よりシンクロやる事になったわ」

「シンクロ!?ウォーターボーイズ的な?お前が?マジで!?」

「おう。」

「安田君!平良君!松田シンクロやるらしいよ!」


 近くにいた2人に武井が声をかける。ちなみに安田と平良は俺が入部当初の外周で地獄を見てる時に声を掛けてくれたバレー部の2人だ。

 あれ以来仲良くなり良くつるんでいる。


「おー松Dすごいじゃん!!」

「松田君やるねぇ」


 何故か平良は俺をD付けして呼ぶ。そして安田は君付けで呼ぶ。


「ん〜本当は嫌なんだけどね〜水泳部は強制参加みたい。」


 俺はあからさまに嫌そうな顔をして断れなかった事を隠し、強制参加だと嘘をついた。


「俺だったら絶対嫌だわ〜ま、ガンバ〜。」


 武井は悪戯っぽく笑って言った。


「おう頑張るー」


(本当は水泳部自体辞めたいんだけどね。)


 友達にはどうしても強がってしまう。運動部に入ったこいつ凄いって思われていたい。

 なんだかクラスにも居心地が悪くなって来た気がした。


 キーンコーンカーンコーン


 10分休みが終わる。俺の席の隣には当然徳永さんがいる。ついさっきのネガティブな気持ちを忘れ少し緊張し始めた。

 隣を見ないように席に着く。


「ねぇねぇ。」

「え、ん?」


 また話しかけて来た徳永さんに動揺する。


「聞こえたよ。シンクロやるんだってね!頑張って!見に行くから!」

「お、おう。ありがとう」


 精一杯の笑顔で返した。

 初めてシンクロの参加が決まってよかったと思った。

 その時だけは嫌な事を忘れて、頑張ろうと心に誓った。

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