十二の段 嘘つきの天才

 よしたねさまが菰野こものに来てから5日目。あの疾風しっぷう一郎いちろうが、ようやく菰野に到着とうちゃくしました。


「ぜぇぜぇ……。川止めのせいで、ひどい目にあったぞ。……うん? あいつらは何をやっているんだ?」


 疾風の一郎が、菰野の陣屋町じんやまちはんの陣屋を中心に発展した町のこと)を歩いていると、神社じんじゃ境内けいだいが何やらさわがしい様子。

 何だろうと思って行ってみたところ、朝市あさいちが開かれていました。人々がなごやかな雰囲気ふんいきで野菜などの食べ物や衣類いるい生活せいかつ用品ようひんを売り買いしています。


「ふぅ~ん。こんな小さな藩でも市場いちばがあるんだな」


 ちょっと! それはさすがに失礼でしょう! 市場ぐらいはありますよ!


 ここは市場の神様がおまつりされている庄部しょうべ神社。六斎市ろくさいいちといって、月に6日、この神社の境内で定期ていきいちが開かれるのでござる。


「む? あんなところに土俵どひょうがあるぞ。しかも、土俵の上に屋根やねつくろうとしている。ははぁ~ん、さてはこの神社で大相撲おおずもうをやるんだな」


 疾風の一郎は、境内で土俵の屋根の建設作業けんせつさぎょうをしている大工さんたちを見ながら、ニヤリと笑いました。


 うわっ、これは悪いことを考えている顔でござるぞ?


「フフフ。あんな土俵、使えなくしてやるぜ」







 そのころ、義苗さまはというと――。


「では、今から大相撲菰野場所について話し合いたいと思う」


 菰野陣屋の広間ひろまで、家来けらいたちと朝の会議をやっていました。


 会議に出席しているのは、伯父上おじうえの馬公子さま、家庭教師かていきょうし南川みなみかわ先生、用人ようにんのドラぽん、近習きんじゅうのウサ耳ピョンピョン左衛門ざえもん、お相撲さんのハギちゃんでござる。


 え? ミヤですか? そーいえば、どこに行ったのでしょう。姿すがたが見えませんねぇ。


「大相撲の開催かいさいの時期は、今月末。ご隠居さまがいきなり決めたので、あまり時間がない。なるべくたくさんの見物客けんぶつきゃくが集まるように、宣伝せんでん活動かつどうをがんばってくれ」


 馬公子さまがそう言うと、ハギちゃんが「それは、おいらにおまかせください、でござる。伊勢いせ国中くにじゅうを歩き回り、宣伝しています、でござる」と意気いきごみました。


たよりにしているぞ、ハギちゃん。どうせやるのなら、おおぜいの観光客かんこうきゃくを菰野にまねきたい。たくさんの借金をして大相撲を開催するんだからな」


 菰野藩は借金まみれです。それなのに、ご隠居の雄年さまのわがままで大相撲を菰野で開くことになりました。もちろん、たくさんのお金がかかり、菰野藩は先月に400両の借金をしたばかりです(その借金には、ご隠居さまの遊ぶ金もふくまれていますが……)。


「お客さんが来て菰野の町が多少うるおっても、大赤字おおあかじになるのは決定的だぁ~! うわぁ~ん、胃がいたーい!」


 胃に激痛げきつうが走り、ドラぽんはのたうち回りました。


 その横では、ピョンピョン左衛門がボーっとしています。むずかしい話が苦手なピョンピョン左衛門は、話に入っていけないのでござる。きっと、頭の中もピョンピョンしているのでしょう。


「と……とにかく! ご隠居さまの無茶むちゃぶりにり回されてばかりではくやしい! もう中止なんてできないんだし、できるだけ大相撲がり上がるようにがんばろう!」


 みんなの間に広がるどよ~んとした空気を吹き飛ばすため、義苗さまはわざとテンション高めでそう言い、みんなをはげましました。


 義苗さま、馬公子さまと領地の見回りをした日以来、ちょっとだけ成長したみたいですな。木々が生いしげる山になろうと、がんばっているのでしょう。


「義苗どのの言う通りだ。借金なんかに負けず、がんばろう」


「殿さまのその前向きな考え、花まるです!」


「そ、それがしもがんばります! ……でも、胃が痛いです」


「えいえいおー、でござる!」


「うおおおーーーっ‼ この宇佐美うさみ彦左衛門ひこざえもん、命がけでがんばります‼」


 ピョンピョン左衛門が相変わらずうるさい!

 さっきまでボーっとしていたくせに、難しい話が終わったとたん、急に元気を出さないでくだされ!


「殿さま、一大事いちだいじですぅ~!」


 会議に顔を出していなかったミヤが、ピューン! と一陣いちじんの風とともに突然とつぜんあらわれ、義苗さまの前でひざまずきました。


「どうした、ミヤ。もしかして、まつだいら定信さだのぶさまの隠密おんみつが何かしかけてきたのか?」


「はい! あやしいヤツが建設中けんせつちゅうだった土俵の屋根を燃やそうとしましたです!」


「ええっ⁉ こんな白昼はくちゅう堂々どうどうと⁉ 普通、だれもいない夜とかにやらないか⁉」


 たぶん、「どんな仕事も疾風のごとく終わらせなきゃ死んじゃう病気」にかかっているあの男のことなので、夜になるまで待てなかったのでしょうなぁ~。アホですな。


「神社の森にかくれて、火矢をはなってきました。火矢は屋根のはしらさりましたが、さいわい、そばにいた大工さんたちがすぐに消火したので大事おおごとにはならなかったです。

 隠密が町で悪さをしていないか探していたわたしは、さわぎを聞きつけて、その隠密を追いかけたのですが……思ったよりも足が速くて見失ってしまいましたです。もうしわけありません」


「いい、気にするな。よく報告ほうこくしてくれたな。それで、そいつは例のじゃがん二郎じろうだったか?」


「いいえ。顔をチラリと見ましたが、眼帯がんたいをしていませんでしたです。菰野の領内には複数ふくすうの隠密がひそんでいるとお考えくださいです。数日前に陣屋に潜入せんにゅうしようとして、私が追いはらった小太りの隠密も、邪眼の二郎や今回の隠密とは別人でしたから」


「ええ~。そんなに隠密がうじゃうじゃいるのかよ……」


 義苗さまがまゆをしかめると、南川先生が「殿さま。とりあえず、現場に行ってみましょう」と言いました。


「そうだな。現場にいた民たちがケガをしていないかも心配だし、行ってみよう!」


 義苗さまと家臣団かしんだんは陣屋を飛び出し、庄部神社へと急ぐのでした。







「みんな! 誰もケガはしていないか⁉」


 義苗さまたちが庄部神社にけつけると、菰野の民たちは、


「ああ! 若殿さまじゃ!」


織田おだ信長のぶながこう再来さいらいぃぃぃ‼」


「義苗さま、バンザーイ! 信長公の生まれ変わり、バンザーイ!」


 と、拍手はくしゅ喝采かっさいで義苗さまをむかえました。


 この数日、馬公子さまが領地の見回りに出かけるたびについていった義苗さまは、すっかり菰野の民たちに顔を知られ、人気者になっていました。


 有名な戦国武将の生まれ変わりといううわさが一人歩きして、何だかすごいことになっていますなぁ~。


「い、今は信長公のことはいいから、ケガをした者がいたら手をあげるんだ」


「誰もケガはしとらんけど、大工たちが『せっかくがんばって建てた屋根の柱がちょっとげてしまった』とがっかりしています」


「神さまにささげるための大相撲やのに、こんなばち当たりなことをするヤツがおるなんて……。神さまが怒って菰野に天罰てんばつくだったら、ワシらがこまるやん」


 どうやら、菰野の民たちは、神聖しんせいな土俵の屋根を燃やそうとした者があらわれたことに、大きな不安を抱いているようですな。


 この時代、お祭りの神事しんじとして相撲はおこなわれていました。春には「作物がとれますように」と神さまにいのり、秋には「無事に作物さくもつ収穫しゅうかくでました。ありがとうございます」と感謝かんしゃをするために、お祭りの日に相撲をやっている地域がたくさんあったのです。


 だから、神さまのためにおこなう相撲の土俵をけがそうとするなんて、神さまの顔にツバをきかけるのと同じです。菰野のみなさんが天罰を恐れるのは当たり前ですな。


「心配するな。土俵を汚そうとしたのは、菰野の人間ではない。だから、おまえたちには絶対ぜったいに天罰は下らない」


 馬公子さまがそう言ってなだめると、みんなはちょっとだけホッとした顔になりました。


「でも、楽しみにしとった大相撲の土俵を汚そうとしたヤツは許せやん。殿さま、何とかして犯人はんにんをこらしめる方法はないやろか?」


「え? おまえたち、大相撲が楽しみなのか? これ、ご隠居さまのわがままで始まったことだぞ?」


 義苗さまは、目を丸めておどろきました。てっきり、ご隠居さまのわがままにり回されて、菰野の民たちは大相撲にうんざりしているものだと思っていたのです。


「ご隠居さまのわがままにはワシらも正直うんざりしとるけど、みんな相撲は大好きなんです」


「お祭りの日の相撲が、ワシらの数少ない娯楽ごらくやからなぁ」


「江戸で大人気の力士たちに会える機会きかいなんて一生に一度かも知れへんし、おかしなヤツに妨害ぼうがいされて大相撲が中止になったら嫌やわぁ~」


(そっか。そうだよな。オレだって相撲は好きだもん。みんなだって、どうせやるのなら大相撲を思いきり楽しみたいよな。みんなが楽しみにしているのなら、殿さまのオレが大相撲を成功させなくちゃ)


 いつも汗水たらして働いている菰野のみんなを笑顔にするためにも、大相撲を妨害ぼうがいしようとする隠密をやっつけなければ。義苗さまはそう強く決心するのでした。


「よし、わかった。みんなのためにも、土俵を汚そうとしたヤツをこてんぱんにやっつけてやる。わなを作って、そいつをつかまえよう」


「罠作りなら、優秀で可愛いミヤちゃんにおまかせくださいです!」


 ミヤが両手をバンザイさせながら、名乗り出ました。


「いちおう言っとくが、ド派手はでにやろうとして爆弾ばくだんを使うなよ? さすがに、爆殺ばくさつしちゃうのはマズイから」


「そ、そそそんなこと、わかっていますです。いくら目立ちたがり屋の私でも、そんな恐ろしいことはしないです! 火薬かやくを少なくしたら死にはしないだろうとか考えていなかったです!」


 ミヤ、目が泳いでいます。めっちゃ怪しいですな……。


「罠作りはミヤどのにまかせるとして、誰がその隠密を罠がある場所までおびきよせるかが問題ですね」


 いつだって冷静な南川先生が、義苗さまに言いました。


「それなら、嘘重うそしげにやらせてみたらええに」


 ある村人がそう言い、義苗さまは「嘘重? 変わった名前だな。誰だ?」と聞きました。


「嘘重は、うちの村に住んでいる子供のあだ名です。本当の名前は重蔵しげぞうというんやけど、これがまたとんでもないうその名人で、大人たちも嘘重に何度もだまされていまして」


「へぇ~、面白そうな子だな」


「今からひとっ走りして嘘重を連れて来るので、待っとってください」


 村人は、しばらくして、10歳(今の8~9歳)ぐらいの男の子を連れて来ました。


 嘘重くん、鼻水をたらしてニコニコ笑っています。何だかぼんやりとした顔をしていますが、こんなアホっぽ……げふん、げふん、おっとりとした感じの子供が嘘なんてつけるのでしょうか。


「おまえは嘘つきの名人だという話だが、本当か?」


「本当だよ、殿さま。おいら、嘘つき天下一武闘会てんかいちぶとうかいで3回も優勝しとるんやに」


「嘘つき天下一武闘会? そんな大会があるのか。知らなかったぞ」


「けっこう有名な大会やんか。大昔におこなわれた第一回の決勝戦では、宮本みやもと胸毛濃むなげこい佐々木ささき小皺多こじわおおいが対決して、今でも語りつがれる嘘の名勝負やったらしいよ」


宮本みやもと武蔵むさし佐々木ささき小次郎こじろうなら聞いたことあるけれど、その二人の名前は初耳だなぁ」


 義苗さま、だまされてます! だまされてます!


 う、う~む。見た目がおっとりとしている子供が可愛らしい口調くちょうで話すものだから、ついつい嘘を信じてしまうみたいですな。


「この子の嘘はなかなか見事みごとですぞ。嘘重に、罠がある場所まで敵をおびきよせてもらいましょう」


 ドラぽんも感心してそう言うと、義苗さまは「え? さっきの嘘だったの?」とようやく気づきました。


「じゃあ、早速、罠作りに取りかかりますです」


「ま、待ってくれ‼ オレにも何か手伝わせてくれ‼ 初登場からあまり活躍できていないから、そろそろ活躍したいんだ‼」


「ピョンピョン左衛門さん。手伝わせてあげるから、ツバをペッペッと飛ばしながらさけばないでくださいです」


「す、すまん‼」


「あなたは地元の人だから、マムシやヒルがたくさんいる場所を知っていますよね? 落とし穴の中に入れたいから、探して来てくださいです」


「お安いご用だ‼ マムシだったら、この間、陣屋の近くの森で見かけた‼ ヒルは、鹿しかがたくさんいる場所に行けば手に入る‼ あいつらは鹿のひづめ寄生きせいして移動いどうするからな‼」


 ピョンピョン左衛門は得意とくいげに言いました。


 義苗さまは耳を両手でふさぎ、


(いちいち大声を出さないとしゃべれないのかなぁ、こいつ……)


 と、あきれているのでした。

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