第8話 魔女への報酬


 現在、俺は一人の少女に引っ張られ帝都の検問に向かっている。そして後方にいるのは多数の衛兵。

 騒ぎになり、追われている俺たちから距離を取る住民達によって、端から端まで混雑していた道はなくなり目の前は大理石で精巧に作られた道がはっきりと見える。

 俺は確かにルリナに助けてくれと頼んだが、騒ぎを起こしてくれなんて頼んだ覚えもない。手段は問わなかったが、先のことを考えればあんな派手にやる必要もなかった。

 ステータスの低い俺は、ただの兵士にすら及ばない。

 俺の体力は限界を迎えようとしていた。足の速さはほぼ同等、鎧を身に付けている分あちらがやや遅い。

 しかしスタミナのない俺はこのままいけば捕まる。徐々に詰まる距離に俺は焦りを募らせた。



「やばいルリナ、俺もうダメかも…」



 絶え絶えの息をしながらルリナに限界を伝える。



「ほら検問よ!あそこをくぐれば逃げ切れるわ!」



 こいつ聞いてねぇ。

 ルリナに落胆し、苛つきを覚え、それでも捕まる訳にはいかないという事実が、辛うじて足を動かす。


 検問まであと30メートルという距離、突然ルリナは俺の腕を掴んでもう片方の手を前に突き出した。


「流水波球イディオム」


 現れたのは直径5メートル程の大きな水の塊。それは検問目掛けて一直線に放たれた。

 水の塊は検問にいた一人の兵士に当たった瞬間に弾け、周囲を水で流した。その流れに抗うことが出来ずに検問の兵士達は門の外に押し出された。

 俺たちが門の外に出た途端にルリナは指を鳴らした。


 一瞬、視界が真っ白に埋め尽くされた。

 やがて埋め尽くしていた白さは段々と薄れていき、視界が開けた。

 目に入る光景はただただ木々が生い茂っていた。


「逃走成功ね」


 軽快な声音で彼女は言った。


「えっと…何したの?」


「何って、ただの転移だけど」


 間抜けな顔をした俺をルリナはきょとんとした顔で見る。

 改めてここは異世界なんだと俺は再認識した。



「さあ、これであなたを助けるっていう約束は果たしたわ。それであなたは私に何を与えてくれるの?」


「何をって言われてもなあ…」



 慌てていたとはいえ確かに約束をしてしまった以上は果たさなければならない。しかし、俺の手持ちは地図と赤い鱗だけ。この中で最も有力なのは赤い鱗ぐらいだろう。最悪は肉体労働もあり得る。だが、こういった異世界において素材となりそうな鱗は十分に魅力的なはずだ。

 俺は確信を持って袋に入れてあった赤い鱗を差し出す。


「これでどうだ?」


 ルリナはそれを手に取って見つめる。


「これってただのレッドスコーピオンの外骨格じゃない。いらないわよ、こんなありきたりな素材」


 ゴミを捨てるかのようにルリナは後ろへ投げ捨てた。


 どうやら俺にテンプレ展開とかはないらしい。

 貴重な魔導書と一緒にあったもんだから竜の鱗だとか、太古の遺物だとか、そういうものだと確信すら持っていた。何だよスコーピオンって…

 必死に蠍さそり運んで逃げてたんだな…


「他にはないの?」


「…ないな」


 ルリナは溜息を吐き片手を腰にあてる。


「あんた、魔女を舐めてんの?」


 呆れた雰囲気を出して、こちらを睨みつける。


「そもそも魔女ってなんだよ」


 さっきから気になっていたことを聞いてみた。そして出来ればこのままうやむやにしたい。


「あんたそんな子供でも知ってることも知らないの?」


「生憎あいにくと隔離された場所にいたもんなんで世間には疎くてね」


 ルリナはまた深くため息を吐いた。


「何あなた?箱入り貴族かなんかなの?まあなんでもいいわ。じゃあ教えてあげる。魔女は強力な魔力を持った種族よ」


 そしてルリナは魔女について教えてくれた。

 何でも魔力が高く、深く魔法に精通しており、人によるが多くの者は日々自身の研究を行なっているらしい。研究も個人によって千差万別なんだとか。

 そして時には見知らぬ者と取引をしたりもする。人殺しや護衛、魔獣の討伐など様々だが相手側が提示する報酬で決めるそうだ。魔女は取引の内容、つまり相手側要求とするものは必ず用意する。魔女にとって取引とは約束のようなものでそれを破ることは彼女達の信条ではない。中には魔獣や精霊を使役する者はそれらと契約する事で力を発揮できる。だから必ず守り成し遂げる。逆に相手が報酬も出さずに逃げようものなら容赦なくその相手を殺すらしい。


 そして今、命の恩人といえなくもない相手に差し出す報酬をルリナから俺は求められている。


「分かった?このままだとあんた私に殺されるわけだけどいいの?まあ私の研究している内容上、人間の臓物とかは結構欲しいところなのよねえ…」


 なんか血生臭い事を言っているが取引してしまった以上「そんなことになるなんて知りませんでした」で通せる話でもない。結局のところ俺は死ぬしかないのだろう。それが国に殺されるか彼女に殺されるかの違いしかない。なら彼女に殺される方を俺は選ぶ。

 取引したからというのもあるが一番はやはり助けて貰ったことが大きい。恩を仇で返すようなことはしたくないからな。


「分かった…、俺は命を差し出すよ」


 ルリナは目を大きく見開く。どうやら俺の発言に驚いたらしい。


「いいの?いくら報酬を用意出来ないからって簡単に死ぬことを決めてしまって?」


「ああ、もう決めたことだからいいよ。それになんか疲れたしな…」


 思えばこの世界に来てから散々な目にしか遭っていない。異世界なんて日本と同じで上手く事が運ばなければ何も楽しいことではない。確かに目新しいものや本物の城とか魔法とか心躍るものあった。

 だが生きていくという点では満喫なんてほど遠い、苦痛だった。まさに負け組というやつだ。


「そっ。決断の早い人は嫌いじゃないわ。じゃあせめて楽に殺してあげる」


 俺は地面に座った状態で目を閉じる。

 ルリナは俺の頭に手をかざして僅かに集中した後魔法を放つ。荒々しいものではなく掌からは淡い光が放たれている。


「死人の案内」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女と出会った転移者 星川 奏詩 @hoshikawa63

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ