オレンジ

@zawa-zawa

オレンジ

刺激が足りねーよなあ」レンが教科書でパタパタ仰ぎながら独り言のようにつぶやいた。昼食を終えボーっとしていた僕は、何を言っているのかよくわからなかった。

「なんか最近学校とバイト以外することなくてつまんねえよなあ、スグル」

「まあ、確かにそうかもね。」

今度は、彼が僕に言い直してきたので、あいまいに返答した。田舎の大学に通っている僕たちは、遊びに行くにも街までは電車で一時間程かかってしまうため休日はともかく平日なんてろくに遊びに行けない。たとえ遊びに行けたとしてもこんなに暑い中、外に出るよりクーラーの効いた部屋で読書している方がよっぽどいいと思ってしまうような僕には関係ない。きっとレンは、暇があれば出かけたいなんて思っているんだろう。

ふと、そんなに面白い話でもないが、僕にとってはタイムリーな話をしてみいようと思いたった。

「ここ三日間くらい毎日夢見るんだよね」

「へー、珍しいじゃん。前まで全然見ないって言ってたのになあ」

「今日見た夢なんてさ」


最近見るようになった夢は全く意味の分からないものばかり。なぜか目が覚めても鮮明に記憶に残っている。今日の夢なんて特に酷かったものだ。

授業中に消しゴムがコロコロ転がって落としてしまい拾うのだが、拾っても拾っても同じように落としてしまう。そのくだりを三十回程繰り返したところで目が覚めた。なぜか丸い玉のような消しゴムだった。ちなみに、僕が普段愛用しているのはMONO消しゴムだ。よく消えるし、シンプルが一番というのが僕の持論である。


「おまえ、そんなくっだらねー夢見るなんて頭ん中平和だねえ!」

悪びれる様子もなくレンがゲラゲラ笑っている。

「いやいや、平和なもんか。延々と同じことを繰り返す夢なんてまさに地獄だって。この世の終わりかと思ったよ。」

少し大袈裟に言ってみた。周りの動きが騒がしくなってきたので時計を見ると十二時五十分、つまり昼休みの終わりを表していた。



事が起こったのは学校からの帰り道だった。僕はレンとハナと三人でいつものように歩いていた。はたから見ると、僕らは不釣り合いのよう見られるだろう。実際、僕もそう感じているのだから。レンは、ずっとサッカー部で今も社会人チームに所属するバリバリの運動系、いつも楽観的で元気な姿は典型的な文化系で心配性な僕とは正反対って感じ。背も高くて女子からの人気もかなり高い。そんなレンが羨ましかったりもする。僕にだって振り向いて貰いたい人の一人くらいいたりするのだ。ハナは、ショートボブの似合うイマドキの女子大生という感じなんだけど、ここだけの話かなり天然ドジっ子的なところがあるので見ていて飽きない。この間なんて家で焼肉をやろうという話になり、準備していた時、肉を切っていたハナが「わあ、痛い!」

と叫んだので、急いで駆け寄ると特に怪我はなさそうだった。一応どうしたのか訊いてみると

「豚肉の気持ちになってみたの」

と目を潤ませていた。そんな二人といると元々は人と関わるのが好きではなかった僕もいつしか一緒にいるのが楽しくなっていた。



「ハナ、午前中何してたんだ?」

「いやぁ、ちょっと寝坊しちゃってねぇー」レンにハハッと笑って、ハナは答えた。

真面目なハナにしては珍しいと僕は思ったが、レンはそんなとこだと思ったという返答をしていた。

「そういえばさ、今日スグルがおかしな夢をみたらしいんだけど」

レンがおどけた様子で僕をみてくる。

「もうその話はいいって」

今朝自分でした話とはいえ、こんな話を二度もするのは恥ずかしくなってきた。

そんな話をして坂を下り終えようかというその時だった。

「あっ」

みんな同時に言葉を発したと思う。

突然一つのリンゴが後ろからコロコロと転がってきた。三人とも訳も分からずリンゴを目で追っていると、後ろから次々とボウリング玉のように勢いよく流れてくるではないか。僕たちはそのボウリング玉…のようなリンゴを受け止める。なおもリンゴの勢いはとどまる事を知らない。一人十個ほど捕まえたところでリンゴの流れは止まり、代わりに大きな箱を持ったおば様方が降りてきた。話を聞くと近くのパン屋さんで作っているアップルパイの材料の買い出しだったらしい。僕たちはお礼に一つずつリンゴを貰ってその場を離れた。

「なんか楽しかったねー」

ハナは、きゃっきゃとはしゃいでいた。




 今日も夢を見た。何故か飼ったこともない亀を散歩させている夢だった。亀を散歩させてる人なんて見たこともない。何より亀の歩く速度が遅すぎて後ろで歩行者が渋滞してしまい亀を持ち上げようにも重すぎてどうしようもない。道を譲ろうにも幅が狭すぎる。

「早く歩けよ」

と野次が飛んで来てひたすら謝っているところで目が覚めた。



「なんて夢だ」

僕は今日の第一声を発した。

ハナは今日は朝から学校に来ていたけど、かなり疲れが溜まっている様子で授業中もウトウトしていた。気になり、授業終わりにスマホと間違えてエアコンのリモコンを持ってきたと騒いでいたハナにそれとなく訊いてみた。

「昨日は帰るのが遅くなっちゃってねー」

「ほお!ついにハナにも男の気配かぁ?」

ゲラゲラ笑ってレンが割り込んできた。僕はドキッとした。それは、突然レンが話に入ってきたからではなく、僕の想定していた内容からあまりにもかけ離れていたからだ。

「なんでそうなるのよ!」

「冗談冗談、こんな間抜けな女だれも寄ってこないよな」

相変わらずレンは口が悪い。

「レンの方こそ女の子にそんな口悪いからすぐ彼女に愛想つかされるんでしょ!」

彼女は頬を膨らませた。

「あれは俺が悪かったんじゃなくて、あっちが悪かったんだって」

見慣れた二人の掛け合いをみて、僕はちょっと心配しすぎだったかなと反省した。あと、ハナに彼氏ができていたら今夜は眠れなかったかも知れない。


学校帰り、みんなで行きつけの喫茶店に向かっている途中、やはりあの話題になってしまった。

「スグル、昨日の夢の話レンから聞いたんだけど、今日はどんな夢見たの?」

ハナが意外にも興味津々に訊いてきた。正直言いたくなかったが、聞いて欲しいという気持ちもどこかにあったのか気が付いたら話し始めていた。

「また地味な夢じゃんか」

話し終えるとレンが何の気なしに言った。一方ハナは自分で訊いておきながら「へー」

と適当な相槌を打っていた。

そんな話をしていると横断歩道の前で重そうな買い物袋を抱えたお婆さんが立っていた。するとそれを見つけたレンが駆け寄った。口は悪いけどレンは、案外思いやりがあって優しかったりもする。そんなギャップが彼に彼女が絶えない所以なのではないかと僕が感心している間にハナも駆け寄っていく。感心している場合ではなかった。反省、反省。


信号が変わってお婆さんの荷物を持ったレンと僕たちは歩き始めた。が、しかし重い荷物を持つことですっかり疲れてしまったお婆さんは、一歩一歩ゆっくりと歩いていくのが精一杯といった様子。おまけに今日は猛暑日ときているので、無理もない。横断歩道の真ん中あたりで信号が赤に変わってしまった。

「おい、早く歩けババァ!」

無慈悲にも、信号待ちをしていた車からクラクションの音とともに怒鳴り声が聞こえてくる。運転手の気持ちもわからなくもないが、冷たいなと感じた同時にいやな気持になってしまった。言い返してやりたいと思うが、もちろん僕そんな度胸なんて持ち合わせていない。幸いお婆さんの家まで数分だったので無事に送り届けることができた。僕は奇妙な胸騒ぎを感じていた。


喫茶店に着くとハナが、自分で注文した白玉パフェを

「これ美味しいよ!でもこの白い丸いやつ何なんだろうね?」

と言いながら頬張っていた。

「自分が何を頼んだと思ってるんだか」

とオレンジジュースを飲みながら呆れながらレンが言う。ハナのこういう場を和ませてくれるところが何とも言えなくいい。こんな談笑をしている中ハナが話題を変えてきた。

「ねえ、二人とも予知夢って信じる?」

表情は真剣だった。

「突然真面目な顔してどうし、ああ!」

最初はハナがいつもの天然を炸裂したのかと思ったが、その瞬間胸騒ぎの正体に気が付いてしまった。周りのお客さんからの視線が痛い。そうか、似ているんだ。さっきのお婆さんを助けたときの状況と僕が今朝見た夢の内容が完全に合致しているわけじゃないんだけど近い。

「ハナの言いたいことが分かったよ」

僕が小声で言う

「んんあ?」

レンは言葉にならない声を発して目はまん丸く見開かれ、口をぽかんと開いてハニワのような顔をしていた。

「ひっどい表情してるねぇ」

ハハッとハナが笑いながら言った。

「でね、スグルの夢が予知夢なんじゃないかって話なのよ。つまり、昨日の消しゴムがリンゴで今日の亀はお婆ちゃんなの!」

ハナがキラキラ目を輝かせながらレンに指をさす。彼女は人に説明するのが悲しいくらい下手だった。

レンは相変わらずハニワのまま固まっている。

「僕が今日見た夢は今日、昨日見た夢は昨日、実際に同じようなことが起こってるってことがハナは言いたいんだよ。」

「俺よく知らないけど、予知夢ってもっと夢と同じことが起きるんじゃないのか?」

人間に戻ったレンが両方の掌を上に向けた。君はハリウッド映画から飛び出してきたのかとツッコミを入れたくなる。

「確かに僕の夢は予知夢にしては、現実とかけ離れちゃってる気がするよね。」

「でもさー、なんだかなぞなぞやってるみたいでわくわくしない?」

子供のような眼差しでハナは見つめてくる。僕は顔が熱くなってきてしまった。

「まあ、そう言われると面白そうだな。明日も楽しくなりそうだなあ」

レンとハナのこういうところは気が合うみたいだ。




きれいなオレンジ色の夕焼け空の中、僕が家に着くと物騒にも鍵が開きっぱなしになっていた。朝鍵をかけ忘れていたのか。部屋の灯りをつけると、見慣れた真っ白の壁と茶色のフローリングが広がっている。ごちゃごちゃした部屋が嫌いな僕は最低限必要な家具しか置いていない。冷蔵庫とベッド、あとはた小さなテーブルくらいなものだ。洗濯はコインランドリーで済ませている。普段自炊はしていないので、たくさん買い置きしているカップ麺を食べようとお湯を沸かしている時だった。パァンと何か弾けた音がした。腹部に違和感を覚え、見ると服が真っ赤に染まっていた。




「ああっ」

自分の悲鳴にもならないような声で目が覚めた。僕は死ぬのか。いつもと違って今日の夢は妙にリアルで怖かった。自分が死ぬ夢は自分が生まれ変わることを示していて、自分に運が引き寄せられるという兆候だと誰かが言っていたのを思い出す。もしレンなら信じるだろうけど、僕はそこまでポジティヴにはなれない。外は晴天で雲が一つもないのと対照的に僕はなんだか朝から憂鬱な気分になってしまった。生ぬるい風が体にまとわりついてくる。


帰りは久々に一人だった、レンはこれからバイトがあると先に帰ってしまい、ハナは最近の疲れが溜まっていたからだろうか、学校に来ていなかった。そういう訳で今日の夢について僕が話すことはなかった。正直なところ今日の夢の話はするつもりがなく、適当にごまかしてしまおうとまで思っていたので好都合だった。家の前まで着くと空がオレンジ色に染まりはじめていた。夢の事もあったので緊張しながらドアノブに手を掛ける。よかった、開いていなかった。ゆっくりと扉を開けた瞬間パパァンと聞こえ、僕は思わず目を瞑る。今朝の悪夢が蘇る。

「誕生日おめでとー」

聞き慣れた二人の声が聞こえた。遅れて先程の破裂音の正体がクラッカーであったことに気が付いたものの、腰が抜けて一人で立ち上がれない。

レンに部屋まで導かれ席についた。自分でもすっかり忘れていたが、今日は自分の誕生日だったということを思い出す。部屋の中は僕の部屋とは思えないくらい派手な装飾が施されていて驚いた。どれだけ手間をかけてくれたのだろうか。

「これ全部ハナが何日も徹夜で作ってたんだと。」

レンが僕の疑問に答えるような絶妙なタイミングで言ってきた。彼はエスパーなのかもしれない。

「お待たせ―」

キッチンからハナが大きなトマトたっぷりのピザを持って近づいて来たと思ったのも束の間、脚をとられてしまいピザが僕の方へ飛んで来た。が、僕の運動神経では避けられるはずもなく直撃。腹部がトマトで真っ赤に染まっていた。夢との中途半端な一致に笑みが溢れた。それを見たレンがゲラゲラとお腹を抱えて笑っていた。

「せっかくそろったところで悪いけど、おれちょっと用事があったの思い出したから帰るわ」

大根芝居を一本打ったレンは、僕に目配せをして二カッと笑った。まるでアメリカの映画に出てくる俳優がジョークを言う時ウィンクするみたいに。いつからバレていたんだろうか。決して表には出さないよう心掛けていたつもりだったのに。

「ちょっとー」

ハナが言うより先にレンは出て行ってしまった。

直後、僕の携帯が鳴ったので開くとレンからメッセージが届いていた。


『俺からの誕生日プレゼント受け取れ!ハッピーバースデイ(笑)』


「おせっかいなやつ。」「でも、ありがとう。」

照れ臭かったので前半の文だけ返信した。

「料理冷めたらもったいないから食べよ」

緊張から声が上ずってしまった。自分でも顔面が赤らんでくるのがよくわかる。

「そうだねっ」

ハナが目を細めてクスッと微笑んだ。心臓が鼓動が大きくなる。

本当に自分が死ぬ夢は運が向いてくる兆候なのかもしれない。朝の憂鬱な気分は嘘みたいだった。

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