十九の段 菰野を守れ!(後編)

 ぶおおおーーー! ぶおおおーーー!


 菰野の大地に、ほら貝の音が鳴りひびきました。


 義苗さまの本陣からけむりがもくもくと立ちのぼったのと同時に、それぞれの持ち場に待機たいきしていた菰野藩士、尾張藩士、力士たちが猪狩りを始めたのでござる。


「おいらたちの村から出ていけー! 山に帰れー!」


 勢子たちが大声でわめき、ほら貝を吹いて、猪たちをシシ垣へと追い立てます。


 シシ垣まで追いつめたらいつもならとらえるのですが、あまりにも数が多いので、全てをつかまえるわけにはいきません。シシ垣のさく土手どて破壊はかいされたところから領地の外へ追い出そうとしました。


「猪たちよ、あそこを通って山へ帰れ! うわ、なんで私に寄って来る? 私は山の仲間のタヌキじゃないぞ? タヌキ顔だけど、タヌキじゃない!」


「うおおおお‼ ぼたん鍋にされたくなかったら、シシ垣の外へ行けぇぇぇ‼」


 馬に乗ったドラぽんやピョンピョン左衛門ざえもんら武士たちが、追い立てられている猪の群れの横を走り、シシ垣の外へと誘導ゆうどうしていきます。


 大半はドラぽんたちの誘導でシシ垣の外に出てくれましたが、シシ垣の外側そとがわには1メートルほどのみぞがあったため、飛び越えるのに失敗して溝にはまってしまう猪がちらほら。

 後から来た仲間の猪にみ殺されるとかわいそうなので、力士たちが溝から持ち上げて放り投げてやりました。


 中には群れからはぐれてシシ垣の内側うちがわでうろちょろしている迷子さんや、壊れていないシシ垣に突っこんで身動きが取れなくなるドジっ子もいましてね……。

 そういう猪たちは捕獲ほかくされ、あとあと農民のみなさんの胃袋いぶくろに入る運命でござる。猪の肉は栄養えいようがありますからなぁ。


「みんなががんばってくれているおかげで、思ったよりも順調じゅんちょうにいっているな。……うん? あの猪たち、逆走ぎゃくそうしていないか。こ、こっちに向かって来ているぞ⁉」


 うおお⁉ 10数頭の群れが、義苗さまの本陣がある中菰野村めがけて猛スピードで走って来ましたぞ!

 どうやら、カラスたちが見逃したノーマークの猪の群れのようです!


「義苗どの、まずいぞ。このままでは中菰野村の田畑が猪の群れに踏みらされる」


 義苗さまの脳裏のうりに、赤ちゃんをあやして幸せそうに笑っている多助たすけ夫婦の顔がよぎりました。田畑を荒らされたら、あの夫婦は子供を育てられなくなるかも知れない。そうしたら……。


「そうはさせるか! 馬公子さまは本陣の守りをお願いします!」


 義苗さまはそうさけぶと、馬公子さまが「危険だ!」と止めるヒマもなく、馬に飛び乗って走り出しました。


「ものども、オレに続け! 菰野を守るんだ!」


「おおーーーっ‼」


 本陣にわずかに残っていた藩士や勢子たちは、あわてて義苗さまを追いかけます。みなさん、「われらの殿さまを守らねば!」とヤル気満々のようですな。


「やれやれ……。危機きき一髪いっぱつ! となるとものすごい勇気がわくのは、本当に織田おだ信長のぶながこうの血が受け継がれているのかも知れませんね。信長公もああやって城から飛び出し、家来たちが慌てて追いかけたらしいですから」


 南川先生は、馬に乗って疾走しっそうする義苗さまの背中せなかを見つめ、もしかしたらあの少年は自分が思っている以上の名君めいくんになるのではと考えるのでした。







 一方、松平定信さまの隠密たちはというと――。


「ククク。これだけシシ垣を破壊したのだ。今頃いまごろ、菰野藩は大混乱で大相撲どころではなくなっているだろう」


 じゃがん二郎じろうがいやらしい笑みを浮かべながらそう言うと、他の隠密たちもフフフと笑いました。


 この隠密たちの中では一番まともな疾風しっぷう一郎いちろうだけが、


「ちょっとやりすぎたんじゃないのか? これ、下手へたをすると菰野の作物が猪に全部やられて、農民たちがえ死にするぞ?」


 と、心配しています。


 隠密たちは、シシ垣を破壊しただけでなく、山に入ってウリ坊(猪の子供)をたくさん誘拐ゆうかいしたのでござる。猪たちは、子供を探すために山をおり、破壊されたシシ垣から菰野領内に侵入しんにゅうしました。だから、数十頭もの大量の猪が押し寄せてしまったのです。


くまの子供をさらって痛い目にあったのに……。嫌な予感しかしないぜ」


 疾風の一郎は、縄で体をしばられて木にくくりつけられているウリ坊たちを見つめながら、はぁ~とため息をつきました。


「邪眼の二郎。そろそろここからはなれよう。菰野藩には手強いくノ一がいる。あいつにオレたちの居場所いばしょが知られたら、大変だ」


「恐がりすぎだぞ、疾風の一郎。オレさまたちがどこにいるのかなんて、そんな簡単かんたんにわかるものか。鳥みたいに空から探さないかぎりはな。ワハハハ」


 めっちゃ油断ゆだんしている邪眼の二郎はまたもや笑いました。


 ミヤの声が空から降ってきたのは、その直後のことでござる。


「伊賀忍者を甘く見たら地獄じごくを見ますです! 上を見なさい、お馬鹿さんたち!」


「な、何だと⁉」


 隠密たちがおどろいて見上げると、空から手裏剣しゅりけんの嵐がシュバババ! と降ってきました。


「ぎ、ぎやぁぁぁ! またおしりさったぁ~!」


 紅蓮ぐれん三郎さぶろうが悲鳴を上げ、倒れました。


「くノ一ミヤ、空から颯爽さっそう見参けんざん!」


 ウワーオ! たくさんのカラスたちが両足でミヤの体を持ち上げています!


 カラスに運ばせて空中移動するとは、さすがは目立ちたがり屋!


「みんな! 上から来るぞ、気をつけろ!」


 疾風の一郎が刀をぬきながらそう言いました。


 その一秒後、閃光せんこう四郎しろうが「うぎゃぁ⁉」と悲鳴を上げて吹っ飛んだのでござる。


「必殺ハギちゃん張り手! でござる!」


 知らぬ間に、ハギちゃんや小野川関、谷川関たちお相撲さん30数人が隠密たちを包囲ほういしていました。


「う、うわわ⁉ 上空じょうくうの敵に気を取られている間にかこまれてしまった⁉ くそっ……。やみの力を封印ふういんしたオレさまの左目でもこれは見ぬけなかったぞ」


眼帯がんたいしているほうの左目で何を見ぬくというんだ。ワケワカメなことを言うな」


「よくもオレたちの大相撲を台無しにしようとしてくれたな。全員まとめて、ぶっ飛ばしてやる」


 小野川関と谷風関が怒りの形相ぎょうそうでそう怒鳴どなり、隠密たちをにらみました。


「もうこうなったら、力士たちに大ケガをさせて大相撲を中止に追いこんでやる。……わが名は疾風の一郎! いざ尋常じんじょうに勝負!」


「オレさまは闇の力を秘めし隠密・邪眼の二郎!」


「私は紅蓮の三郎!」


拙者せっしゃは閃光の四郎!」


「それがしは漆黒しっこく五郎ごろう!」


怒濤どとう六郎ろくろう!」


幻影げんえい七郎しちろう!」


深淵しんえん八郎はちろう!」


罪人つみびと九郎くろう


混沌こんとん十郎じゅうろう!」


 いくら何でも多すぎぃー! 読者のみなさんが知らない内に増殖ぞうしょくしすぎでしょ⁉ ていうか、なんでみんな中二病っぽい名前なんですか⁉


「いちいち一人ずつ名乗って、残り少ないページ数を使うな、でござる!」


「げふっ⁉」


「ぎゃぁー⁉」


 ハギちゃん怒りの連続張り手が炸裂さくれつ! 漆黒の五郎と怒濤の六郎が吹っ飛びました!


「私たちも行くぞ。うりゃりゃりゃー!」


「どすこい、どすこーい!」


 小野川関と谷風関、他の力士たちも、隠密たちを張り手でどんどん吹っ飛ばしていきます。


「ぐわぁ!」


「ひぎゃぁ!」


 ハギちゃんの張り手で飛ばされ、飛んでいった先に待ち受けていた小野川関にさらにぶっ飛ばされ、またもや反対側はんたいがわで待っていた谷風関の強烈きょうれつな張り手で地面にたたきつけられ……。


 うわぁ~……。最終さいしゅう決戦けっせんなのに、なんちゅう一方的な戦いでしょう。


「く、くそ。こうなったら、オレだけでも逃げてやる。疾風の一郎奥義おうぎ……『飛びます、飛びます、飛びまーす!』」


 疾風の一郎は、人間ばなれしたジャンプ力で空に逃げました。しかし……。


「空には私がいることを忘れたですか?」


「し、しまった!」


 シャキン! シャキン! シャキーン!


 ミヤが華麗かれいな刀さばきで疾風の一郎を切りました。


 切ったといっても、服だけですけどね。


 忍び装束しょうぞくをバラバラに切られてふんどし一丁いっちょうになった疾風の一郎は、「うわー!」と叫びながら頭から落下し、邪眼の二郎の頭とゴチーン☆とぶつかりました。


「よ~し、次は爆弾で吹っ飛ばしてやるです!」


「わー、わー、わー! おいらたちまで吹っ飛ぶからそれはダメー! でござる!」


「あっ、そうでした……」


 ミヤは相変わらず過激かげきな子ですねぇ……。


 隠密たちが完全にダウンすると、力士たちは逃げられないように彼らを縄でしばりました。


「ウリ坊を助けたでござる。この子たちをシシ垣の外に出してやったら、親の猪たちも大人しく山に帰るはず、でござる」


 ハギちゃんがそう言った直後、空中のミヤがさけびました。


「みなさん、危険だから今すぐシシ垣から離れてください! 猪たちが義苗さまに追い立てられてこっちにやって来ますです!」


 ズドドドドド‼


 10数頭の猪の群れが、ものすごいいきおいで走って来ます。力士たちは慌ててシシ垣から離れました。


 ウリ坊たちは猪の群れに向かって「キィー! キィー!」と鳴きました。


プギッ坊やたち! プギッそこにいたのか!」


キィー誘拐されたんだ! キィーそこの悪そうな人間たちに!」


フゴッ何だと⁉ プギィーーー許せーん!」


 怒り狂った猪たちは「プギギィーーーぶっ飛ばーーーす!」と鳴きながら、縄で縛られている隠密たちに猛烈もうれつなタックルをくらわせました。


 隠密たちは「ぎやぁぁぁ‼」「ふぎゃぁぁぁ‼」「やっぱり、こうなるのかよぉぉぉ‼」などと口々に悲鳴をあげ、天高く吹っ飛ばされて山のどこかへ落下していくのでした。


「子供と再会できた猪たちが山に帰って行きますです! これで一件落着いっけんらくちゃくです!」


 カラスに下ろしてもらい、義苗さまの近くに着地したミヤがニッコリと笑いました。


「それはよかったんだが……。隠密たち、また増えていなかったか?」


「気にしたら負けです。一匹いたら十匹いると思え、とよく言うじゃないですか」


 それはゴキブリの話ですよ、ミヤさん……。

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