「素数に恋して」

泉由良

β



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 絶望する都度に失神してしまいたい。

 思えば彼女のそんな呟きをもっときちんと汲んでやれば良かったのだ。でも彼女はそのあと苦くわらっていつも続けた。

 まだ失神出来るほどには絶望していないんだね。

 それを正へのモチヴェーションの露顕だと私は信じ込んでいた。薄ら馬鹿のように。彼女は失神出来ないほどに絶望していたし、失神しない自分にも絶望していた。



 神経衰弱ってわかる、

 トランプゲームの?

 どうだろう。



 至高の世界。

 彼女は不可思議なその天国を信じているらしかった。ノートの隅の走り書きのそれを、学部生だった頃講義で写し落とした図を見せて貰ったとき目にしたのだ。


 至高数学への道はある。


「至高数学への道はある?」

 彼女は私の目線に気付いて、苦笑した。

「詩が好きなのよ」

「至高数学って?」

「そのままの意味よ」

「詩を読むんだ」

「そう。誇れないよね」

「そうかな」

「あなたには誇れないわ」

 そう云えば、彼女のノートやファイルの束の上には、いつもカヴァを掛けた文庫本があった。

「誰に誇れることも、何ひとつしていない」

 もな美は窓の外を向いて呟く。

「そういうこと普通云わないよね」

「何処の普通?」

「日本人って、誇るってそう頻繁には使わないよね」

 私は云い直した。

「でも何かを持っているから、みんな居られるんだわ」

 遠い瞳でもな美は云った。いられるんだわ、とは、存在することが出来るのだ、という意味だと摑むのに少し時間が掛かったし、そんな発想はあまりしたことが無い。

「生きていれば、居られるでしょう?」

「そういう奴もたまにはいるね」

「たまにじゃないよ」

「そうかもね」

 彼女は眉間に皺を寄せ、一瞬ぎゅっと目を瞑った。

「絶望で失神出来たら良いのに」




 



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