A-2 錯視
「最近インスタ映えってあるじゃんか」
昼休み。前の席の坂田が話を振ってくる。
話すことなんてまえの葬儀のことくらいしかなかったぼくは、他愛もない話に続けるべく先を促した。
「ああ、ぼくはあんまり知ってるほうじゃないけど」
首を振る。
「あれってなんか、自由にやってるように見えて、俺には支配されてるっちゃ変だけど空虚な行為に見えるときがあるんだよな」
「たしかに。自分っていうものの有為性…というか個性、を推し出したくてやるんだろうけど全部同じところに収束してるというか。」
「うん、珍しいもの食べに行くとかな」
彼が食べているのはメロンパンだ。
「関係ないけど、ハッシュタグで文章作ってるのとか見ると胸糞悪くなる。でも、たぶんイメージの問題だよ。」
「ん?どういうことだ、それ」
「例えば女性だと、ファッションとかメイクの度合いによって、同じ人でも別人と見間違えちゃうことってあるでしょ?」
「ああ」
「これって、いろんな要素を自分の身に纏うことで、他者に違った印象を与えてるというか。
まぁ印象っていうのもおおもとのイメージからの比較からくるんだけど。」
「おおもとのイメージって?」
「う~ん、観念より概念っていうか。
『アリス』ってきくと、青っぽいゴスロリの衣装に身を包んだ金髪碧眼の幼女を想像するでしょ?」
「物述有栖ちゃんとか。かわいい。」
「コスプレとかだと顕著な例で、だからファッションを例に挙げたんだけど、ある人がその人を見るときの視線って、概念からくるイメージとか、あるいはそれとの比較が投影されてるんだ。」
「だから、見る人からしたら本当の彼、彼女ってどこにいるんだってなっちゃう。」
「その意味で、印象っていうのは俺らに錯覚みたいなのを与えているのか」
坂田は納得したようにうなずく。
「うん。彼、彼女たちは写真、ハッシュタグのなかで実在しない虚像を作り出している。キラキラとしたその世界の中には自由があるように見えて、彼女らも、見ているぼくたちでさえその輝きにとらわれているんだ。」
「でも、その一見悪く作用するように見える印象が、善い方向に働くことも結構あるんだよね」
「というと?」
「ミロのヴィーナスってあるでしょ?」
「うんうん」
「あれって、本来はない腕を脳の中で補完しているから美しく見えるって聞いたことあると思うけど、不完全なものを美しく思えるのも印象のなせる業なんだ。」
「あ^~完璧に見えるヒロインに欠点があったときに萌えるみたいな。」
彼は菓子パンの袋を手で丸めると、う~んと唸って、こう続けた。
「なんかさ、そう考えるとインスタのことに限らず今俺が見てる現実っていうのも、お前の見てるものとは違うかもしれないし、他人から見えてる自分どころか自分の見てるこの世界でさえ錯覚かもしれないんだよな」
「う~~ん、たぶん答えは出せないよなぁ、哲学者じゃあるまいし。でも、」
一呼吸置いてから続けた。
「逆向マスキングって聞いたことある?」
「なにそれ?マスキングテープの一種?」
「マスキングって、本来の語義としては覆い隠すみたいな意味なんだけど、ここでは知覚自体を覆い隠す、干渉するみたいな感じ。」
「あ~、で、つまりは認識を逆行させるみたいな?まったくわからんけど。」
「心理学の用語だから説明するのが難しいんだけど、刺激、これは視覚でも聴覚でもいいんだけど、あとからきた刺激が前の刺激を妨害するみたいな。
例えば、」
カバンからルーズリーフを一枚取り出す。
「例えば、瞬間的にこの紙に小さな丸が現れたとして、これだけだったら人間は知覚できるんだけど。
これが現れた直後に大きな丸、これはドーナツ状にするけど、が現れると、眼では受容できているはずの刺激が脳で処理されるにあたって、かき消されてしまってるんだ。だから逆向っていうらしい」
「へぇ~。でも、それに何の関係が?」
「つまりは、自分が今見ている現実っていうのも、過去、現在だけじゃなくて、未来の影響をも受けてるかもしれないって。」
「あ~っ…!」
「まぁ現在は過去と未来の相関にあるなんてよく言われることだけど、ぼくが世界に向ける視線もぼくに向けられる視線でさえ偽りかと考えるともう、空虚どころか開き直れるくらいになるよね」
「空虚だけど意味はあるよな。そう考えるとどんどん不思議の沼に落ちていくくらいだけど」
あとがき
ちょうどやっていた物述有栖ちゃんの初ASMR放送を聴きながら書いてたら、後半ほとんど何も考えられなくなりました。
青空の密度 息 @Pneuma
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