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至高数学天という空想をいつもふんわり思い浮かべて生きていた。そこでは整数が、虚数が舞い散りながら、全てが同時であり計算され続けている、それは思考の世界、そんな空想に耽っていた。
数学の途を真っ直ぐに追ってゆけば、至高数学天なる場所にいつか辿り着けるかも知れないとお思っていた。中学生の頃だ。夢みがちだったのだ。
私は、そこへゆきたかった。志せば届くものがある、そう信じていた。
しかし挫折は早くに訪れる。真摯に取り組んでいたつもりだったけれど、ただ、私は足りなかった。高校時代、数学の教諭に面白かった数学の問題を見せにゆくと、彼は「──このグラフを仮に発散させるとしたら問題の条件は……いや、逆にゼロを代入した場合の方が……」と、私の知らない世界に去っていってしまう。淋しい。私にはついてゆけない世界へ、行ってしまわないで。私を置いて行かないで。
その教師は、国立大学の理学部で学士と修士を修めたあと、私が通っていた高校の教師になった。
「センスが無かったから」
そう、先生は云った。
通っていた塾の講師は元々オランダで数学の研究をしていたがそして帰国して……一塾講師となった。
彼らは間違いなく非凡な才を持っていた。
ただ、その未知なる途は本当に永いのだ。ピュタゴラスもアルキメデスもガリレオガリレイも。ニュートンもライプニッツも、フェルマーも、数学の最終的な結論には達していない。
最終的な結論?
届かない。手が届かない。私の手は何にも届かない。
絶望で失神出来たら良いのに。
もな美は研究室から窓の外を見ていた。
樹木の枝に数学的規則性を見出そうとしていたような気がするが眩暈だけが襲う。
秋は淋しい。
「秋の日の、ヴィオロンの、溜息の、ひたぶるに、身にしみて、うら悲し」
呟く。
こんな詩語に脳細胞を使っているのだな、と思った。
何処迄行ってもこの先も世界。それを知ったときに思い知るものは何か? それは、挫折だ。目的地は見えない。見えないからこそ進むのだと思う覇気もあるだろう。けれども数学にさわってみれば判るのだ。限りが無いと云うこと。誰も最終的な答えになど辿り着くことはない││生きているうちに。何処かで、自分はこのポイントに到達したのだと、道標を遺して最期が来る。
この一生は儚く終わるのだと、生き始めた最初から知っている。歩き始めた途端にサインを求められる死亡承諾書││それとも契約書……?
私のように夢みがちな至高数学天を、誰かも一瞬想っただろうか? 果てが無いと真っ先に自ら証明式を示した途を歩んでゆく数学の未知。
遙かな途の、それはそれは最初で挫折した私も、大きな構成のなかの僅かな一瞬だったのだ。それは、私も単なる大きな時間のなかの生物の流れのひとつだということによく似ているのだ。
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