魔法戦士ピュア・ポルカ
秋霧そら
第1話 日曜あさ八時三十分
「きゃああああああっ!」
「ああっ、ピュアホワイトがピンチだパン~!」
変身ヒロインと妖精が黒い怪物に立ち向かうも窮地に陥るシーン、この時間全国的によく見られる光景だろう。この後はテレビの前にいるたくさんのおともだちから応援を受け、派手な必殺技での大逆転が起こる。
私も昔は目を輝かせてテレビの前に張り付いたものだ。画面の向こうに戦っているヒロインたちがいると本気で信じて、自分の応援が彼女たちの力になると信じていた。私はいつの間にかそれがフィクションだと気づいて、そのうち番組自体見なくなっていたけど、今日もヒロインを信じる純粋な子どもたちは全国にいることだろう。
しかし今、戦いを繰り広げるピュアホワイトとやらを応援するおともだちはいない。小さなおともだちも、大きなおともだちも、誰もこの戦いを見ていないから。見ているのは垣根の影で覗く私一人。
なぜならここはショーの舞台でも、テレビの前でもない。撤去された遊具の跡と無駄に伸びた雑草ばかりがある、片田舎の公園だからだ。
「今日の奴、強すぎるっ。一人じゃなんとも……。どうしよう、マジパン?」
そう言ったのは白いフリルがいっぱい付いた服の女の子。背丈からして中学生くらいだろうか。誰が着てもコスプレ感漂うだろう凄まじくフリフリでプリティな衣装だが、驚くべきことにかなり自然に着こなしている。西洋人形みたいな整った顔立ちがそう思わせるのだろうか。戦闘中でなければ写真をお願いしていた。
「しっかりするパン。今この町を守る魔法戦士は、ホワイト一人なんだパン~!」
ぬいぐるみが喋ったー⁉ と一応心の中でお決まりのリアクションをとってあげる。マジパンと呼ばれたそいつは白ウサギのぬいぐるみみたいだが、動いて宙に浮かんでいる。ナビゲート役の妖精にありがちな見た目だ。喋ることより浮かぶことの方が不思議だよなあとしみじみ思った。深夜枠だったら途中で悪役になりそう。
白い女の子、ピュアホワイトと取っ組み合っているのは黒い怪物。熊をデフォルメしたような見た目だが、体長が三メートルくらいあるので怖さ据え置きである。機敏に動き回って、その爪でホワイトを捉えようと腕を振り回していた。当たってしまえばモザイクは必至だ。冗談ではない、この化け物の恐ろしさが、ファンタジーな状況に唯一現実感を持たせていた。コイツを見た途端に、これが何かの撮影現場とか、頭のおかしな人の趣味でないことを本能で理解し、私は公園の端にある垣根へ隠れたのだ。逃げなかったのは、好奇心が理由だ。もし熊に知性があったら、人質に取られたりして正義の味方の足を引っ張る迷惑な一般人の役割が、私に回ってきていたかもしれない。
「伝説では戦士は二人組だけど、この田舎町には君くらいの女の子が他にいないパン。少子高齢化、若者の流出、現代社会は田舎に厳しいパン~」
日曜の朝からそんなことを聞かせるな。
「どうしたら……」
「ひとりでなんとか頑張るパン~! 人手不足は現場の力で凌ぐしかないパン」
あのマジパンとやら、体は白いが真っ黒だ。少女をこき使う外道だ。ちゃんと給与は出ているのだろうか。出ているとしたらそれはそれで何か嫌だな。そんなことを思って睨みつけていると、ウサギと目が合った気がした。
「もしこの戦いを偶然見ている女の子がいたりしたら、一緒に戦ってもらえるかもしれないパン。変身に必要なリボンがもう一つ、今もマジパンは持っているパン~。あ~、誰かいないかな~、パン」
急に始まった白々しい演技とは裏腹に、黒光りする視線の銃口をこちらに向ける妖精。疑似餌で釣りでもするように、手にした水色のリボンをひらひらさせている。
私は動けなかった。どんな顔をして前に出ていけばいいのかまるでわからない。かと言ってこの状況で逃げられるほど私の面の皮は厚くないのだ。
そしてきっとあの妖精は勘違いをしている。私をたまたま通りがかった女子中学生だとでも思っているのだろうが、二十歳の大学生である。コンプレックスである低身長がこんなところでも災いするとは。童顔なのは正直気に入ってるので別にいいけど。しかし成人済みの人間が中学生の女の子と肩を並べて変身ヒロインをやったりすれば、関係各所多方面からの苦情が山の如し。ネットは炎上して罵詈雑言飛び交い、まとめサイトに「悲報」とタイトルされた記事が急増するに違いない。それは誰にとってもよろしくないことだ。「それはそれでアリ」とか言ってのける少数の大きなおともだちのために、そこまでのリスクを冒すべきではない。
そもそもだ。私は――
「あああああああああっ!」
――突然の悲鳴に、私の思考は遮られた。
ピュアホワイトが体勢を崩したところへ、熊の怪物が腕を振り下ろした。拳が肉を叩きつける音。空気が爆ぜる感覚。揺れる大地。捲れるスカート。衝撃と風で辺りには土煙が起こり、何も見えなくなる。
見えないけど、わかることが二つだけ。
今私は両腕で熊の攻撃を受け止めていることと。
今私は水色のフリフリに身を包んでいること。
「ピュアブルーの誕生パン~!」
私の側頭部には、衣装と同じ水色のリボンが雑に結ばれていた。
低身長が悩みだった私は、中学高校時代をバレー部の活動に明け暮れて過ごし、筋トレに励み、ウンコが白くなるんじゃないかという勢いで牛乳を飲んだ。結果として相当丈夫な身体と輝かしい仲間との思い出は手に入ったが、身長は文字通り一ミリも伸びなかった。
ただ鍛えた身体は私の自慢であり自信。それが今変身してから、さらに調子が良くなっているのを感じていた。身体が軽い、今なら何でもできそうな気がする。
だから私はこの初戦闘、肉弾戦をとることにした。
というか。
魔法。
わからないし!
私は熊の腕を柔らかくトスするように上へ払いのけ、がら空きの腹部にボディーブローをお見舞いする。
先月のカレンダーをめくり剥がしたあと、誰かに持ってもらったそれに正拳突きをかまして破る遊びをやった人は多いと思う。そんな感じのあっけない手ごたえだった。
なんということでしょう。私の一撃は熊の怪物を風通しよくリフォームしてしまったではありませんか。拳から渦巻く風は熊の胴体を吹き抜け、公園中の木々を揺らします。休日の朝にふさわしい、開放的な空間が生まれました。
かわいそうな姿になった熊さんは後ろ向きにゆっくり倒れ、その背中が地面に着く前に霧となって消えた。あっ、もうモザイク解いて大丈夫です。
「……」
地面にへたり込んだままのピュアホワイトと、その近くを漂う妖精マジパン。両者の表情は驚きを張り付けたまま、動きを失っている。
私はといえば、もうなんか早く帰りたかった。
彼女たちによろしくを言えるのは、また来週のお話。
魔法戦士ピュア・ポルカ 秋霧そら @aosoramushi
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