ログティアの役割 1


 セイルとハイネルが『飼い猫の捜査依頼』を終えて、冒険者ギルドへ報告に向かったのは、依頼を受けた翌日の事だった。

 初心者向けの依頼ではあったが、実の所、かなり大変で。

 セイルもハイネルも、あちこち引っかき傷だらけになっていた。 

 冒険者ギルドの職員であるアティカは、二人のその様を見て、目を丸くして驚いている。


「二人とも、だ、大丈夫?」

「ええ、はい、割と」


 心配するアティカに、セイルとハイネルは神妙な顔で頷いた。

 大丈夫かと言えば、とても痛い。引っかき傷から出た血はすでに止まっているが、見た目からも痛そうだ。

 二人はそれぞれ、負った傷に手を振れると、顔をしかめる。

 

「仔猫が……まさか仲間を呼ぶとは思いませんでした……」


 そしてハイネルが重々しく話を続けた。

 前述の通り、この傷は『飼い猫の捜索依頼』の過程で負ったものである。


 依頼内容自体は、一匹の仔猫を探す、というごくごくシンプルなものであった。

 探している仔猫の容姿は白色の綺麗な毛並をしている、と話を聞いていた二人は、目標自体は割と直ぐに発見する事は出来た。


――――のだが。

 

 捕まえる事は簡単にはいかなかった。

 まず仔猫がいたのは路地裏だった。どうやら飼い主とはぐれて迷い込んでしまい、戻れなくなってしまったようで、二人が発見した時には仔猫はみいみいと心細そうに泣いていた。

 その可愛らしい容姿に、儚げな鳴き声に、セイルとハイネルは矢で胸を射抜かれるような衝撃を感じたものだ。

 だが。

 だが、それを感じたのは彼女達だけではなかった。

 そう、ライゼンデ町に住む野良猫達である。

 仔猫の鳴き声に庇護欲を掻き立てられたのか、セイルとハイネルが仔猫を保護しようと近づくと、ザッと二人を取り囲むように野良猫達がぞろぞろと集まり始めたのだ。


 あれは敵を見る目だった。可愛い我が子を不審者から守ろうとする目だった。

 爛々と目を光らせ、臨戦態勢の野良猫達。

 そんな野良猫達に囲まれたセイルとハイネルがどうなったか――と言えば、ご覧のとおりである。

 体中に引っかき傷を作りながらも、セイルとハイネルは何とか仔猫を確保したのだった。


「野良猫は実に強敵でした。可愛いは正義ですが、その正義は何も僕達人間の中にだけあるものではない、と理解しました」

「可愛いは正義。それは種族を越えた平等たる感情でしたね」

「可愛かったのね」


 可愛い、という部分をしっかりと強調しながら語る二人に、アティカはくすくすと笑った。

 セイルはそんなアティカに、依頼主から貰った依頼完了のサインが書かれた依頼書を提出する。

 アティカはそれを受け取り内容を確認すると、金庫から報酬を出してカウンターへと置いた。


「ありがとう、これが今回の依頼の報酬よ」

「ありがたく」


 セイルとハイネルが嬉しそうにそれを受け取る。

 アイザックに言われたように、しっかりと中身を確認すると、大事そうに鞄へとしまった。

 そんな二人の二つ隣の受付では、アルギラ達が先日のナインテールの依頼を完了させたようで、得意げな顔でカウンターに鱗を置いているのが見えた。

 だがその頬にはしっかりと、魚の尾ヒレの跡が残っている。

 苦戦はしたのだろうが、アルギラ達の顔にはやりきった満足感があふれていた。

 やれば出来るじゃないか。アルギラの相手をしているギルド職員からはそんな心の声が聞こえてきそうだった。

 相手をしていたギルド職員は、アルギラ達の自慢話を聞いて苦笑しながらも、どこか微笑ましい物を見るような目をしている。

 手が掛かる子ほど可愛い、というアレだろう。


「セイル? ニマニマしてどうしました?」

「え? ニマニマしていましたか?」


 ハイネルにそう言われて、セイルは思わず自分の頬に両手をあてる。

 どうやらセイル自身もギルド職員と同じような事を感じていたようだ。

 セイルは苦笑しながら「何でもないですよ」と首を振りつつ、次の依頼についてハイネルと話そうと口を開く。


――――その時だ。


 バンッ! と音を立てて冒険者ギルドの扉が開き、一人の冒険者がギルドの中に勢いよく飛び込んで来た。


「アイザックさん、大変だ!」


 冒険者の顔は青ざめている。

 何か良からぬ事があったのは、その様子を見れば新人のセイル達にも分かった。


「何だ、どうした?」

「ストーンゴーレムがライゼンデに向かってる!」

「何だと!?」


 冒険者の言葉に、アイザックはガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。

 冒険者達の間にもざわざわとした剣呑な雰囲気が広がり出す。


「ストーンゴーレム?」


 セイルとハイネルは彼らとは別の意味で思わず顔を見合わせた。

 二人の頭に浮かんだのは、白雲の遺跡に並んでいたあのゴーレム達だ。


「詳しく話してくれ」

「採取依頼の帰りに見たんだ。白雲の遺跡の方から、赤い目のストーンゴーレムが歩いていた。真っ直ぐに町の方を目指していたから、多分ここに来る」

「数は?」

「五、六体」


 全力で走ってきたのだろう、冒険者はぜいぜいと肩で息をしながら、必死の形相でアイザックに話をしている。

 アイザックは冒険者から話を聞くと「助かった、休んでくれ」と労わった。

 そうして険しい顔をしてギルド職員達の振り返る。


「町の連中の非難を優先、避難場所はA地点だ。それと、町にいる冒険者を全員、ギルドに集めろ」

「はい!」


 アイザックが指示を出すと、ギルド職員達はばたばたと走り出した。

 その言葉に冒険者ギルドの中にいた冒険者達も、彼らに協力するように動き出す。


「今まで魔力の供給がなく動けなかったゴーレムが動いたとすると、誰かが制御盤を弄ったか、それとも……」

「ご、ゴーレム!?」


 ハイネルがそう呟いていると、ふいに隣の方から悲鳴のような声が聞こえた。

 アルギラだ。その声に思わず振り返ると、アルギラの顔は恐らく遠くから見ても分かるくらいに青ざめている。


「ど、どういう事だ!? 安全じゃないのか!?」


 アルギラは大きく目を見張りながらギルド職員に食って掛かる。

 怒っているというよりは、焦っているという方が近い。

 ギルド職員はアルギラを宥めるように手を伸ばし、彼の肩に置いた。


「落ち着け、大丈夫だ。今ならベテラン勢も多く残っている。落ち着いて対処すれば何とか」

「だって、あいつら、動かないんだろう!? 壊れているんだろう!? 動いている奴以外のスイッチを押したって何もないって、あいつら言って――――」


 パニックになったアルギラの言葉に、一瞬ギルド内の空気が固まる。 

 今、こいつは何と言った?


「――――何?」


 アイザックの低い声に、アルギラは「しまった」と言わんばかりに両手で口を塞だ。

 だが、もう遅い。彼の仲間達もアルギラと同様に青ざめ、向けられた視線にガタガタと震えている。


「おい、お前ら、それはどういう……」

「どういう事です? あなた、誰に何を言ったのですか?」


 アイザックよりも早く、ハイネルがアルギラに詰め寄った。

 ハイネルは普段の穏やかな姿からは想像もつかない程に、怒りの形相を浮かべている。


「ぼ、僕のせいじゃない! あいつらが……」

「誰に何を言ったのかと、僕は聞いているのです!」


 ハイネルがアルギラの胸倉を掴み、唾が飛ぶ程に顔を近づけて怒鳴る。


(――いけない!)


 ハッとしたセイルは慌てて駆け寄ると、ハイネルの腕を掴んで止めた。


「ハイネル、落ち着いて下さい!」


 だがハイネルは止まらない。その剣幕に、アルギラは首を振って叫ぶように答える。


「お、王都から来たと言った男と女の二人組だ! ゴーレムに興味があるとかで、それで」

「スイッチの事まで話したのですか!? 話すなと言われていたでしょう!?」

「家族のために必要だって言われたんだよ! つい、でも、だから、僕は!」


 ハイネルは音が聞こえるくらいに強く歯を食いしばると、突き飛ばすような勢いでアルギラから手を放した。

 その後ろではアイザックが険しい顔のまま唸る。


「あいつらか……!」


 王都から来た二人組。

 セイルやハイネルにも覚えがあった。リゾットとパニーニである。

 あの時聞いた二人の話が頭の中に浮かび、セイルもサッと顔色を変えた。


「アイザックさん、ストレイさんも遺跡に」

「分かっている。……だが、町が優先だ」


 ギルド職員の言葉にアイザックは苦い顔でそう言うと、これからの準備をするためにギルドの奥へと入って行った。

 こういった場合、優先されるのは個ではなく大勢の方である。

 セイルとハイネルの頭に、ストレイとウッドゴーレムの姿が浮かんだ。セイルはギリ、と杖を強く握ると、額に当てて目を瞑る。


(……あの時)


 あの時。

 リゾットとパニーニがゴーレムについて話をしていた時。 

 セイルは確かに、彼女達の様子がほんの少し変だと思った事があった。何故あの時、そういうものかと納得したのか。アイザックのゴーレム泥棒の話を聞いた時、何故その違和感を話さなかったのか。話をしていたら、何か変わっていたかもしれない。

 遅いとは分かっていても、セイルは心の中で悔やんだ。


「セイル」


 ハイネルに声を掛けられて、ハッとしてセイルは顔を上げた。

 どうやらハイネルの腕を掴んだままだったようだ。セイルが慌てて手を放すと、ハイネルはその手で眼鏡を押し上げた。


「……すみません、少し取り乱しました」

「いえ」


 軽く深呼吸をして謝るハイネルに、セイルは首を振った。

 ハイネルはストレイとウッドゴーレムの事で頭がいっぱいだったのだろう。無理もない。

 セイルはハイネルと同じように息を吸って吐いてを数回繰り返すと、パンと顔を力強く叩く。

 その音に、ハイネルが驚いたように目を丸くした。


「うん」


 後悔は、後だ。今は出来る事をしよう。

 セイルがそんな事を思いながら見上げると、ハイネルもまた頷いた。


「避難誘導と、冒険者の招集ですね」


 二人は他の冒険者と同じく、冒険者ギルドから飛び出て行く。

 その後ろではアルギラ達が床にへたり込んだまま、震えながら彼女達の背中を見つめていた。




 ライゼンデの住人達の避難を済ませ、冒険者達が冒険者ギルドの前に揃ったのは、連絡を受けてから三十分後の事だった。

 ライゼンデには冒険者を引退して、そのまま住み付いた者達も多い。そのため、予想以上に協力者の数は多かった。

 彼らや衛兵達の協力もあって、アイザックの予想よりも早く準備が完了していた。

 セイルとハイネルも一通り準備を整えてその場にいる。

 その中にはフランもおり、彼のパーティの仲間達と共に真剣な眼差しをアイザックに向けていた。

 だが、その中にはアルギラ達の姿はない。


「アイザックさん、各班の編成が終わりました」


 アティカがそう言いながらアイザックに資料を手渡す。アイザックはそれを受け取ると、内容の確認を始めた。

 気が付けばアイザックもアティカもまた、武器屋防具等の装備を整えていた。もちろん他のギルド職員達もだ。

 普段身に着けているギルド職員の制服は鎧へ、ペンと書類はそれぞれの得意とする武器へと変わっている。

 アイザックは両手で扱うようなバトルアックスをドシンと片手で地面に置くと、アティカから受け取った資料を読み上げ始めた。


「これからゴーレム討伐部隊の編成の発表を行う。まずは第一班にフラン」


 ゴーレム討伐部隊にはフランや、ベテランの冒険者達の名前が次々と呼ばれている。

 だが残念ながらセイルやハイネルを含めた、最近冒険者になった者達の名前はそこには上がらなかった。当然と言えば当然だろう。

 冒険者になりたての新人を危険な任務に刈り出せば、被害が広がる危険があるからだ。


「班別に最初に名前を呼んだ奴がリーダーだ。そいつの指示に従え。名前を呼ばれなかった奴は、他の住人同様に避難しろ。自分の身を守って、余裕があったら他の連中を助けてやれ」

「応!」


 アイザックの言葉に冒険者達は掛け声を上げてザザッと動き出した。そうしてそれぞれの班でまとまると、役割分担を相談し始める。

 新人達もまた戸惑いながら避難場所へと向かって走り出した。

 だが。

 だが、ハイネルは動かない。手を強く握りしめて、ゴーレム討伐の部隊を見つめていた。


『――――何をやっても二番手で、何をやっても上手く行かない。冒険者になる為のテストだって、何年も何年も粘って、粘って、粘って、ようやく先日許可をもぎ取りました。その間にあいつはどんどん凄い奴になってしまって。ああいうのを、物語の主役って言うのでしょうね。僕は……脇役のままです』


 不意に、セイルの頭の中にハイネルの言葉が響いた。

 セイルは杖を握りしめてハイネルの顔を見上げる。


「行きましょう」

「セイル?」

「わたし達が出来る事をしましょう」


 セイルの言葉にハイネルは少し目を見張った。


「何を」

「白雲の遺跡です」


 白雲の遺跡にはストレイとウッドゴーレムがいる。冒険者の話では、全てのゴーレムがライゼンデに向かって来ているわけではないようだ。

 もしかしたらストレイ達は遺跡で、残ったゴーレムやゴーレム泥棒達によって危険な目に合っているかもしれない。


 冒険者達はライゼンデを守る事で手いっぱいた。ストレイを助けに行くのは、まだ大分後の事になるだろう。

 そしてその冒険者達はゴーレムを倒し終えたら遺跡まで行き、他のゴーレム達と同じくウッドゴーレムまで倒してしまうかもしれない。

 遺跡を守っていたウッドゴーレムが倒されれば、白雲の遺跡はもう二度と元には戻らないだろう。


「幸いゴーレムのほとんどはこちらに向かって来ているようです。遺跡に向かってストレイを探して、事態が落ち着くまでゴーちゃんをどこかに逃がしましょう」


 セイルの言葉に、ハイネルは顎に手を当て、思案する。


「……あの冒険者の話だと、ゴーレムは五、六体がこちらへ向かっているのでしたね」

「ええ。制御盤の魔石の魔力でゴーレム達が動いているなら、あれを外せばゴーレムへの動力供給が止まって、そちらも落ち着くのでは」

「そうですね」


 セイルの言葉にハイネルは頷いた。そしてもう一度ゴーレムの討伐部隊――――いや、フランを見る。

 セイルの位置からは、表情は読めない。

 ハイネルはフランを見つめたまま、セイルに向かって問いかけた。


「――――セイル。脇役が、主役と同じ舞台に立とうとするのは、愚かな事だと思いますか」


 問いかけと言うよりは、何かを決意した声だった。

 ほんの少しの緊張と不安が、そこに入り混じっている。

 セイルはハイネルの言葉に、はっきりと、胸を張って答えた。


「いいえ、ハイネル。誰しもが、誰しもにとっての主役です。あなたは決して、脇役などではありません」


 はっきりとしたセイルの言葉に、ハイネルの背筋が伸びる。

 それはお世辞でも、気を遣って言った言葉でもない。紛れもなく本心からのセイルの真実だ。

 セイルがハイネルにニッと笑ってみせると、ハイネルもまたお内情にニッと笑い返した。

 そして二人は踵を返すと、その場から駆け出した。

 二人が目指すのは白雲の遺跡。セイルとハイネルが冒険者になる為に、そして冒険者として、最初に足を踏み入れたあの場所である。

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