終章

 ここからは僕が語ろう。そう、僕だ。仮想世界ではジョバンニと呼称され、少女たちと共にいた少年だ。この物語でただ一人、少年と、そう指し示される者だ。

 理由は、つまり僕が語り手としてしゃしゃり出る理由は単純だ。この物語からすでに魔法少女たちが退場したからだ。これはあくまで彼女たちの物語だ。魔法少女のいなくなった先の未来など後日譚でしか、あるいは異譚でしかない。ただの補足で蛇足であり、語られ得る物語ではあるかもしれないが、決して語られるべきものではない。つまり語る者の自己満足でしか語られることのない物語だ。ゆえに、自己満足として、僕は語ろう。端役に過ぎない僕の晴れ舞台には、人の目がない路地裏は実にお似合いだろう。

 前置きはこの辺にしておこう。そう、路地裏だ。僕の肉体と意識が存在する場所は、すでに仮想世界ではない。現実だ。現実の、なんの変哲もない、いつも通りの通学路の、路地裏だ。目の前には変わらず、魔法少女の存在を僕に告げた獣がいる。

「よくやったぞ、カムパネルラよ。貴様を選んだオレの目に、やはり狂いはなかった」

 獣がニヤリと、いやに人間じみた仕草で口角を上げる。それの存在をどこか他人事のように眺めてから、腕時計に視線を落とす――獣が目の前に現れてから僕は神堵イノリの、幽ミコトの、そして鬼鯉サクラの半生を追体験した。その後、あちらの時間軸でおおよそ一週間を過ごした。感覚として、半年くらいの日々が僕の意識を流れた。けれど現実の時間は、記憶の中の時計盤が指し示す位置からほんの数分しか経過していない。日にちも進んでいない。あの日々が偽りのものでしかなかったことを、僕は改めてまじまじと実感する。そっと自らの唇に触れる。神堵さんの唇の柔らかい感触と温もりは、未だ僕の記憶に鮮明にこびりついている。あの感触すら偽りのものであったと思うと悲しくなってくる。正直、思考の大半は神堵さんとのキスの記憶に傾いてしまっている。心臓が耳に痛いほど高鳴り、僕の思春期のそれが反応しそうになっている。けれど、そんな場合ではないから、甘美な記憶を打ち消す。短絡的な性欲に支配されている場合ではない。僕にはまだ、やるべきことがある。

 彼女たちが各々、決意を固めたように、僕自身が為すと決めたことが。

「僕とジョバンニさんの働きは、君たちにとって満足のいくものだった?」

「如何にも。魔法少女を救うばかりでなく、仮想世界の真実まで見抜くとは驚いた。貴様たちは、オレたちが辿り着くことのできなかった真実に辿り着いた。想定を遥かに超える働きであり、実に大儀だ」

「そこまで言ってもらえると、がんばった甲斐があるってものだよ。それで、なにかご褒美はないの?」

「申してみるがいい。気づいているとは思うが、オレにも魔力がある。しかも、絶大な魔力だ。大抵の望みなら、叶えてやることができるだろう」

「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 僕はニコリと笑い、獣に向けて数歩近づく。獣は無防備に僕を見上げ、言葉を待っている。そう、無防備に。甘いな、と内心で呟かずにはいられないほどに。

「お願いはひとつだけだよ――死んでくれ」

 僕は一瞬のうちに魔力でライフル銃を生成し、獣に向けて乱射した。獣の肉体に無数の風穴が空き、亡骸が力なく倒れる。きっと、なにが起きたのかも理解できないうちに絶命しただろう。

 獣の亡骸が塵の如く消滅すると同時、辺りが暗闇に包まれる。日没から訪れる夜の暗闇ではない。紫がかった濃い煙に血の赤黒さが混じったような、一目で異質とわかる影が、辺りを覆ったのだ。どうやら僕は現実から遮断されたらしいと、仮想世界で得た非現実に対する直感から、そう理解する。

 直後、虚空から、先ほど殺したのとよく似た姿かたちの異形たちが、次から次へと現れた。僕はライフル銃を乱射し、襲い来る異形たちを穴だらけにしていく。鮮血と内臓をぶち撒きながら、獣たちは息絶えていく。実銃はおろかモデルガンすら握ったことのない僕なのに、作り出したばかりの銃を易々と使いこなしている。鉄の感触に安心感すら覚えている。なるほど、これが魔法というやつなのかと感心する。ジョバンニさんが身を以て教えてくれた通りだ。契約なんて交わさなくても、強い祈りさえあれば、魔法を使うことは誰にでもできるのだ。

 次々と現れる獣たちを屠り続け、数分か十数分経ったころ、ようやく出現が収まる。そして、闇の中にぽっかりと、白い空洞が浮かび上がり、その中からゆっくりと人の影が現れる――老婆だ。魔法少女たちを唆した、例の老婆だ。

 僕は老婆に向けて躊躇いなく引き金を引く。しかし、無数の鉄の玉は彼女へ届かない。まるで見えない壁があるかのように、老婆の目の前で銃弾がすべて跳ね返る。鉄の玉が虚しく地に転がる。

「お前が、いわゆる親玉ってやつかな?」

 僕は引き金を引く指を止め、けれど銃口は老婆へ向けたまま、問う。すると彼女はニヤリと、下卑た笑みを浮かべる。並びの悪い汚い歯と、ギョロリと丸い知性を感じさせない目玉が、僕へと向けられる。

「どうやらアンタは、こちらの正体に気づいてしまったようだねェ」

 僕の質問に老婆は答えない。だから僕もその問いを無視しても良かったのだけれど、少しの逡巡の末、答えてやることにする。今から殺す相手に、冥途の土産代わりに、告げる。

「うん、気づいてるよ。あの獣もお前もグルで、どちらも『組織』だ。お前たちの、『組織』の目的はただひとつ。仮想世界に魔法少女たちを送り込み、彼女たちに魔力を取り戻させ、再び戦地へと送り込むことだ」

 最初からおかしいとは思っていた。単なる善意から無関係の僕たちを送り込んでまで魔法少女を助けようとする者が果たして本当にいるのだろうか、と。その疑惑はジョバンニさんの示唆から、絶大な魔力を取り戻した魔法少女たちの姿から、そして獣の卑しい笑みから、確信に変わった。

 たぶん『組織』としては、絶大な戦力である魔法少女を無駄に消費したくないのだろう。魔法獣が彼女たちの手によって絶滅したわけではないと、まだ生き残りがいると、『組織』の連中はわかっていたのだ。なぜなら仮想世界があるのだから。仮想世界が現存するということは、魔法獣も生き残っているということだから。だったら、いずれまた起きるであろう闘いのときに備え、戦力を保持しておかなければならない。そのために、絶望の中にいる魔法少女たちを復活させ、再び殺し合いに身を投じさせる。それこそ、『組織』の目的なのだ。

「お前たちの思い通りにはさせない。彼女たちに二度と、魔法なんて使わせない。だから、僕はそのために――お前を殺す」

 僕は再びライフル銃を乱射する。相変わらずそれらは老婆の肉体に届かない。武器を変えた方が良さそうだと判断し、銃を捨て、強く念じ、手のひらから炎を放出する。しかしそれも弾かれる。と、老婆がゆっくりと腕を上げ、直後、彼女の指の先から悪臭を放つ濁った液体が放たれた。僕に向けてまっすぐ飛んでくるそれらは、きっと毒液だ。僕は不可視のバリアを眼前に生成してそれを弾く。が、バリアはじわりと溶かされる。老婆への攻撃を続けながら、何重にも重ねてバリアを展開していく。僕の攻撃が老婆に届く様子はない。けれど防御の手を緩めるわけにはいかない。魔法を使い慣れていない僕には、少し苦しい展開だ。焦る僕を嘲笑うかのような、老婆の哄笑が響き渡る。

「ああ、ああ、なんてワガママで短絡的で未熟なガキなんだい。惨めだ。実に惨めだよ、アンタというガキは! アタシはね、必要悪なんだよ。わかるかい? ヒ・ツ・ヨ・ウ・ア・クだ。誰かがやんないと、この世界は滅びるんだよ。魔法獣に、なすすべもなく、人類は無様に蹂躙されるんだよ。魔法少女の、無垢なガキ共が殺し合いによって生み出す絶望がなくたってね、魔法獣は絶大な力でこの世界を滅ぼすんだよ。だから、アタシが憎まれ役を買って出ているんだよ。自分本位の年若い娘が、世界のために命を落とそうなんて考えると思うかい? ムリだね。絶対的に、ムリだ。だから誰かが導いてやらなきゃならない。世界のために、人は死ななければならないと、犠牲が必要だと、殉じる者が不可欠だと、理解させてやらなければならない。善良なフリをしている衆愚はね、それを決してやりたがらないからね、だから代わりにアタシが魔法少女の手引きをしているのさ。それを、なんだい、まるでアタシが諸悪の根源であるかのように。全く。アンタほど鬱陶しいガキを、アタシは初めて見たよ!」

 一瞬でも油断したら命取りになる激しい攻撃を続けながら、老婆は続ける。僕はそれに全力で応戦しながら、答える。

「僕だって、お前ほど性根の腐った人間は他に見たことないよ。簡単な話だ。それほどの魔力を持ってるんだったら、お前が一人で魔法獣と闘えばいい。闘いの絶望から生まれる魂のない、力の劣った状態の魔法獣が相手なら、それができるはずだ。だいたい、お前はどうして魔法を使えるんだ。その年でまだ大人になりたいなんて、理由によってはお前の方がよっぽど無様だよ」

「なんだい、その態度は、言葉遣いは。年寄りを労わらないガキがアタシは大嫌いなんだよ……だが、教えてやろう。アタシはね、神になるんだよ。神堵イノリと同じで、アタシは神になりたいとずっと願っていた。今も願っている。そのために、アタシは、世界を救うんだ。世界を救った神になるんだ。救われたことによって新たに生まれる世界で、新世界で、神になるんだ。いいかい、神という存在がどれほど気高いがアンタにはわからないだろうがこの世界において神は……」

「ああ、もう、うるさい。質問した僕がバカだった、だから黙れ、腐れ外道。お前ごときの自分語りなんて聞きたくない。耳が腐る」

「な……! なんちゅうことを言うガキだい!」

「お前ごときが、神堵さんと同じ? 笑わせるな。ああ、確かにアンタは神に相応しいかもしれないな。なぜなら人の弱さを知らないから。絶望の中でもがく人の醜さを、そして美しさを、お前は知らない。お前と違って、神堵さんは絶望がどれほど惨めなものか知っている。惨めさの中でもがき、苦しみ、それでも生きようとする心の尊さを、彼女は知っている。お前が人の上に立とうとする傲慢な神なら、神堵さんは人と共に在ろうとする弱い神だ。無力な神だ。けれど僕は、神には人と共に在ってほしいと、そう願う。僕は、弱い神こそを信じる。神堵さんを、彼女を――彼女たちを、信じる」

「ええい、ワケのわからないことをゴチャゴチャと抜かすガキだね! 理想論を語って現実から目を背けようったって、そうはいかないよ。魔法少女がいなくなったら、アンタはどうやって魔法獣から世界を守ろうとするんだい?」

「僕が一人で闘い続ける。魔法獣の数が激減した今なら、定期的に仮想世界に潜り込んで穢れた魂を叩く程度で十分だ。僕の実力なら、それも可能なはずだ」

「なあに傲慢なこと言ってるんだい! 自分に酔ってるんだい! ああ、確かにアンタの魔力は相当なもんだ。このアタシとこれほど互角にやり合ってんだ、それは認めよう。アンタはきっと、一人で魔法獣を相手にできる。だけどね、その精神なんてロクに持ちはしないよ! いつかアンタは、自らの選択を後悔する。魔法獣を殺し続ける日々に嫌気が差す。その先がどうなるか、アタシには容易に予測が立てられるよ。アタシと同じ道を選んで代わりの誰かに闘わせるか、あるいは――死ぬ。魔法獣にやられ、無様に、死ぬ。それこそ、『銀河鉄道の夜』の、カムパネルラのようにね!」

「全く……お前はわかってない。本当に、わかってない。僕には、僕にだけは、それが可能なんだ。アンタと違って、自分の身で闘い続けることができるんだ」

「ふん。なにを根拠にそんなことを……」

 老婆は愚弄するように呟き――途中で、言葉を止めた。なぜなら、彼女の眼前の、虚空に亀裂が走ったから。僕の攻撃を塞ぎ続けていた不可視の障壁が砕けたのだ。新たに生成したライフルの銃弾が、砕いたのだ。バリンと音が響き、粉々に粉砕し、つまり障壁が跡形もなく消滅し――僕の放出する炎が、老婆の肉体を焼いた。

「ぎゃああああああああああっっっっっッッッッッ! 熱い、熱いィィィィィィィ!」

 先ほどまでの自信も威厳も霧消し、老婆が無様に転げまわる。僕は攻撃を止め、のたうち回る彼女を侮蔑の眼差しで見下ろす。

「クソッ、どうしてアンタのようなガキが、アタシの障壁を破ったというんだ……!」

「そんなの簡単だよ。魔力って、使用者の想いの強さで決まるんでしょ? 僕の強くなりたいと願う気持ちが、お前の心に勝った。お前のイラつく言葉が、僕を奮い立たせた。想いを強くさせた。ただそれだけだ」

「そんなことは訊いてない! アタシは、神だ。神になる女だよ。アンタみたいな願望も執念もない若造が、アタシに勝てるワケがないんだよ!」

 叫び、老婆が腕を高く掲げる。僕の肉体を爆破させる気だな、とすぐに見抜き、その腕を蹴り上げた。続けて、その両腕を魔法で氷漬けにする。見苦しく、大口を開けた叫ぶ老婆の品のない顔を見つめ、僕は嘆息する。大切なことをなにひとつ理解しないまま死んでいくこの老婆を、心から、哀れだと思う。

「いいか、よく聞け。僕は男だ。少年だ。女の子の前でカッコつけたいと意地になる、ヒーロー願望をこじらせた痛々しいガキだ。そうだよ、カッコつけたいんだ。人知れず闘うスーパーヒーローを夢見てるんだ。みっともないよ。幼稚だよ。そんなことはわかってる。だけどね――その願望を叶えるためなら命だって懸けようとする、バカなガキのなけなしのプライドを、甘く見るな! 僕は、守ると決めたものを、死んでも守り続ける!」

 こう叫ぶ僕の心は、自己陶酔に浸っているのかもしれない。彼女たちとの出会いと別れを経てもなんら成長していない世間知らずな子供の遠吠えなのかもしれない。

 だけど、僕が決断を下さなければ、彼女たちがまた涙を流すことになる。それは疑いようのない現実だ。そして、行動を起こさなければ絶対に後悔すると、それだけは断言できる。やれ、と、他でもない僕の心が叫んでいる。

 だから僕は引き金を引いた。銃口が火を噴き、老婆のこめかみから血が飛び散り、彼女は絶命した。

 この瞬間、魔法獣と魔法少女の闘いは、真の意味で終わった。


 翌日から、何事もなかったかのように僕の日常が戻ってきた。尤も、数ヶ月の非日常を味わったと僕が認識しているだけの話であって、現実ではただ単純に一日が進んだだけだ。家族も学校の友人も教師も、今までとなにも変わらない態度で僕に接し、僕も彼らに今まで通りの笑顔を向ける。当然のことだ。だって、なにも変わっていないのだから。

 変わったことは、数日に一度の割合で仮想世界へと赴くようになったことだけだ。最初は、どうやって魔法獣との闘いの場に赴けばいいのかわからなくて焦ったけれど、落ち着いて考えたら簡単なことだった。あそこは現実と異なる場所なのだから、現実以外の世界へ行く最も手軽な方法を使えばいい。つまり、夢を見ればいい。

 眠る前に仮想世界のことを強く念じると、簡単にあのグラウンドへ辿り着いた。そこで僕に襲いかかってくる魔法獣たちは、あまりに脆弱だった。ほんの数分があれば、数千の、数だけは立派な異形たちを全滅させることができた。それだけだ。僕はこれからも、敵と闘い続ける日々を送ることになる。

 本当に、僕の身に起きた変化はこの一点だけ――と言いたいところなのだけれど、特筆すべきことでは決してないけれど、あとひとつだけ、明確に、僕の日常で変化したことがある。とある一人の女性の言動が、動向が、僕を振り回すことになった。魔法少女の中でただ一人、現在の姿を目にすることができる相手。言うまでもない、神堵さんだ。

 神堵さんはあの日から一ヶ月ほど経ったころ、芸能界へ電撃復帰を果たした。その一月のあいだに僕は、彼女についてのネットニュースを読み耽った。そこに並んでいるのは枕営業とか不倫疑惑ユニット間の不仲とか事務所の軋轢とか体調不良とかネガティブな言葉ばかりで、心から辟易させられた。彼女が復帰しても以前のような人気は戻ってこないのではないかと、自分のことのように苦しくなった。が、それは杞憂だった。舞台の上に戻った彼女は、以前にも増して美しかった。美しく、可憐で、華麗で、優雅だった。僕の贔屓目もあるのだろうと思っていたけれど、世間の評判も好意的な声が大多数を占めていた。笑顔が多くなった、愛想がよくなったと、そういった感想がネットには散見された。

 けれど決定的に変わったのはそこじゃない。僕には、僕だけにはわかる。神堵さんは、共に舞台に立つ彼女の親友に、心からの笑みを向けるようになった。その光景はなにより、僕を幸福にした。そして、その笑みを目にした僕の心は、引き返せないほど彼女に支配されてしまった。僕は文字通り、神堵イノリの熱心なファンになった。流行に疎かった僕がいきなり有名アイドルのCDや写真集を収集するようになり、家族や友人は訝しがった。けれど仕方ない。神堵さんの笑顔が、唇の感触が、僕を捉えて離さないのだ。まさしく、彼女の狙い通りになってしまったわけだ。


 そして――時は流れる。あの日から三年が経過した。僕は大学生になり、平穏で、だけど充実した日々を送っている。勉強やバイトに精を出し、休日には友人と遊ぶ、どこにでもいる平凡な大学生だ。他の人と違う点といえば、世界のために人知れず、異形との闘いに身を投じていることくらいだ。

 魔法獣の断末魔を耳にしながら、時折、ふと思う。僕だけは未だ、この場所を離れられずにいる。闘っている、という意味では、それはなにも恥じることではない。けれど僕は肉体だけでなく、心も仮想世界に留まり続けてしまっているのだ。

 魔法少女たちの誰もが、今はきっと、未来へと進んでいる。絶望に満ちたあの日々を過去のものにしている。彼女たちとまた会いたいと願っているのなんて、きっと僕だけのものだろう。ひとつだけ言わせてもらうなら、幽さんと鬼鯉さんが現実で再会できていればいいなと、そう願わずにはいられない。彼女たちが友達として並んで立っているなら、それはとても素敵なことだと思う。けれどそれでも、彼女たちは未来へ進んでいくはずだ。今もトップアイドルとして走り続けている神堵さんはきっと、魔法少女だったころを思い出すヒマなんてないほどに毎日が充実している。ジョバンニさんは……よくわからない。ただ、過去の感傷に浸るような真似をしないことだけは断言できる。つまり僕だけが、彼女たちと繋がりたいと、未だに情けなく願っているのだ。

 だけど、いくら情けなくとも願うくらいは自由だろうと、僕はそう考えている。なぜならその願いは、彼女たちの幸福を祈ることと同義だから。

 君に幸あれ、と、僕は声にして呟く。僕の声帯が震え、僕自身の声が鼓膜を揺らす。現実の、彼女たちが確かに存在するこの地上の、そこを漂う空気を揺らす。その微かな振動が、僕は確かにここにいると、自らに対して証明する。そう、証明だ――これこそが僕の、僕自身がこの現実にいることの存在証明だ。

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少女に祝福を、少年に物語を 水上葵 @_aoiminakami

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