なお遠く
@bansoko124
第1話 遭遇
朧気な視界に、僅かに光が差す。ゆっくりと周囲を見回すが、どこかはいまいち判然としない。手を着いて体を起こそうにも、上手く力が入らない。何度も試みるが、体が動いてくれない。
思いきって、えいっと両手に力を込めて起き上がると、今度は、頭をぶつけた。
激突の衝撃で、些か頭は痛むが、意識が鮮明になってきた。その証拠に、聴覚が戻ってきたようで、どこからともなく警報の音が聴こえる。記憶もようやっと追い付いてきた。
「オースティン、隔壁を開けて」
漸く私がそう言うと、「わかりました」と、恭しい少女の声が返ってきた。
空気圧ロックの仰々しい駆動音とともに隔壁が開き、冷凍睡眠カプセルの中に新鮮な空気が入り込んでくる。私は小さく深呼吸すると、ゆっくりと起き上がる。
「おはようございます、スミレ艦長。本日はグリニッジ標準時、西暦2218年6月3日午後9時8分です」
起き上がった私に、ハーミット艦内スピーカー越しの、オースティンの声が届く。
「ありがとう、オースティン」
そう言い終えたと同時、私はカプセルから身を乗り出して、医務室の床に、盛大に嘔吐する。
「"解凍酔い"ですね。床は掃除しておきます」
「…お願い」
冷凍睡眠の解凍直後は、だれでもこうなる。国連軍一の長期航行回数を誇る私の恩師、サバラ軍曹も、言ってたっけ、「遠慮なくぶちまけろ」と。いわゆる"解凍酔い"と呼ばれる現象だ。こればっかりは、ベテランでも新兵でも、変わらずやらかす。
吐いたお陰で気分は最悪だが、完全に覚醒した。ひとまず、凍傷防止用の保護ジェルを洗い落としたい。ジャンプスーツの上からとはいえ、頭のてっぺんから爪先まで、ラードのようなジェルがべっとりこべりついている。もちろん自慢の栗色のショートヘアーにも。
「オースティン、警報停止。それと熱々のシャワーをお願い」
私が忌々しいジェルを手櫛で払いながら言うと、オースティンの戸惑ったような声が返ってきた。
「よろしいんですか?第3種ですが…」
「こんなの一度聞きゃあ十分だよ。話は道々訊くから」
言いながら私は、カプセルから出る。まだ足はふらつくけど、立ってられないってほどでもない。
「わかりました」
オースティンの言葉と同時、騒がしいサイレンがピタリと止み、医務室内の微かな機械音がポツポツと聞こえてきた。
私はよたよたと歩きながら、オースティンに状況を確認する。
「それで、警報の詳細は?」
「当第7調査船団は、プトレマイオス作戦の為、木星軌道を目指し、出航から3年の現在、火星と木星の中間地点のアステロイドベルトを航行中です」
プトレマイオス作戦―――高名な天文学者の名前を冠したこの作戦は、簡単に言えば、"地図を作ること"を目的としていた。
数十年前まで、人類は太陽系規模で戦争をしていた。宇宙での利権問題、労働者の蜂起など、戦争の原因は様々に言えるが、結果宇宙開発に参加した多くの国家は、この戦争で、太陽系の多くの施設を失ってしまう。
そこで戦後、戦時の混乱で解散した国連を再結成し、その名の下で、宇宙開発を再開しようとした。プトレマイオス作戦は、戦前戦中に建造された、地球外の人工物の位置や、稼働状況を確認する為、宇宙に調査船団を派遣しようというものだ。
当第7調査船団も、その内の一つで、このアルカナ級調査巡洋艦ハーミットを旗艦とする、3隻の船からなる調査隊だ。
3隻といっても、ハーミット以外の2隻の駆逐艦は、基本的には無人艦となっていて、人工知能のオースティンによって管理されている。 でも、私が冷凍睡眠中のハーミットの管理もやってもらっているし、ハーミットにしたって殆んど無人艦だ。異常があれば、こうしてオースティンが起こしに来るし、正常に運航していれば、人間のクルーなんて出る幕もない。こうして私が艦長をやっているのは、アリバイのようなものだ。実際船団の指揮官にしては、私は19歳と若すぎるし(就任時だけど)、オースティンが必要なのは、私の判断だけだ。だからこうして冷凍睡眠から起こしてまで訊く。"どうすればいいか"と。
ジェルが体温を奪う。寒さに体が震える。早くシャワーを浴びなくては。医務室を出て、まっすぐシャワールームへ向かう。道順は、解凍後でもはっきりと覚えていた。
オースティンの声が、先を続ける。
「つい三時間ほど前、130kmほど先に、異常な金属反応を検知しました。プロトコルに基づき、モスキート部隊を編成し、17機を調査に向かわせましたが、帰艦したのは3機でした」
モスキートとは、船外調査用の小型無人偵察機だ。全長1m程の大きさで、40機ほど収容している。
「事故かなにか?」
私は訊きながら、それはないだろうな、と思った。この辺りの小惑星にぶつけてるぐらいなら、オースティンに宇宙船3隻も任せられない。
「帰艦したモスキートのログを確認したところ、どうやら他の14機は、撃墜されたようです」
「撃墜か…」
別に驚くことではない。稼働中の無人兵器や、停戦命令が届かない(或いは従わない)交戦部隊などが存在していることは、当然予測されていたし、だからこの船団も、幾つかの軍用機を保有している。実際人間のクルーが乗っているのは、こういう事態が起こったときの対応の為だと言っていい。
ただ異常なのは、モスキートみたいな小型の偵察機が、撃墜されていることだ。モスキートはマッハ7程で飛び回る大気圏外用の無人機で、有人機に捕捉することは困難だ。
「交戦時間は?」
「ログによれば、最初の撃墜は、帰投の十数分前でした」
益々不自然だ。音速で飛び回る小型の偵察機を、たった10分ほどで、10機以上も撃墜出来るものだろうか。可能だとすれば、相手はかなり手強い。かなりの数と質がなくては、小惑星群の中で、20機近くの偵察機を捉えることは困難だろう。
なお遠く @bansoko124
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