最後の5分間応募用『スタート&キャプチャ』

貴乃 翔

最初からクライマックス

 あと五分。

 このボーダーラインを越えてしまったなら、僕はもう後にも引き返せないだろう。

 だが、時間というのはそんな精神論にかまけずに刻一刻と無慈悲に、暴虐的に、絶対的に進んでしまう。これは人類がたとえどんなに進化したとしても唯一逆らうことができない法則のようにも思える。

 なに、時間を遡るタイムマシンはできたりしてしまう可能性はあるだろう。でも、時間を止めてずっとそのままにしておける技術や道具なんて開発できるわけがない。時間を遡ったとしても、どこのは着実かつ確実に未来に向かって進んでいるのだから。

 パラレルワールドも、どんな異世界も過去があり今があり未来がある。そしてそれは日に日に移り変わっていく。

 それが、ルールだ。


 ……なんて、途方の暮れるようなことを考えているうちにやはり時間は進んでいる。

 いつの間にか、残りの時間は一分、つまり六十秒を切ってしまった。

 一秒六度ずつ回る秒針をリアルタイムで眺めながら、僕はやはり時間に関係のあることを連想してしまう。


 ……思えば、平凡に平凡を重ねたなんの面白みのない人生だったような気がする。

 かと思えば、それは平和で平穏で、とても恵まれていることなのかもしれない気もするのだ。

 時間はやはりずるい。

 後悔するべき出来事を、祝福する出来事のように思えてしまう。

 逆に、素晴らしい出来事を後悔すべき出来事のように思えてしまう。

 変えてしまうのだ。認識を。記憶を。感情を。


 もしかすれば、今差し迫っている時間さえも、未来には後悔したりするのだろうか。それとも……。


 カチリカチリという時計の音がやけに耳について、思わず時計を見るともう時間はあと五秒しかなかった。


 もう引くことはできない。

 いや、もともと逃げるという選択肢は存在しないか。必ず通り過ぎる時間だ。避けることなどできはしない。


 だが、その時だけは、時間が遅い気がした。

 三秒、二秒……一秒……。


 ……ゼロ。


 ジリリリリリリリリリリリ!

 あらかじめ設定していたアラームがけたたましい音を立てる。

 その音と同時に。

 僕は行動を開始した。


 僕の左手はスマートフォンに。右手はパソコンへ。

 一瞬の迷いもなく素早い動作でそれぞれの機器へ吸い込まれていく。


 もとより操作は決まっていた。

 というか、準備は入念にしていた。


 それが終わると、僕は力尽きるように地面へ倒れ込んだ。

 よし、もうやり切った。これで僕に思い残すことはない……。


 まもなく、一緒に地面へ落ちたスマートフォンが通知音を発する。

 僕は、さっきよりも素早くそれを手に取った。


 そして。


 その画面を見て。


「よかった……」


 僕は、嬉しさのあまりに涙を零していた。

 最後の五分間は、僕に幸を届けてくれた。







 その画面には、先着数十名しか当たらない、超人気アイドルのチケットが当たったことを告げる旨が表示されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後の5分間応募用『スタート&キャプチャ』 貴乃 翔 @pk-tk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る