新米冒険者とそれなり冒険者 4
どうやらアイザックが言っていた『遺跡の調査を頼む予定の奴』とはストレイの事だったようだ。
セイルたちがストレイの事を知っているなら話も早いと、前置きを抜いてアイザックは話し始めた。
「遺跡で見た事について話して貰えるか?」
「はい。ゴーレムについては説明した通りですが――――」
頷くと、セイルとハイネルは白雲の遺跡で起きた事について報告する。
冒険者証を貰う為の実技試験で白雲の遺跡に向かい、そこで警戒色を宿したウッドゴーレムに襲われた事。
ログを読んだ所、冒険者の誰かが安全色のウッドゴーレムに驚いて、ゴーレムの制御盤にぶつかり、その直後にウッドゴーレムの目が警戒色に変わった事。
そして制御盤のスイッチを戻したが、諸事情によりウッドゴーレムはまた警戒色に戻ってしまった事。
ログティアについてぼかそうか一種迷ったセイルだったが、アイザックがいるならば、問題ないのだろう。なのでセイルは隠さず話す事にした。もちろん、周囲の人間には聞こえない程度の声で、だが。
「なるほど、だから学者か」
ストレイが途中、そう呟くのが聞こえた。どうやら納得してくれたようである。
そうしてセイルとハイネルが話し終えると、アイザックとストレイが腕を組んで眉間にしわを寄せた。
「安全色のゴーレムに怯えたとなると……遺跡のゴーレムの事を知らねぇ奴か?」
「ライゼンデの冒険者は大体知っているから、新人か、それとも余所から来た奴か……」
ふむ、と考え込むアイザックとストレイ。
それを聞いて、セイルは不思議そうに首を傾げた。ハイネルも新人ではあるが、遺跡のゴーレムについて知っていたからだ。
「ハイネルは良く知っていましたね?」
「僕は新人ですが、常連ですからねっ」
えへんと胸を張って言うハイネルに、アイザックは苦笑した。
「まぁ、そうだな。……最近は、ギルドにも変な連中が増えてきてんだよ。変に血気盛んなのや、妙な自信を持った新人、それと、金持ちのぼんぼんの暇つぶし」
ちらりとアイザックが端のカウンターに目を向けた。
セイルとハイネルがつられてそちらを見ると、そこには高そうな鎧と服を着た金髪の少年が受付のギルド職員の女性に文句を言っていた。
少年の背後には同じ年頃の冒険者が三人立っているが、彼らも立派な鎧を身に着けている。アイザックの言う金持ちのボンボン、とは彼らの事らしい。
(おや、ずいぶんと高そうな鎧)
彼らの装備を見たセイルが抱いたのそんな感想だった。
中古武器屋で見た短剣とは比べ物にならないくらい、凝った装飾の鎧だ。見た目だけでもとても高そうである。
しかもひょろっこい彼らが軽々着ている所を見ると、もしかしたら何か魔法の効果も持っているのかもしれない。さすがお金持ちだな、とセイルは思った。
そんな彼女達の視線の先で、彼等は顔を真っ赤にして怒鳴っている。
「何故だ、ちゃんと白雲の花は持ってきただろう!」
「そうですね、確かに人数分揃っています。ですが、アルギラ・オルパスさん。これは大通りで販売されているものでしょう? 実技テストは白雲の遺跡から採取するように、と指示が出ているはずです」
「貴様、この僕を馬鹿にするつもりか? これが大通りで販売しているものだと? ならば、その証拠を出せ!」
アルギラと呼ばれた少年は、怒りのままに、その拳でカウンターをガンと思い切り叩いた。
その音に周りの冒険者達は顔をしかめる。だが、不思議と止めはしなかった。
「止めないと」
「いや、いい。大丈夫だ」
セイルが足を踏み出そうとすると、アイザックは首を振って止めた。
怪訝そうなセイルの視線に応えるように、アイザックはくいっと顎でアルギラ達を指す。アイザックがそう言うのだから大丈夫なのだろうが、それでも心配だ。セイルがハラハラしながら見守っていると、
「証拠、ですか。そうですねぇ」
と、ギルド職員の女性は、まったく動じた様子もなくにこりと微笑んだ。
それからそのしなやかな指先を、アルギラの頬にそっとあてて、そのまま引き寄せるように彼の耳に口を寄せる。
突然の事にアルギラは真っ赤になる。彼の仲間もだ。だが、その表情は、直ぐに真逆の物へと変わった。
ギルド職員の女性が、彼の耳元で何かを言ったのである。
それを聞いた途端、アルギラの顔が一気に青ざめた。
「な、な……」
「お分かり頂けましたか?」
ギルド職員の女性は、アルギラから離れて手を放すと、にこにこと首を傾げた。
アルギラは真っ青な顔色のまま、ぶるぶると震えだした。あれは怒りではなく、恐怖のそれである。
そしてアルギラは、カウンターに置いた白雲の花をひっつかんで、全速力で冒険者ギルドを飛び出した。
「えっアルギラさん!?」
「どうしたんですか!?」
アルギラの仲間は事態が呑み込めず、、ギルド職員の女性とアルギラを交互に見て困惑しながらもその背中を追った。
怒涛の展開であった。セイルはぽかんとした顔でそれを見送った後、アイザック達に視線を戻す。
「あの」
どう聞いたものか分からなかったため、とりあえず一言そう尋ねてみた。
すると男達三人は、
「…………世の中には、知らねぇ方が良い事もあるんだぜ、お嬢ちゃんよ」
「真面目に取り組んでいたら何の問題もありませんよ」
「そうそう」
なんて遠い目をしながら頷いていた。余計に気になる、とセイルは思った。
セイルはちらりと受付の女性に視線を戻す。彼女は相変わらず、にこにこと微笑んでいた。
心なしか他の冒険者達の顔色も悪いようにセイルには思えた。
(魔性の……呟き……)
一体何を言われたのだろうと首を傾げながら、セイルはそんな事を思った。
暴力ではない何かで相手を撃退するその姿に、ちょっと羨望の眼差しを混ぜながら。
そうしていると、アイザックが話を戻すように咳ばらいをした。
「まぁ、とにかくだ。ああいう連中も増えているんだよ。採取して来いっつったら、ああやって店で買ったものを素知らぬ顔で提出して来る。俺達が分からねぇとでも思っているのかねぇ。まぁそれでも、冒険者証用の実技テストじゃなきゃ受け取るんだがなぁ……」
「冒険者として最低限の活動が出来るかどうかを見るテストですものね」
「そうなんだよ。何度説明しても、何で伝わらないものかねぇ……」
アイザックはがしがしと頭をかいた。
冒険者ギルドとは冒険者達の支援組織である。だがその実態は、自由奔放な冒険者達を纏めるという役割も持っていた。
そのトップにいるのがアイザックだ。
今はこうしてギルドの椅子に座って事務作業をしているが、アイザックも元冒険者である。腕っぷしも強く、経験もあり、しかも立派な白ひげの向こうは強面だ。本気で怒らせたなら歴戦の冒険者でも青ざめて逃げ出すと言われている。
そのアイザックが『何度も説明した』と言うのならば、その中には多少、怒気を含めたものもあるのだろう。それが効かないというのならば、今後の事を考えると、怖い者知らずと言うか、末恐ろしい事である。
「そう言えば町でひったくりも見かけましたよ。フランさんが追いかけていました」
「また出たのか。衛兵と取締りについてもっと厳しくするように相談しねぇと……」
アイザックは「ふー」と重々しく溜息を吐く。
冒険者ギルドのマスターも大変なようだ。
「まぁ、それはともかく、だ。ゴーレムの方も、今後また別の連中がやりかねないってのもあるからな。繰り返させねぇように、ギルドで対策を練るわ」
「それがいいな。それじゃあ、アイザックさん。俺は明日にでも遺跡の方に確認に行ってくるよ」
「あ、それなら、僕らも付き合いましょうか? 場所とか、状況とか、説明がてら。暇ですし」
話を聞いていたハイネルがポンと手を打ってそう言った。
「あ、そうですね」
セイルも良いアイデアだ、とばかりに頷く。ハイネルの言う通り、特に用事はないので、協力出来るならしたい、と思ったのだ。
するとアイザックは少し目を開くと、嬉しそうに笑う。
「お、そうか? 確かにその方が早いな。だがくれぐれも気をつけろよ」
「はーい」
「そんで、ついでに先輩冒険者のやり方をよーく見て、勉強してくるといい」
「ははは。そんなら、気合いれないとだなー」
楽しげに笑うと、ストレイはセイルとハイネルの前に握った拳を差し出した。
セイルとハイネルはそれを見てぱっと表情を明るくすると、同じように拳を握り、差し出す。
カツン、と当てた後、お互いに顔を見合わせて笑う。
「「「えいさえいさ、おー!」」」
掛け声と一緒に、拳を天井に上げた。
冒険者同士の挨拶の一種である。
セイルもハイネルも、冒険者になったら絶対にやるのだと心に決めていた。
「ちなみにそれ古いぞ」
「「「えっ」」」
アイザックに言われて、三人は目を丸くする。
セイルとハイネルはともかく、ストレイまで知らなかったようだ。
周囲からは微笑ましいものを見るような、そんなどこか生温かい視線が向けられていた事に気付き、三人は手で顔で隠して揃って冒険者ギルドを後にした。
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