十一の段 山高きがゆえに貴からず
「あまり人がいないな。みんなどこに行ったんだ?」
「今の時間は、みんな田畑で働いている
(江戸の屋敷で食っちゃ寝していたオレとはおおちがいだな……)
義苗さまがそんなことを考えていると、
庄屋とは、
中菰野村の庄屋は、
「忠治、
「これは馬公子さん。よくぞおいでくださいました。……おや? そちらのお子さんは馬公子さまにどことなく
忠治がたずねると、馬公子さまは「そりゃあ、オレの
「甥っ子? も……もしかして、わ、若殿さまですか⁉」
「そうだ。菰野の領地がどんなところか見せてやりたくて、江戸からこっそり連れてきた」
(そんなあっさりと教えちゃって
義苗さまはあせりましたが、どうやらそんな心配はいらないみたいですぞ?
「若殿さまぁぁぁ! お会いしとうございましたぁぁぁ!」
庄屋の忠治はぶわっと
「うわわ! な、何だ⁉ 何でそんなに喜んでいるんだ⁉」
「江戸の若殿さまの
「ちょ、ちょっと待て! 信長公の顔なんて、
「
(ど、どうしよう。最初からこんなにも
義苗さまは助けを求めようと馬公子さまを見ましたが、馬公子さまは横を向いて
(さては、オレの
でも、ご
「忠治、そろそろ義苗どのをはなしてやりなさい」
「あっ、これはとんだご無礼を。取り乱してしまい、もうしわけありません」
「ところで、
「多助とお米でしたら、ついさっきわが家を訪ねて来たばかりです。今、
義苗さまたちが忠治の部屋に行くと、20代半ばぐらいの若い夫婦がいました。奥さんのお米は可愛い赤ちゃんを抱いています。
馬公子さまはお米の赤ちゃんを見るとホッとため息をつき、「ちゃんと生まれたか。子を育てていく決心がついたのだな」と言いました。
「はい。おかげさまで、妻と力を合わせてこの子を育てていく決心がつきました。本当、馬公子さんのおかげやわ。ありがとうございます」
多助がそう答えると、義苗さまは「いったい何の話をしているんだ?」と忠治に聞きました。子供の話でなぜこんなにも
「ここ数年ほど米の
「間引きって
「生まれてきた子供を殺すことです」
「ええ⁉ そ、そんな……ひどい!」
義苗さまはショックのあまり大声を出しました。馬公子さまは悲しそうな顔で、
「
と言い、義苗さまの
「しかし、馬公子さんが、菰野の村々で子供を間引く親が
江戸時代は
だから、作物がとれなくて人々が苦しむ
しかし、菰野藩は年貢のとりたてがあまり
きっと、馬公子さまや
「おいらの家には親の代からの
多助は、わが子の
「本当にありがとうございます、馬公子さん」
お米が涙を流しながらお礼を言うと、馬公子さまは「やめてくれ」と言いながら手を
「菰野藩が
義苗さまは、馬公子さまと多助夫婦の会話をぼうぜんと聞いていました。
(生まれてきた命を泣きながら殺さなければならない人間がいたなんて……。そんな菰野の民たちの
何も考えずにぼんやりと生きてきた自分よりも、
義苗さまはそう思い、目の前が真っ暗になるのでした。
中菰野村を後にした義苗さまご一行は、その後も菰野の村々を見回りました。
馬公子さまは、農作業中にケガをした農夫、動物に田畑を
義苗さまが一番おどろいたのは、お百姓さんたちが
人々は、わずかな米に
(オレは彼らのおかげでおいしい白米を食べることができていたんだ。白米を食べずに汗水たらして田畑を
おやおや。義苗さま、すっかり自信をなくしてしまいましたね。そんなネガティブ
「義苗どの。ここらへんでちょっと休もう」
義苗さまがどんよりとした気持ちになっていると、馬公子さまがそう言い、近くにあった石に
「え? オレは別に
「殿さま、ちょっとお顔が青いです。休んだほうがいいと思いますです」
「平気だよ。民たちが大変な思いをして働いているのに、これぐらいで疲れたとか言ったらバチがあたる」
本当は一日中歩き回ってくたくただった義苗さまでしたが、
自分がいかに甘ったれだったか
「ワシは疲れたから休もうと言っているわけではないよ。ほら、あそこを見なさい」
馬公子さまが
「彼らは
馬公子さまのその言葉を聞いた義苗さまは、
そんな民たちを気づかうような
この人こそが、父上・
「馬公子さま!」
義苗さまは、石に腰かけている馬公子さまの前で手をつき、ひざまずきました。ミヤが「わ、わ、わ⁉ 殿さま、どうしちゃったですか⁉」とおどろいています。
「オレみたいなダメダメな殿さまじゃ、菰野の人々を幸せになんてできない。オレは今すぐ殿さまをやめるから、馬公子さまが
「殿さま、何てことを言うのですか!」
ミヤが怒ったように言いましたが、義苗さまは本気のようです。
ち、ちょっと待ってください! 『オレは殿さま!』というタイトルなのに主人公が殿さまをやめちゃったら
「義苗どの。それは無理な話さ。義苗どのがその若さで隠居して、ワシが殿さまになるには、ワシが義苗どのの
「あっ……」
たしかに、13歳の義苗さまが義理のお父さんで、親子ほど年が
先代藩主・
そして、雄貞さまよりも年下で他に家を
「義苗どのは菰野藩の大名になる運命だった。その運命から逃げようとするのは、武士ではないぞ」
「で、でも、オレは立派な殿さまになんかなれそうにありません」
「なれるさ。人間、努力してできないことなんてない。どんな
馬公子さまは、夕日をのみこもうとしている山々をながめながら、義苗さまをはげましました。
菰野の西には
「オレはちっぽけな人間です。あの山々のように高くそびえて立派な、かっこいい男にはなれません」
義苗さまがすっかりネガティブになってそう言うと、馬公子さまは首を
「山は高いから
「…………?」
義苗さまにはその言葉の意味がわからず、首をかしげましたが、馬公子さまは「
義苗さまは、陣屋に帰るまでの間、馬公子さまの言葉の意味を必死に考えましたが、
「『山高きがゆえに
という答えが返ってきて、義苗さまは「え? え? どーいう意味?」と
「山はただ高いから
どんなに山が高くそびえていても、そこに木がなかったら山の生き物たちは生きていけないし、人間も木の実などをとることができません。だから、はげ山をありがたがる人なんていません」
「ああ、たしかにそうだ」
「それと同じように、人間もどれだけ見た目が立派でも、
それゆえ、人間は見かけだけで
南川先生の話を聞いているうちに、義苗さまは馬公子さまに
――義苗どの。自分をかっこよく見せることが、武士の仕事ではないぞ?
ご隠居さまの
それに対して、馬公子さまは民を幸せにしようと必死にがんばり、鞍のない馬に乗って村々を見回っています。農民たちも
そんな馬公子さまや菰野の民たちこそが、尊い
「見た目だけかっこつけていても、本当はぜんぜんかっこよくない……そういうことか?」
「そうです。そのことに気づいてほしくて、馬公子さまは殿さまを領地の見回りに連れて行ったのですよ。
それなのに、ぜーんぜんそのことに気づかなくて、
南川先生はそう言うと、本当に
「う、う、う……。そうだった。昨日、菰野で
「誰だって、最初は
殿さまの夢は、お父上と約束した『人を愛し、人に愛される、立派な殿さまになる』ことでしょう? 私たち家来やくノ一のミヤどのが必死に殿さまを
「わかった。立派な殿さまに……木々が生い
ホッ……。義苗さま、何とか元気を取りもどしてくれたみたいです。これでひと安心。
庭の木の上から義苗さまを見守っていたミヤも、「殿さまが笑ってます! よかったですぅ~!」と喜んでいます。
……というか、ミヤはどうして木の上にいるのでしょうか? しかも、忍び
おーい、ミヤ。何か変わったことがありましたか?
「ちょっと静かにするです。陣屋に
シュババババ!
ミヤは、目にも止まらなぬ
「無事、追いはらったです。どうやら、
むむむ! それは
次回もお楽しみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます