最終話


鼻唄を歌いながら廊下を歩きます。

足下は今にも踊り出しそうな軽いスキップをしながら、ええ、私は現在機嫌が良いのです。

目の前に現れた重厚な扉を数回ノック、返事を確認してにょきりと顔を出します。


「陛下!」

「ビビアナ。その呼び方は…止めてくれと言ったはずだが」


王宮の一室、質の良い調度品が並べられた部屋の中には、熱心に執務机に向かう金髪の彼の姿がありました。

私の姿を確認して半ば呆れ気味に笑います。


「だってお名前で呼んでいなかったから馴れないのですもの」


彼の要求をはね除け、鞄を隅に置いて執務机へと近寄りました。


「学校の帰りか。入学してひと月経ったが…どうだ?その…女だからとイジメを受けてはいないか?」

「嫌がらせなんていつもされています!この前も負けたらストリップショーの条件で魔術勝負を仕掛けられました!」

「は!?だ、大丈夫だったのか!?」


このビビアナ、先月から念願の魔術学校に入学いたしました。

そうは言ってもまだまだ世間の理解を得るのは難しく、女生徒など私ひとりだけです。

そして出る杭は打たれるものですからね。

優秀すぎる私を妬んだ粗忽者から、その小さな脳味噌で一生懸命考えた悪計を差し向けられる毎日なのです。

まあそんなことはこの私の前では些末なこと。

心配する彼に、腰に手を当てて胸を張ります。


「安心してください。負かして全員漏れなく裸に剥いてやりましたから」

「ぬ、脱がすな!全く君はそんな危ないことをして…。負けたらどうするつもりなんだ」

「あら。私がそんな弱い者イジメをするお坊ちゃん共に勝てないとお思いですか」

「そ、そういう問題じゃない!止めなさい!」

「はーい」

「全く…しっかりしているように見えて、たまにそういうことをするから目が離せないんだ…」


ぶつぶつ声を漏らす彼に微笑みを返します。

そして、机に置かれた大きな腕にそっと触れました。


「でも毎日魔術を学べて私本当に幸せなんです。未だ変な顔をされることもありますけど、本だって万年筆だって堂々と買える。貴方のお陰ですね」

「…君の実力だ」


そう優しい返答とは裏腹に、乗せた手はさっと避けられました。

さて、この不自然な動き。

彼のこれについては最近頻繁に目にするようになり、試験よりも悩んだこともありました。

が、今日はそれを解決する噂話を小耳に挟んでしまったのです。


「ねえ陛下」

「ん?」

「私、求婚されるらしいです」


座ったまま震える手で茶を飲んでいた彼が、ぶふぉりと吹き出しました。


「だっ、誰に!?」

「先の1件で兵士様方の命を助けましたでしょう?あの時に騎士団長と怒鳴り合ってまで救ってくれた女神!美女!と感動した男性は多いのですって。今は忙しいから考えられませんけど、あんな素敵な方々にそう思って頂けるとは有難いことですよね」

「そ、そうか…」


さて、そこで私、ヘルマン騎士団長から妙~な話を聞いたのです。


「いざ私に連絡しようとした男性が次々に襲われるらしいのですよ。背後から突然太い腕が視界に映り込んだと思ったら、次の瞬間には意識が無くなっているそうで。ちょっとしたホラーですね」


そしてヘルマン騎士団長は犯人が誰か分かっているような口ぶりで、どうにかしてくれと私に頼んできたのです。

あらあら、これはどういうことでしょう。


「ね、陛下」

「……」


これが私が上機嫌だった理由です。

だって最近は私ばっかり気を揉んでいて、鈍い貴方にやきもきしていると思い込んでいましたから。

気まずそうな顔をする彼に、机に身を乗り出してぐいぐいと迫ります。


「事情は把握しました。して、それはいつからですか?」

「……」

「あと3秒以内に答えてくださらないのなら、国王陛下は童貞だと触れ回ります」

「!?や、やめろ!」

「なら、ほら。いつからですか?」


にこにこ先を促します。

すると林檎よりも真っ赤になりながら、彼は私と視線を合わせないように続けました。


「その…怪我と熱にうなされる俺の手を、握っていてくれただろう。あの時だ」

「ん?それって…」


彼の怪我を看病したことなんて、私一度しか覚えがありません。


「出会った時の話じゃないですか!てっきりごく最近の話かと…!そんなに前から欲情していたのなら、なんで性交してくれなかったんですか!」

「よ、欲情と言うな!開口一番、君がそう言い出したからだぞ!てっきり…その、もっと淑やかな女性だと幻想を抱いていたのに…蓋を開けてみれば…」

「まあ!こんな貞女を捕まえて失礼ですね!」


ぷんと頬を膨らませました。

もちろん淑女と称するにはお転婆すぎる気概があることは自覚しておりますから、冗談のつもりで言った言葉です。

なのに、彼といえば苦笑しながら予想外の一言を呟きました。


「ああ。俺が間違っていた。実際の君は見た目以上に素敵な女性だったよ」


ま、ま、ま。

なにやら動悸が激しくなって参りました。

熱くなる顔を慌てて逸らして、私の方が優位に立っていた筈なのにと唇を噛みます。


「そ、そういうところだと思いますよ!」

「…?何がだ」


彼がごほんと咳払いして立ち上がりました。


「ビビアナ」


こちらを見据える群青の瞳は、今までにないほど真剣な光を抱いていて。

私の動悸もこれ以上ないぐらい激しく鳴り響きます。

ああ。

夢にも見た瞬間、夢にも見た瞬間なのです。

(けれど!)

それでも私は、今すぐにでも貴方に飛び付きたい衝動に蓋をして。


「俺は君が、」

「5年です!」


指を開いて彼の眼前に突き出します。

ぱちぱちぱちと激しく瞬きをする彼に、私は自信満々に続けました。


「魔術学校を卒業するのに3年!宮廷魔導士試験合格後の研修期間が1年、残りの1年で必ず誰もがぐうの音も出ないほどエグい実績を残してやります!」

「エグい…」

「そうすれば王のコネだとか七光りだとかくだらない陰口を叩く輩も黙るでしょう!堂々と貴方と性交できます!だからあと5年、待ってください!」

「い、いや俺は堂々と性交したいわけではな…いや…あるのか…」


その素直な物言いに、思わずくすりと笑みが溢れます。

彼も笑って、席に座り直しました。


「君が…待って欲しいと言うなんて、まるであの時と逆だな。分かった。いつまででも待つよ」


また嬉しいことを言ってくれますね。

私と言えば上がってしまいそうな口元を抑えて、彼に背中を向けて鞄を持ちます。


「そうですね。でもあの時とは違いますよ。安心してください。私それまで必ず、この貞操を守り抜いてみせますから」


ここで今までの復讐をしてやりましょう。

貴方の一挙一動にこれでもかと言うほど恋に落とされましたから、私は悔しくてたまらないのです。

扉に手をかけて、そっと人差し指を口元に当てて、彼を振り返ります。


「他の誰でもなくって、クラウディオ。貴方だけと性交したいんです。私」


一瞬彼の呆けた顔を確認して、すぐに扉を閉めます。

廊下に出ると重厚な扉の向こうから、ドババと何かが崩れていく音がしました。

私と言えばしてやったりとほくそ笑みつつも、同時に熱くなっていく顔を誤魔化すためにわざと声を出してその場から歩き出します。


「そうと決まればいつまでもタマゴでいるわけには参りません!1日も早く一人前の魔術師にならなければ!」


さてさて。

前にも申し上げた通り、これは私の夢が叶うまでのお話です。

あの殿方と無事に性交できるのか、行く末はこの夢の先に、必ず。

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魔女のタマゴは性交したい エノコモモ @enoko0303

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