とある遺跡の記録:laissez vibrer C
White clouds remains ――――A long time ago “C”
白い石造りの建物の一室。
そこはまるで、研究室のように機材や本が並んでいた。
その中では、年老いた魔法使いと彼の弟子が、一体のウッドゴーレムの整備をしている所だった。
「い、行きます」
弟子は緊張しながら、ウッドゴーレムの胸の部分を開いた。
そこは空洞となっており、奥には青色に淡く輝く大きな石が埋め込まれている。
その石からは、幾つもの光の線が伸びて、鼓動のように脈打っていた。
石から伸びるこの光の線がウッドゴーレムの体中に血管のように張り巡らされている事で、ゴーレムは動いているのだ。
弟子はその線を確認しながら、その内の一つを指差して、魔法使いを見上げる。
「ええと、これ……でしょうか?」
「そうではない。その線は、腕の方に伸びているじゃろう? そう、そうだ。ゆっくりと、丁寧にな」
魔法使いは時折厳しい言葉を交えつつも、弟子にウッドゴーレムの整備方法を教えていた。
ゴーレムというものは、非情に複雑な構造をしている。ゆえに、一つでも線を間違えば、動かなくなってしまう事もある。
弟子は緊張と集中で、だらだらと冷や汗を流しながら、魔法使いの教えに従って作業を進めていた。
「……お師匠様は凄いですね。こんなに複雑なゴーレムの核と構造なんて、僕、初めて見ました」
感動したように言う弟子に、魔法使いはフン、と鼻を鳴らす。
「今の若い連中は如何に手段を簡単にするかしか考えておらんからな」
「は、はい……」
「……いいか我が弟子よ。物事にはな、無意味な事などないのじゃよ。複雑で面倒に見えるものでも、無駄に思える事でも、無意味なものなど一つもない」
そう言って、魔法使いはウッドゴーレムに触れた。
そのしわしわの手に、ウッドゴーレムを形作る木材の、温かく優しい感触が伝わる。
「ゴーレムは、人の夢だ」
魔法使いは呟いて、ウッドゴーレムを見上げる。
「夢に妥協など出来ぬよ」
そして、そんな事を言った。弟子は手を止め、そんな自分の師を見上げる。
この魔法使いは、お世辞にも愛想が良いとは言えない。
ウッドゴーレム以外には、少し――あまり、いやほとんど、残念ながら九割ほどは素っ気ない。
弟子が魔法使いに教えを学ぼうと転がり込んで来た時も、何度も何度も、すげなく追い返された。それでも粘り粘って何とか弟子入りを認めて貰ったのだ。
それは全て、ウッドゴーレムを守るための行動であったと言う事を、弟子は知っていた。
だから魔法使いの言葉は、弟子の胸に響いた。
「…………」
実は、弟子はここへ来る以前に、魔法使いの作ったウッドゴーレムを見た事があった。
魔法使いが、遺跡の近くの森を、ウッドゴーレムと一緒に歩いていた時の事だ。
魔法使いとウッドゴーレムは何かを探している様子であったが、その時の弟子には分からなかった。
ただ、突然ウッドゴーレムを目撃して、驚いて動けなくなっていた。最初に見た時は怖いと、弟子は思った。
だが、動けずに、そのままじっと魔法使いとウッドゴーレムを見ていると、怖いという感情が間違いであった事に気が付いたのだ。
だって、二人は何一つ、乱暴なことなどしていなかった。
そうして見ていると、弟子はウッドゴーレムの頭に、小鳥の巣が作られている事に気が付いたのだ。
ウッドゴーレムは頭に出来た小鳥の巣を落とさないように持ち上げて、高い木の枝に戻した。それを魔法使いがハラハラして見守り――――事を終えた後は、その巨体を優しく撫でていた。
どうやら、小鳥の巣を森に戻しに来たようだ。
弟子は二人の行動があまりにも柔らかく、優しくて、しばらくぼんやりと、その光景を見つめていた。
それが、弟子が弟子入りを希望したきっかけである。
「…………」
ゴーレムに感情はないとされている。けれど弟子には、このウッドゴーレムが幸せそうにしているように見えた。そう見えてしまったのだ。
ありえない事だと思いながらも、そう見えてしまった以上、いてもたってもいられなかった。
だから弟子は、魔王使いに弟子にしてほしいと願った。
自分も魔法使いのようになりたい。こんなゴーレムを作りたいと思ったのだ。
遠くを見るような魔法使いに向かって、弟子は両手で拳を作って力強く言う。
「僕もお師匠様みたいになれるよう、がんばります!」
魔法使いは目を丸くすると、少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「お前のようなひよっこがわしのようになるなんぞ、百年は掛かるわ。……だが、まぁ、そうだな。筋は悪くない」
普段弟子をあまり褒めない魔法使いの言葉に、弟子は驚いた。そして直ぐに嬉しそうに顔をほころばせる。
魔法使いはゴホンと誤魔化すように咳払いをすると、
「いいから、さっさと続けなさい」
と整備の続きを促した。
弟子は大きく頷くと、ウッドゴーレムの胸に顔を突っ込み、整備を再開したのだった。
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