九の段 菰野藩の愉快な仲間たち
「菰野の城までは、あとどれぐらいだ?」
義苗さまが、
「ん? オレ、何かおかしなことを言ったか?」
「殿さま。さっきも『おや?』と思ったのですが、殿さまはもしかして菰野に城があると思っているのですか?」
「何を言っているんだ、
そりゃ、どでかい城があるとは思ってないさ。
もう百万石の殿さまだなんていうかんちがいはしていないから、それぐらいの現実は受け入れられるよ」
「ご
「え? それはどういう……」
「ほら、菰野の『城』が見えてきました」
南川先生が
「え? え? なんか……想像の十倍ぐらいぼろいんだけど」
「はい、ぼろいですね」
「天守閣どころか、櫓もないんだけど」
「はい、ないですね」
「忍者とかが忍びこまないように、どうやって見張っているの?」
「忍者どころか、
とても
「ほ、堀すらないぞ⁉ ダメじゃん! 殿さまが住む場所なのに、
「まあ、キツネ一匹に
「もしかして…………これ、城じゃない?」
「ピンポーン♪ 菰野藩に城はありません♪」
「のえええーーーっ⁉ 城すらないんかーーーい‼」
どってーん! と、義苗さまはひっくり返ってしまうのでした……。
そもそも、三万石以下の大名はお城を持っていないのが普通なのです。城のかわりに、「
そういう城持ちではない殿さまのことを「陣屋大名」とか「
無城なだけに、ああ
「何やらくだらないダジャレが聞こえたような気がしますが、物語の語り手さんの言う通り、菰野藩は無城大名なのです」
「ああ。本当にものすごくくだらないダジャレだったが、
う、うう……。ちょっと言ってみただけなのに……。
……気を取り直して、話を進めましょう。
義苗さまたちは、菰野城……ではなく菰野陣屋に入り、
広間から見える庭には畑があって、
「若殿さま、よくぞご無事で……。若殿さまが菰野に来てくださる日をずっと待っておりました。それがしは、菰野藩の
義苗さまたちを屋敷の
何やら、義苗さまが菰野に来ることをあらかじめ知っていたような口ぶりですな。
「うん、よろしく。……ところで、用人ってどんな
「殿さまのおそばにいて、
まあ、つまり、今風に言うと、
「そんな
「それが……。殿さまが7歳の
「で、菰野に逃げて来たんだな?」
「はい……。もうしわけありません。……いたた、実は今でも
中間管理職はいつの時代でも、上からの無茶な命令と部下たちの
「こちらの宇佐美彦左衛門は、ついこの間、
「宇佐美彦左衛門です‼ よろしくお願いします‼」
うわっ! 声がめっちゃでかいでござる! 耳がキーンってなる!
南川先生も、
ちなみに、近習とは、朝から晩まで殿さまにぴったりとついていて、
「この宇佐美彦左衛門‼ この命にかえて‼ お殿さまをお守りします‼」
「わかった。わかったから、もう少し声をおさえて話してくれ……」
すっごく
「おいらも、菰野藩の
萩右衛門はお
義苗さまは、江戸の屋敷ではご隠居さまのせいで家来の
義苗さまも
でも、ミヤは何だか不満そうな顔をしていますね。台所でおにぎりを食べさせてもらって元気になったはずなのに、どうしたのでしょうか。
「竜崎半右衛門……宇佐美彦左衛門……伊勢ケ浜萩右衛門……。名前が
ミヤは、プンスカ怒りながらそう言いました。
名前が覚えにくいとクレームをつけられた三人は「そんなことを言われても……」と言いたげな顔で
でも、この時代の人の名前はだいたいこんな感じですからねぇ……。
「私が覚えやすいあだ名をつけてあげますです。そこのうさ何とかさん」
「オレの名前は宇佐美ひこざ……」
「あなたは、今日からウサ耳ピョンピョン
「う……ウサ耳ピョンピョン左衛門⁉ 名前が
「でかい声でわめかないでくださいです。名前が可愛くなった分、覚えやすくなったので、それでいいのです」
「そ、そんなぁ~‼」
がっくりと肩を落とすピョンピョン左衛門。
「そして、そこのお相撲さん。あなたは名前が萩右衛門だから、あだ名はハギちゃんです」
「は、ハギちゃん⁉ ウサ耳ピョンピョン左衛門みたいな
「恥ずかしいあだ名で悪かったなぁ‼ うわぁぁぁん‼」
ピョンピョン左衛門、うるさいから泣き声をもっとおさえてくだされ……。
「最後に、タヌキ顔のあなたは……」
「ま、待ってくれ! あだ名をつけるのなら、せめてカッコイイあだ名にしてくれ! 恥ずかしくて家から一歩も出られなくなるようなあだ名は
ミヤのひどいネーミングセンスを
「いいですよ。私は優秀で可愛いくノ一なので、オランダ語をちょっとだけ知っていますです。だから、あなたには
忍者がなんで外国語を知っているのでしょうか……。
「竜のことをオランダ語ではドラークと言うらしいです。あなたの名前は竜崎半右衛門だから……ドラ
その名前は、いろいろとマズイ‼
未来からやって来たネコ
えらい人に怒られちゃいますぞ⁉
「何がマズイのかはわかりませんが、物語の語り手がぎゃあぎゃあとうるさいので、ちょっと変えるです。……あなたのあだ名は、今日からドラぽんです」
「ぜんぜんかっこよくない……! うぐぐ、また胃が痛くなってきた……」
こうして、中間管理職のドラぽん、ボディーガードのウサ耳ピョンピョン左衛門、お相撲さんのハギちゃんが義苗さまの仲間に加わったのでした……。
「はっはっはっ。なかなか面白いあだ名ではないか」
さっきから義苗さまたちの会話を庭で聞いていた農夫が、
その30代後半ぐらいに見える農夫は、顔が土で
「ぜ、ぜんぜん面白くありませんよ、
ドラぽんが涙目になってそう
馬公子さまと呼ばれた農夫はクスクス笑いながら、頭に巻いていた手ぬぐいで汚れた足をふき、
(え⁉ 汚れたかっこうをした農夫が大名の屋敷に勝手に上がって来たのに、誰も
義苗さまはビックリしましたが、さらにおどろいたことに、
「こんな可愛い娘っ子にあだ名をつけてもらったのだから、もっと喜べ。わはははは」
農夫はそんなことを言いながら、義苗さまのすぐ横にどさっと座り、あぐらをかいたのです。
「おまえ……だ、誰?」
義苗さまは、恐るおそるたずねました。農夫があまりにも堂々としているので、殿さまである義苗さまのほうが
「ワシか? ワシはみんなから馬公子と呼ばれておる者だ」
「馬公子? 少し前に、ハギちゃんからそんな名前を聞いたような……」
「まあ、本当の名前は
「え? オレと同じ
「おやおや。ワシのこと、ご隠居さまからは何も聞いていないのかね」
「あっ……。そ、そういえば、まだ子供のオレのかわりに菰野藩の領地を
「ああ、そうだよ。ワシが菰野の領地を管理している義法だ。そして、ワシは義苗どのの
「え? えええーーーっ⁉」
ご隠居の
江戸の屋敷にひきこもって、なーんにも知らなかった若殿さま。これから、この菰野の領地で色んなことを知り、学んでいくことになります。
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