第二幕:専門学校編
二〇二五年六月二三日(月)
正門をくぐると校舎に向かう道すがら、かつて実際に使われたであろう人工衛星や、シャトルの一部等が展示されている。
しかし先週極端に遅い梅雨入りを果たしたばかりの、今は六月末。本来であれば見栄えするであろうオブジェ達は、降りしきる雨に打たれ、既に役目を終えた遺物としての物寂しさの方が際立っていた。
教室に入ると、週末から降り続けた雨のせいか、いつもと違う匂いに気が付く。
そんな変化に気付く程度には、この学校にも馴染んだんだな――と変な感慨を覚えつつ、鞄を机に置いた。
この四月に入学した双葉PCS技術学校は、民間宇宙開発に重きを置いた専門学校だ。
この分野も二年半前の弾道ミサイル攻撃により、一度は失速を余儀なくされたが、その後のアメリカの報復攻撃によってそれも沈静化し、今は以前の活気を取り戻しつつあった。
日本も多少後発ながら、元々保有していた技術力の高さを武器に、現在では第一線で活躍する企業も多い。
この学校もその中の一つ――双葉重工により創立されている。
その為、ここを卒業すると双葉重工の各関連企業への優先的な入社資格を得る事が出来る。
しかし高い技術力を持ち、育成機関が充実していても、依然日本の技術者不足は深刻な課題だった。
まだまだ発展途上の分野であり、いくら安全に留意しているとは言え、船外活動等での人身事故はやはり他の分野に比べて多かった。
このマイナス面はGDPの高い国である程影響が大きく、日本ではなかなか志望者が増えないのが実情だった。
その問題を少しでも解消すべく、資金面の援助は国・民間問わず充実していた。
かくいう僕もその恩恵の一端、奨学金を受けてここに入った一人だった。
入学式では双葉重工で実際に勤務している宇宙飛行士や技術士が激励に訪れ、賑やかなものとなった。
その後、専門学校らしい過密なカリキュラムがスタートし、それに翻弄されながらあっという間に三ヶ月が過ぎようとしていた。
◇
今日最後の情報基礎の講義を終えて、疲れた頭で片付けを始める。
ネットの情報でも、PCS系の専門学校は専門学校の中でも習得する技能が多く、覚悟を必要とする等と脅し文句が踊っていたが、実際やはりその通りで、座学・実技共にやる事は山積みで、入学自体は特待生制度付きでもそれ程難しいものではなかったけれど、入った後が大変だった。
既に授業を受けている人数は入学当初より目に見えて減ってきていて、客観的事実として、この学校の厳しさを物語っていた。
PCS系の学校は他にも幾つかあるけれど、三年制のところが殆どで、一刻も早く宇宙に上がりたかった僕は、二年制で就職も有利で、家から通える距離だった事もあり、早々にここに決めた。
この学校はコースこそ幾つかあるけれど、基本選択授業等は殆どなく、1クラス五十人程度ずつに分けられる。
座席こそ自由だが、クラスメートと一日一緒にいる為、入って暫くは私服で高校に通っている様に錯覚する事もしばしばだった。
外では朝から強くも弱くもならず一日中降り続ける雨に打たれ、正門横のオブジェ達が相変わらず同情を誘う影を投げ掛け続けていた。
家に辿り着くと、重い鞄を置いて夕食の支度を始める。
今日は母が遅いので、自分用の簡単な夕食と、母が帰って来た時の為に少なめの夜食を用意する。
早々に夕食と風呂を済ませ、今日の疲れからソファーでぐったりしながらニュースを眺める。
そこでは相も変わらず殺人や轢き逃げ等の凄惨なニュースが並ぶ。
毎日毎日こうもひっきりなしに陰惨なニュースが飛び交うこの国を、人々は世界有数の治安の良い国と口々に言うけれど、こんな国がそれ程安全だと言うのなら、他の国は一体どうなってしまうのか――とぼんやりした頭で鎖国時代さながら、海の向こうへの不透明感を覚える。
けれど実際自分がソファーに寝そべっているこの瞬間も世界中では、治る筈の病気や、飢餓や、自分には想像も出来ない苦しみを味わいながら死んで行く子供達が大勢いるのだと、知識としては知っている。
そんな子供達は死の淵で、なんの努力もせずにこの恵まれた生活を享受する自分を、どんな目をして見つめているのだろうか——。
そんな事を想いながら、もう後数分もあればこのままソファーに沈んで一眠りしそうな時、急にテーブルのスマホが鳴り出した。
体を起こして手に取って見ると、画面には”
記憶が正しければ高三の夏休み以降会っていないので、もうかれこれ八か月振りだろうか。
「もしもし上永? 随分久しぶりだね」
「
三年の一学期以来だから、番号とか変わってないか心配しちゃった」
心なしか、彼女の声は以前聴き慣れたものより明るく感じられた。
彼女も大学生活を謳歌しているのかもしれない。
「お互い受験だったし、卒業式でも結局会わなかったからね。
それで、急にどうしたの?」
卒業したばかりなのに美術部でのOBOG会でもやるのか……。そんな程度の予想をしていた僕に、彼女の次の一言が一瞬にして眠気を吹き飛ばした。
「実はね、お見舞いに来て欲しいの」
「え、誰か入院したの?」
「うん」
「誰が?」
「私が」
「え? 何か怪我でもしたの?」
「まあ……ね。会った時に話すから。今週末とか、空いてないかな?」
「ちょっと待って――日曜なら」
「じゃあ待ってるね。場所は――」
相変わらずの明るい口調で、都内の病院名と病室を矢継ぎ早に説明されるのを急いでメモに取る。
「久々だし、近況とか聞かせて欲しいな。
今日はもう遅いし、あんまり起きてると、また看護師さんに怒られちゃうから」
そう言うが早いか「じゃあおやすみ」と言うと、こっちの返事もそこそこに切ってしまった。
正直最初は驚いたが、あの口調からはさほど深刻な事態には思えなかった。
スマホを目の前のテーブルに戻すと、再びテレビを見るとはなしに眺める。
陰気なニュースは既に終わり、さっきまで事件の被害者や遺族への遺憾の意を沈痛な面持ちで語っていたキャスターは、今はスポーツ担当のキャスターが語るプロ野球の試合結果や海外で活躍する選手の話に、力強く相槌を打っていた。
それを眺めながら、再び眠気に支配されていく。
死の淵に立つ子供達からの視線の
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