最後のひと時に書き綴る手紙
暗黒星雲
最果ての観測所
ここは冥王星の衛星カロン。冥府の川、アケローンの渡し守。
なぜこんな場所に観測所を設けたのだろか。
冥王星を公転しているが故、被観測体の位置情報を掴みやすいから……だとか。
この最果ての観測所に私は一人で配置されている。
後5分。
システムのコントロールパネルに表示された残時間表示。
先週、この観測所に備え付けの動力炉が故障した。当然予備システムに切り替わる。しかし、その予備システムの稼働時間は164時間。今、163時間55分経過した。後5分でシステムが停止する。酸素も熱もすべてが止まる。この最果ての凍てついた星では死の宣告に等しい。
もちろん救難信号は発信してある。地球に届くまで数時間かかる。地球から救助船が到着するまで一ヶ月かかる。私の命がつながる時間とは比較にならない。
なぜこんなところに来たのだろう。世を捨て人との関わりを断ってまで来た意味があったのだろうか。それはきっと自分の強がりだったのだろう。
自分には好きな人がいた。
でもその人は他の女性を選んだ。
死にたかった。
こんな惨めな思いはしたくない。惨めな自分はこの世から消えてしまえばいい。
心の底からそう思った。
でも死ねなかった。
だから今ここにいる。
パネルに3分前の表示が出てきた。同時に宇宙服の着用を推奨された。
「12時間生存可能です」
AIの推奨通りに私は宇宙服を着ることにした。
死にたくても死ぬ勇気がない私。
今、本当に絶望的な状況であるにも関わらず、死の選択ができない私。
何かに執着しているのだろうか。
好きな人には私の想いは届かない。
でも、告白だけはしておけばよかった。
たとえ受け入れてもらえなくても、想いを伝えるだけでもしておけばよかった。
そう、その事が心に引っ掛かっている。執着しているんだ。
私は宇宙服に着替えた。宇宙服は正常に稼働している。
1分前の表示。もうすぐ観測所の機能は全て停止する。
私は携帯用のランタンを用意し手紙を書くことにした。
伝えられなかった想い。伝えたかった気持ち。あなたの事が好きだと。
観測所の機能は停止し、照明も落ちた。ランタンのか細い光を頼りに思いを書き綴る。涙があふれてきたがそれを拭うことはできない。
手紙を書き終えた時、エアロックが解放され中に人が入ってきた。救助隊が来るのは3週間後のはずなのに。何故?
海王星便が遠回りしてくれたらしい。私は救助された。そして私の書いた手紙は、なんと彼の元へ届けられた。
おせっかいな人は何処にでもいるのだろう。
そして私は彼からプロポーズされた。
私の手紙に感動したのだという。
「他に好きな人がいたんじゃないの?」
「いや、僕が好きなのは君だけだったよ。冥王星まで行ってしまったと聞いて諦めてたところだったんだ」
「じゃあ、あの時の女性は誰?」
「僕の姉だよ」
写真を見せてくれた。
すべては私の勘違いから始まった。
でもそこから繋がった深い絆に、私は感謝している。
ありがとう。
最後のひと時に書き綴る手紙 暗黒星雲 @darknebula
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