ログティアの役割 2
一方、ゴーレム泥棒こと、リゾットとパニーニは後悔していた。
リゾットとパニーニは辺りを白い霧に覆われた遺跡で、目を赤く爛々と光らせたストーンゴーレムを前に、ガタガタと体を震わせていた。
彼女達はゴーレムを手に入れるためにここへ来た。
ここのゴーレムならば、簡単に自分達の物に出来ると思っていたのだ。安全だと、動かないと、そう言われているここのゴーレムならば、簡単に自分達の言う事を聞かせられると思ったのだ。
だが、その結果は、これである。二人は肩を寄せあって震えていた。
「ど、どうしよう、リゾット……」
「どうしようって言ったって……」
リゾットたちが正体を現した時、遺跡にいたゴーレムの二体は、彼らと一緒にここへやって来た冒険者のストレイとウッドゴーレムを追いかけて行った。その行動は恐らく、リゾットとパニーニを守るためにゴーレムを引き離したのだろう。
ストレイは目を吊り上げて「てめぇら、後で覚えてろ!」と怒鳴っていたのを思い出し、リゾットとパニーニは別の意味で体をぶるりと震わせた。
そんな二人に向かって、遺跡を揺らすような重い音を立てながら、ストーンゴーレムが近づいてくる。
白い霧の中を歩くその巨体は、惑う事すらせずに真っ直ぐにリゾートパニーニを目がけて進んでいた。
リゾットとパニーニも、二人なりにストーンゴーレムを止めようと攻撃はした。そのためストーンゴーレムの体は所々が砕け、傷がついている。
だが、ストーンゴーレムと言えば、その名の通り石材で出来たゴーレムだ。その体はとにかく頑強である。
下手に直接攻撃をすれば、武器の方が先に駄目になる。リゾット達の足元には、二人の持ち物だったであろう折れた剣が落ちていた。
「だ、誰か……!!」
助けを求めるように、リゾット達は震える声で叫ぶ。
その瞬間、ヒュン、と風を切るような音と共に、金属のようなものがストーンゴーレムにぶつかる音が聞こえた。
――――矢だった。
白雲の遺跡に到着をした時、セイルは我が目を疑った。あの長閑で穏やかなこの遺跡が、白い霧に覆われているのだ。
この霧が何であるかは、この世界に生きる者ならば誰でも知っている。
これはログの霧だ。この遺跡のどこかにログの溜まりが発生し、その場のログが霧散し始めているのだ。
絶対的な忘却の先駆けの象徴。つまり、この遺跡のログが消滅しかかっているのである。
セイルは『まずい』と思いながらセイルは杖を軽く掲げた。
「“ログティア”セイル・ヴェルスより、我がパーティへ。――――ログの祝福を」
セイルがそう言うと、杖の先端からキラキラと銀色の光が現れ、セイルとハイネルの頭上で弾ける。
弾けた光はそのまま二人に降り注ぎ、すうと体の中に吸い込まれて行った。
これはログティアが行使するログ魔法の中の一つ、ログの祝福と言うものだ。
ログが霧散した場所へ入るにあたって、自分達がそれに取り込まれないようにする為のお守り、と考えて貰えば分かりやすいだろうか。
ログの祝福もなくこういった場所へ入れば、やがて自身もそれに巻き込まれ、自身のログを霧散させてしまう。
霧散させてしまった先にあるのは、死だ。自分が誰なのか、どうしてここにいるのか、何をしようとしていたのか。やがて、自分が生きているという事も忘れ、死ぬ。体すら残らず、跡形もなく消える。
人も、動物も、植物も、無機物も同様だ。ログを霧散させたものに平等に訪れる忘却の死。
それを防ぐ為の手段が、このログの祝福なのだ。
「このくらいの濃さなら、まだ大丈夫です。ですが、早めにストレイとゴーちゃんを探しましょう」
「そうですね。どこで発生したのか分かりませんが、注意して進みましょう」
セイルの言葉にハイネルは頷くとクロスボウを手に持つと走り出した。
そんなハイネルにセイルも続く。
「ストレイ! どこです!」
「ゴーちゃん、いますか!」
ストレイとウッドゴーレムの名を呼びながら二人は遺跡を進む。
遺跡はセイル達が訪れた時よりも目に見えて崩れ、瓦礫が落ち、石柱や壁の亀裂も増えている。
刃物で切り付けたような跡も残っている事から、恐らくここでストレイが戦っていたのだろう。
切り落とされたのか、途中にはストーンゴーレムの腕のようなものも落ちていた。
「ストレイでしょうか」
「そうでしょう。さすが戦う賢者さんです」
セイルの言葉にストレイは小さく笑って頷いた。
ストーンゴーレムに対抗しているという事が分かって少しだけ安心したのだろう。
足に力を込めて二人は走る。
そうして、セイル達が最初にウッドゴーレムと遭遇した回廊まで差し掛かった時だ。
「ハイネル、あそこ!」
セイルが何かを見つけたようで、回廊のある崖の下を指さした。
崖の下、中央に流れる川、そしてその近くに立つ大きな木。
その奥に、二対のストーンゴーレムに一方的に攻撃を受けているウッドゴーレム――――ゴーちゃんが蹲っていた。
セイルとハイネルは目を見張る。ウッドゴーレムは何かを守るように体を屈めていた。
じっと目を凝らして見れば、その腕の中に見覚えのある茶色の布が見えた。
「ストレイ!?」
そう、ストレイのコートだ。
それを見て、セイルとハイネルはサッと青ざめた。
「制御盤は!?」
二人が顔を上げて制御盤の方を向くと同時に、その方向から悲鳴が聞こえた。
「ひいいい!」
剥き出しになった制御盤の前で、半泣きになって後ずさるリゾットとパニーニが見える。
彼女達の前には、目を赤く爛々と光らせた一体のストーンゴーレムが立っていた。
ストーンゴーレムは回廊を揺らしながら二人に手を伸ばし、今にも襲い掛かりそうな程に近づいている。
「何て場所で……」
ハイネルが眉間にシワを寄せてこめかみを押さえた。あんな場所で暴れられれば、制御盤ごと駄目になる。最悪だ、とセイルも思った。
「セイル」
ハイネルは何か考えるように目を細め、クロスボウを構えた。
「はい」
「一度僕達の方に注意を引き寄せましょう」
「回廊を逃げて引き離しますか?」
「いえ、セイル。ログ魔法で、あのゴーレムを転ばせる事はできますか?」
ハイネルの提案に、セイルはゴーレムとその周囲をぐるりと見回す。
そして位置などを確認したあと、頷いた。
「…………行け、ると思います」
「では、お願いします」
「はい」
ハイネルの言葉にそう答えると、セイルは水音の杖を握りしめた。
ハイネルはそれを確認すると、構えたクロスボウの狙いを定め、
――――撃つ!
クロスボウから放たれた矢がヒュンと風を切り、まっすぐにストーンゴーレムに向かう。そしてガツンッと金属の音を立ててゴーレムの背中に突き刺さった。
だが、やはり浅い。
セイル達に気付いたリゾットとパニーニが喜色ばんで顔を上げた。
「助かった!」
「助かったではありません!」
そう怒鳴るハイネルの方角へ、ストーンゴーレムがゆっくりと向きを変える。
今度はセイルが構えた杖の底で石の床を叩いた。ポーン、とピアノの鍵盤を弾いたような音の波が辺りに広がる。
ハイネルはその音の波を感じながら、再度クロスボウに矢を装填し、ストーンゴーレムに向けて撃った。
ヒュンと飛んだ矢はストーンゴーレムに刺さるも、大してダメージは与えられない。その攻撃など物ともせずに、ストーンゴーレムは二人の方へと向かってくる。
「セイル」
ゆっくり、ゆっくりと近づいてくるストーンゴーレムの動きを導くように、ハイネルは矢を撃つ。
タイミングを見計らいながら、セイルは杖の先をストーンゴーレムに向けた。
「行きます」
セイルが息を吸って集中すると、セイルの中からふわりと金色の砂のような光が現れ、杖の先に向かって集まり始める。
リゾットとパニーニは目を張るのが遠目で見えた。
「“ログティア”セイル・ヴェルスより、ストーンゴーレムへ。ログの名は“亀裂”――――ひび割れ、広がり、足場を砕け!」
セイルが言葉を言い終えると、金色の砂がストーンゴーレムの足元に向かって飛び、弾ける。
その瞬間、ストーンゴーレムの下の石の床にピシリと大きな亀裂が走った。
ストーンゴーレムは止まらず、そのまま亀裂の上に足を下ろす。
ピシリ。
すると、ストーンゴーレムの重さで亀裂は一気に広がり、音を立てて穴が空いた。
「よし!」
セイルとハイネルはじっとその穴を見つめる。
亀裂にはまったストーンゴーレムの足が、ガクリとバランスを崩す。
そうして、大きな音を立てて倒れ込んだ。
「やった!」
セイルとハイネルがパンとお互いの手を鳴らす。
今の内だと、セイルとハイネルはじたばたと腕を動かしているストーンゴーレムの上を跳び越えて、二人はリゾットとパニーニの所へと走った。
リゾットとパニーニは両手を合わせ、拝むようにセイルとハイネルを見上げる。
「ありがとう、ありがとうござ」
「あなた達、一体何をしたんですか!」
ハイネルが怒鳴りつけると二人はびくっと肩を震わせた。
「せ、制御盤をいじったら、その……」
パニーニが言い難そうに、そろりと背後に視線を向ける。
そこにあるのはゴーレムの制御盤だ。制御盤からはすでにストレイがかぶせた布は取り払われている。
だが以前と違って、制御盤の魔石は紫色の異様な光を放っていた。
「何故そんな事を!」
「バレたら仕方がない! あたし達は今王都で噂の」
「黙れ」
「ハイ」
余計な事を言おうとしたリゾット達を、ハイネルがジロリと睨む。
その間に、セイルは制御盤へと近づいて覗き込んだ。
「制御盤と言うか……これ、魔石が以前と違いますね」
「魔石が? あなた達、魔石を入れ替えたのですか?」
ハイネルは目を瞬くと、リゾット達に聞く。
リゾット達は当たり前の事を聞かれたように首を傾げた。
「ゴーレムを自分の物にするには、魔石を入れ替えるのが手っ取り早いでしょう?」
「……まさか、適当に用意した魔石を入れたのですか?」
「え?」
きょとんとした顔のリゾットとパニーニに、ハイネルがこめかみを押さえる。そして苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「暴走するわけだ……!」
ストレイが言っていたように、ゴーレムにはゴーレムごとに固有信号がある。
固有信号とは、魔力のリズムのようなものである。
魔石から放たれる魔力は制御盤を介してゴーレムへと供給される。
ゴーレムを動かす為には魔石にゴーレムの動作に関する諸々を制御盤と合わせて古代語で刻む必要があるが、それ以外にもう一つ、魔力を供給するゴーレムを古代語で予め指定しておく必要がある。
魔石から命令文を伴った魔力を、特定のゴーレムへ送るために、それぞれに対応する一定のリズムをつけて放出する事。
そのリズムこそが固有信号であり、制御盤はその補助にあたる。
魔力を受ける側のゴーレムにも魔力を蓄積する為の『核』と呼ばれるものがあり、固有信号にのみ反応するように出来ている。
――本来ならば。
「それで、何と書いたのです?」
「こ、この遺跡のゴーレムを全てって……」
パニーニの言葉にハイネルはくらりと目眩がした。省略し過ぎではないかと、頭が痛くなった。
つまりリゾットとパニーニは、元々はめられていた魔石を外し、手順を省略して『全て』と刻んだ魔石を制御盤にはめた。それによって魔石と制御盤の間に動作のズレが生じたのだ。
だが、それだけならば、本来ならばそこで止まるはずだった。にも関わらず、ゴーレムは動き出してしまっている。
この制御盤の異様な光の具合を見ると、新しくはめた魔石にはたっぷりと魔力が込められていたのだろう。
元々遺跡にあるゴーレムの制御盤は古く、はめられていた魔石の魔力も減ってしまっている。
長期間魔力のない状態だったところへ、一気に魔力が流れた事で負荷が掛かり、本来ならば飛ぶはずのなかった固有信号にゴーサインが出てしまったのだ。
制御盤はもともと固有信号を送る際の補助の役割も持っている。制御盤を通した事で、中途半端に似通ってしまった固有信号を、ゴーレム側の核が受け入れ誤作動を起こしているのだ。
「……ますいですね、魔石からゴーレムに十分に魔力が飛んでいる。元の魔石と入れ替えて、ゴーレムの核にある魔力と命令文をを上書きしないと、ゴーレムが止まらない!」
制御盤からは時折ミシ、ミシ、と嫌な音が聞こえてくる。
急に与えられた魔力に制御盤が耐え切れず、壊れかけているのだ。
セイルはリゾットとパニーニに詰め寄る。
「元の魔石はどこですか!?」
「そ、その辺りに捨てました……」
セイルとハイネルは弾かれたように振り返ると、手を地面につけて魔石を探し始める。
その奥では、倒れたストーンゴーレムも起き上がろうと腕を動かしているのが見えた。
リゾットとパニーニはそれを見てガチガチと奥歯を鳴らす。
「に、逃げ……」
「お前達も探せ!」
「ひゃい!」
逃げようとした所をハイネルに怒鳴られ、びくっと飛び上がると、リゾットとパニーニも同じように地面に張り付き魔石を探し始める。
探しながら、セイルは魔石のログを辿ろうともしたものの、ログの霧に邪魔されて上手く行かない。
悔しげに目を細めたその先の崖の下では、ストーンゴーレムに一方的に攻撃を受けているウッドゴーレムの姿が見えた。
(ストレイ、ゴーちゃん……!)
じりじりと焦る気持ちを押さえながら、セイル達は必死に魔石を探す。
「――――あっ!」
不意にパニーニが声を上げた。
顔を向けると、パニーニがストーンゴーレムが倒れている場所を指さして、口をパクパクさせている。
パニーニの指の先にあるのは回廊の縁。川を見下ろす崖の上。
ストーンゴーレムから逸れたその直ぐ隣の、崖に生えた草と土の間に青色の魔石が引っ掛かっているのが見えた。
「あった!」
ハイネルはクロスボウを投げ捨てて駆け出す。
だが同時にストーンゴーレムも、その巨体をゆっくりと起き上がらせている。
その振動でガタガタと地面が揺れ、引っかかった魔石がカタカタと動く。
(落ちるな、落ちるなよ……!)
だが、そんなハイネルの願いもむなしく、その振動で引っかかりから魔石は外れ、崖から滑り落ち始める。
「ッ!」
ハイネルは迷わずに、その魔石に向かって手を伸ばし、回廊を強く蹴った。
「ハイネル!」
セイルは咄嗟に杖の底で地面を強く叩いた。
ポーン、と音の波が広がり、セイルの前に金色の光の砂が現れ始まる。
「“ログティア”セイル・ヴェルスより、ハイネル・ギュンターへ。ログの名は“遺跡の蔦”――――繋ぎ、巻き付け、引き上げよ!」
焦ったように早口でそう言うと、セイルは杖の先をハイネルに向けた。
するとセイルの杖に触れた光の砂が蔦へと変化する。
蔦は杖に巻きつくと、ハイネルに向かって勢いよく伸び、ハイネルの足に絡み付いた。
その瞬間、ハイネルは落ちて行く魔石を掴む。
「手伝って!」
杖を地面に突き立てて両手で支えると、セイルはリゾットとパニーニに叫ぶ。
リゾットとパニーニは慌てて駆け寄ると蔦を両手で握り、足に力を入れて踏ん張った。
「セイル!」
ぐらぐらと逆さ吊の状態でハイネルはセイルの名を呼ぶと、蔦を利用して体を揺らし、力いっぱい空に向かって魔石を放り投げた。
空高く魔石が飛ぶ。
セイルは蔦をリゾットとパニーニに任せると、ジャンプしてそれをキャッチする。
「はい!」
セイルの後ろではストーンゴーレムが起き上がり、その赤い目でセイルとリゾット、パニーニ達を捉え、狙いを定めて動き始める。
リゾットとパニーニは青ざめながらも必死で蔦を握ってハイネルを引っ張り上げようと奮闘している。
セイルはそれを横目で見ながら魔石を持って制御盤へと走る。
制御盤は相変わらず異様な光を放っていた。
その中央、光の元凶である魔石にセイルが手を伸ばす。
だが触れた瞬間、バチッとその魔力に弾かれた。
「ッこの!」
弾かれた皮膚には火傷のような痕が出来ている。
痛みに顔をしかめながらもセイルは魔石に手を伸ばした。
バチバチと火花のようなものがセイルの手に走る。
焼けるような痛みに目を細めながら、セイルは歯を食いしばって魔石に触れると、力づくで引き抜いた。
「お願い……!」
そして祈るように元の魔石をはめる。その一瞬、魔石が強く光を放った。
「ひいいい!」
悲鳴が聞こえて振り向くと、ちょうどストーンゴーレムがリゾットとパニーニに手を伸ばしている所だった。
それでも蔦を投げ出して逃げなかったのは、彼らにも多少なりとも罪悪感や責任感があったからだろうか。
そのストーンゴーレムの手が彼女達に触れるか、触れないかと言った時、すうと制御盤の光が収まる。
ストーンゴーレムの目の光も消え、伸ばしていた手も止まると、やがて完全に動かなくなった。
「は……え?」
リゾットとパニーニは泣きべそをかきながらストーンゴーレムを見上げる。
セイルがウッドゴーレムの方を見下ろすと、そちらにいた二体のストーンゴーレムも動きを止めていた。
ほっとしたように息を吐き、セイルはリゾット達の所へ行って、力を合わせてハイネルを引っ張り上げる。
「ナイス」
引っ張り上げられたハイネルは疲れたように笑うと、拳を作って軽く上げる。
セイルも同じように拳を作ると、カツンと軽く当てた。
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