ノンフィクションライター

朝百合

初投稿です。


 7月24日、大安。

 とある家の二階の一室。水色のカーテンの外は真っ暗でも、その部屋の明かりは消えていない。六畳間の片隅、白い百合の鉢が飾られた窓枠の下に木でできた学習机があり、そこに座る一人の少年が赤色の小さなパソコンに向かってぐぬぬと声を漏らす。その白い画面には黒い文字が羅列し、比喩や言霊が飛び交っていた。


 彼は小学生の頃から本を読むのが好きだった。現代の小説から古典文学まで様々な本を渡り歩き、そしていつの間にか自分でも小説を書くようになった。しかし、新人賞なんかに出す勇気はなかなか出るものではない。そこでこの夏、敷居が低そうなネット小説を初めて自分の作品を晒す舞台に選んだのだ。


 部屋の時計をふと見るてみる。時計の針はもうすぐ頂点で重なりそうだ。時刻は23時55分頃。


「あと5分しかない!!」


 急がなくちゃ、生まれて初めて投稿する小説だし大安の日に投稿したいとずっと頑張ってきたじゃないか、そう言い聞かせ一心不乱にキーボードを打つ。原稿用紙に連ねた短編の打ち込み作業を始めたのはだいぶ前だったが、結構手間取ってしまっていた。だが、ついに最後の句点を打って、椅子にもたれかかりはぅぅと息を吐いた。


「できた……」


 それは、小説家を夢見る少年の物語。今日大安のために二週間前に書き下ろし、何度も直し続けたものだ。それは、ゴミ箱の中の、幾つかの真っ黒に書き込まれた原稿用紙が物語っている。

 時計を見る。やばいもう今日終わるじゃん!!時間がない!!カーソルを青い『公開』ボタンに合わせる。だが緊張のせいか、その最後の左クリックがなかなか押せない。


 どうしよ全身の脈が波打ってる。こういう時はあれだ、なんとかって掌に三回書いて……なんて書くんだっけ?って違う!!おちつけもちつけ、大丈夫だ、これから投稿するの自分の今までの書き溜めの中でも上から五番目くらいの出来だった。ペンネームだってめっちゃ考えた、結局部屋に飾ってた花の名前からとったけど。ほら、ゴミ箱から溢れる原稿用紙たちが自分を見てる……あぁ後で片付けないと。とにかく、大丈夫!!何をためらっているのだ!!


「いけぇっ!!」


 かちっ……

 震える右手の人差し指になけなしの勇気を振り絞り、時間ギリギリに力を入れた。




 投稿形式を選択して下さい

・今すぐ公開

・投稿日時を指定して公開




「……あっ」

 

 それはネット小説特有の隠し罠。

 無情にも時計の針は重なり日付は一つ進む。針がかっ、かっ、かっ……と音を立てているのがさっきより無駄に響いている気がした。

 しばし固まっていたが、数分してパソコンとともに再起動する。そっと日めくりカレンダーを破ると赤口。何度見ても赤口。大安さようなら。どうしよう、次の大安は6日後だ。少し考えた末、彼はぐぬぬと呻きながら『今すぐ公開』を選ぶ。


「あああぁぁ……」


 ベッドに倒れこむ。あぁ、どうしてこうなるの。なんかしっくりこない……







 ……不本意ながらこれが『朝百合』初投稿の顛末です。

 こんにちは、朝百合です。初投稿です。よろしくお願いします。


 

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ノンフィクションライター 朝百合 @asayuli

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