ウッドゴーレム 1

 セイルとハイネルが冒険者証である懐中時計を貰った翌日のこと。

 晴れた空の下、セイルとハイネル、ストレイの三人は白雲の遺跡へと調査にやって来ていた。


 遺跡の中は、セイルたちが最初に訪れた時と同じく、静かでゆったりとした空気が流れている。

 すでに失われた回廊の天井を見上げれば、青空の中を雲が流れ、小鳥が飛んでいるのが見えた。

 セイルはその雲を見て、遺跡の奥にある白雲の花の丘を思い出した。ふわりと柔らかく、美しい光景が脳裏に浮かび、セイルは少し微笑む。


「今日は長閑ですねぇ」

「そうですねぇ」


 ハイネルの言葉に、セイルは頷いた。そう、長閑である。これが通常の白雲の遺跡だ。

 呑気にそんな事を話す二人を他所に、ストレイは遺跡の状態を確認しながら、


「大分ボロボロになってるな」


 と、独り言のように呟いた。

 遺跡のあちこちは、所々の壁が崩れたり、石柱にヒビが入ったりしている。

 恐らく、セイル達を追いかけて動き回ったゴーレムによって、こうなってしまったのだろう。

 壊れた遺跡を見ながら、セイルとハイネルは何だか申し訳なくなってきて、


「すみません」

「申し訳ない」


 と、困ったように眉を下げ謝った。するとストレイが慌てて首を横に振る。


「ああ、いや、すまんすまん。そういう事を言っているんじゃないんだ」


 そうして手で石柱に触れて、それを見上げた。


「ほら、ここもずいぶんと長い事、人が住んでいないからな。人の手が入らないと、建物なんて、あっという間にこうなるんだ」


 そうして、前に住んでいたのはいつだったかな、と呟く。

 それを聞いてセイルは目を瞬いた。


「ストレイは、前に住んでいた人の事をご存じで?」

「いや、文献で読んだだけだよ。ゴーレムの研究をしている魔法使い達が住んでいたらしい」

「あ、だからゴーレムがいるんですね」

「そうそう」


 ストレイは頷くと歩き出した。セイルとハイネルは彼の後ろを歩きながら、遺跡を眺める。


 無我夢中で逃げていた時はそれどころではなかったが、こうして落ち着いて眺めると色々なものが見えてくる。

 そのひとつが、壁だった。

 遺跡の白い石壁には、何かが埋め込まれている。セイルは最初、それが単に壁の装飾だと思っていた。だがよくよく見ればそれは装飾なのではなく、石材で出来たゴーレムだった。

 ストーンゴーレムという奴だろうか。壁と同じ材質でぴったりとはまっているため、じっと見なければ気づかなかった。

 セイルたちが歩く回廊に五体、川を挟んで反対側の回廊にさらに四体。反対側には一つ、ゴーレムがいたであろう、ぽっかりとしたくぼみがあった。

 恐らく追いかけていたウッドゴーレムがいた場所ではないか、とセイルは思った。

 そして今更ながら、セイルはそのゴーレムの数が制御盤のスイッチと同じ数だと気が付いた。

 もしも全部のスイッチが降りて、全てのゴーレムが警戒色をその目に宿したら。

 それを想像して、セイルはゾッとする。

 ハイネルも同様の事を思ったのか、


「これ、全部動かなくて良かったですね」


 と言った。セイルも、


「悪夢ですね」


 と頷いた。

 目を赤色に光らせたウッドゴーレム一体に、ストーンゴーレム九体。それが一斉に動き出し襲い掛かってくる。

 そんな様子を想像したハイネルは青ざめ、ぶるりと体を震わせる。


「ははは。まぁ、心配しなさんな。ここの他のゴーレムはしばらく起動してないぞ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。長い時間放置されているからな、動く為の魔力が足りないんだそうだ」

「それでは、動いていたゴーレムが、最後の生き残りって事なのですね……」


 ハイネルがぽつりと呟くと、セイルも少し表情を暗くした。

 その生き残りを壊してしまったのか、と思っている顔だ。ストレイが二人を気遣うように、顔をかいて苦笑する。


「まぁ、ちゃんと手順を踏んで魔力を込めた魔石を交換すれば、また動けるようになるぞ」

「えっ本当ですか? 僕でも出来ますかね?」

「お前は動かす気か。ゴーレムの事を良く調べもせずに、下手な魔石を入れると暴走するからやめとけやめとけ」

「そうなんですか?」

「ああ。ゴーレムには、それぞれに固有の信号ってのがあってだな……って、お? そういや、お前さん達がゴーレムを倒したのって、この辺りか?」


 ふと足を止めて、ストレイが石の床を見下ろす。

 中央を流れる川に近い位置にある場所だ。見ると石の床は砕け、剥き出た地面の土は抉れている。

 その一部が黒く焼け焦げたような痕があり、僅かに臭った。


「はい」

「ああ、こりゃ派手にやったなぁ」


 ストレイは周囲を見回して言った。


「いや、その、無我夢中で」

「だろうな。よく無事だったよ。……しかし、件のゴーレムの姿が見えないな」

「そう言えば、見当たらないですね。ちょうどこの辺りに倒れていたんですけど」


 セイルとハイネルもきょろきょろと辺りを見回すが、倒したウッドゴーレムの姿は影も形もなかった。


「……確かお前さん達は、ゴーレムの足を破壊したんだよな?」

「はい。まぁ、その後にちょっと手当てはしましたけれど」

「手当てぇ?」


 意外な言葉に、ストレイは片方の眉を上げる。行動の意図が良く分からなかったようだ。

 セイルとハイネルは頷くと、


「足に添え木を」


 と、補足した。それで理解したようで、ストレイは何度か頷く。


「骨折の応急処置か。いや、まぁ、骨折には違いねぇが……お前さん達変わってるなぁ」


 呆れたような、感心したような、そんな顔で言われて、セイルとハイネルは「いやあ」と苦笑した。

 確かに、ゴーレムの足に添え木をして手当てしよう、なんて者はそんなにはいないだろう。


「まぁ、それで動けるかって考えると、幾分疑問が残るが……動こうとして落ちたかねぇ」

「あー……」


 そう言うとストレイは川を覗きこむ。セイルとハイネルもそれに続いて、ひょいと顔を突き出して覗き込んだ。

 だが、回廊の下の方には、特にウッドゴーレムの姿は見当たらない。それに落下したらあるであろう、窪みのようなものも見当たらなかった。


「いねぇか」

「だな。川に流された……とするには、重すぎる。かといって、その状態で動き回れるとも思えんが」


 そう、ストレイが言いかけた時。


――――ドシン。 

 と、突如、そんな重そうな音と共に、周囲に振動が響いた。

 三人は凍りついた。そして古びたドアを開けるような動きで首を動かす。

 そして、振動が響いた先に目を向けた。


――――ウッドゴーレムがいた。


「ッ!?」


 セイルたちを追いかけてきた、あのウッドゴーレムが回廊の奥から現れた。

 姿は見えるが、セイルたちの位置からはゴーレムの目は見えない。警戒色かもしれないと、反射的にストレイは背中にクレイモアに手を伸ばし、ハイネルはクロスボウを構えた。

 セイルだけ杖を握りしめながら、じっと見定めるような目でウッドゴーレムを見つめている。


「お前ら、遺跡の奥まで走れ!」


 ストレイが、警戒を緩めずに、鋭い声でそう指示を出した。さすがに新人相手に荷が重いと思ったのだろう。

 だが。


「いや、待って!」


 セイルが何かに気付き、ハッとした顔でそう叫んだ。

 何を待つのかと、ぎょっとしたようにハイネルとストレイの視線が集まる。

 セイルは二人の視線を浴びながら、すっとゴーレムを指差した。


「大丈夫です、あれは……」


 ハイネルとストレイの目が、自然とその先を伝う。

 セイルの指が指していたのは、ウッドゴーレムの顔――否、目だった。

 その目は爛々とした赤い警戒色ではなく――――――緑色だった。




 それから数分後。ストレイは半眼になって目の前の光景を眺めていた。


「思った以上に友好的になりましたね!」

「はっはっは! 可愛い奴め、あなたの名前はゴーちゃんです!」


 そこにはセイルとハイネルが、足に添え木をあてたウッドゴーレムとじゃれ合っていた。

 先日この遺跡でセイルとハイネルが倒したウッドゴーレムである。

 遺跡の角からぬっと顔を出した時、ウッドゴーレムの目の色は警戒色の赤でなく、安全色の緑色をしていた。

 それに気が付いたセイルが制止すると、ウッドゴーレムはゆっくりと三人に近づいて来たのだ。

 ウッドゴーレムの足はセイル達の応急手当のままで、特に修復された様子はない。だが何故かゴーレムが動くのに問題がなさそうだった。もしかしたらその応急手当てが意外と上手くいったのかもしれない。

 先日襲われた事もあり、ごくりと喉を鳴らして様子を見ていた三人に近づいたウッドゴーレムは、その大きな手を彼女達に向かってそっと差し出す。

 ストレイが警戒する中、何かを感じ取ったセイルとハイネルがウッドゴーレムの手に触れた。


「あ、おい――――」


 止めようとしたストレイの前で、ウッドゴーレムは触れられたその手をゆっくりと上下に振ったのだ。

 それは所謂、握手という奴だった。

 否、紛うことなき握手だった。

 ゴーレムが握手をするなどという光景を初めて見たストレイは凍りついたが、セイルとハイネルは違う。ピシャーンと雷が落ちたような衝撃を体に受けたのだ。


 その後はご覧の様である。

 きゃいきゃいとテンション高くウッドゴーレムにじゃれ付くセイルとハイネルを見ながら、ストレイは気が遠くなるのを感じた。

 何故これ程にウッドゴーレムが二人に懐いているのかは分からない。

 足の添え木の関係なのか、それとも自分を倒した相手だからなのか、理由を幾ら考えても思いつかなかった。

 だがこの様子を見る限りでは、このウッドゴーレムを警戒する必要はなさそうだった。


「ゴーちゃん!」

「ゴーちゃん!」


 唐突にセイルとハイネルが「ゴーちゃん」という呼称を連呼する。


「ゴーちゃん?」

「ゴーちゃんです!」


 ストレイが訝しんだ声で聞くと、二人はこくりと頷いた。

 そして両手でウッドゴーレムを示す。どうやら「ゴーちゃん」とは、ウッドゴーレムの名前らしい。

 ストレイがそう名付けられたウッドゴーレムを見ると、何故か満更でもなさそうに見えた。


「…………ゴーちゃん」


 名前はゴーちゃんで決定なのか。ウッドゴーレム的にありなのかそれは。そしてハイネル、お前幾つだ、ちょっと落ち着け。

 そんな事を思いながらストレイは、


「…………どう報告したらいいんだよ、コレ」


 と頭を抱えてうずくまった。

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