黝坊主

安良巻祐介

 

 崩れた瓦の合間から、寂天の月光のか細く差し込む屋の内に、袈裟を着込んだ、異様に頭の大きい、顔の青黒いものが座している。

 それは片目を潰されており、顔の皴に紛れてもはや区別もつかない。

 残った一つの目がそれを補うかのように大きく、真っ黄色の眼球に海老茶色の血管が枝の如く絡みついて、その中心に、宇宙の孔のような瞳がある。

 立派な獅子鼻がどっかりとあぐらをかいた下で、唇が強迫的な弧を描いて引き結ばれている。

 少し猫背気味に、闇の中、腐れた座敷の中央で座禅を組み続けるそれは、生きているのか、死んでいるのかも判然としない。

 ただもう百年も、二百年も前から、そのようにしてそこに在り続けている。

 人は、これを見ることはできない。

 迷うた旅人が壁の隙から覗き込んだとしても、無人の座敷の上に月光が色溜まりを作っているのを見るばかりであろう。

 しかしそれでも、それはそこに在るのだ。

 一つの「忌まわしさ」の、一つの「不吉」の、一つの「倦怠」の、一つの「敬虔さ」の象徴として。

 いつか、この寺の打ち壊されて塵に帰るとき、座したるこの者も輪郭を失い、空に溶けて――不定形の染みの如きものと成って、屋の外の、娑婆の、地球の憂鬱をほんの少し増すことであろう。

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黝坊主 安良巻祐介 @aramaki88

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