九の段 菰野藩の愉快な仲間たち

 菰野こもの藩士はんし宇佐美うさみ彦左衛門ひこざえもん、菰野藩おかかえ力士の伊勢ケ浜いせがはま萩右衛門はぎえもんと合流した義苗よしたねさまご一行は、とうとう菰野藩の領内りょうないに入りました。


「菰野の城までは、あとどれぐらいだ?」


 義苗さまが、松並木まつなみきの道を歩きながら彦左衛門と萩右衛門にそうたずねると、二人は「え? お城?」と言って不思議ふしぎそうに顔を見合わせました。


「ん? オレ、何かおかしなことを言ったか?」


「殿さま。さっきも『おや?』と思ったのですが、殿さまはもしかして菰野に城があると思っているのですか?」


「何を言っているんだ、南川みなみかわ先生。いくら小さな大名家でも、お城ぐらいはあるだろ?

 そりゃ、どでかい城があるとは思ってないさ。天守閣てんしゅかくはものすごく小さくて、城壁じょうへきもボロボロ、あとはせいぜい見張みはようやぐらや城を守るためのほりがあるぐらいなんだろ?

 もう百万石の殿さまだなんていうかんちがいはしていないから、それぐらいの現実は受け入れられるよ」


「ご隠居いんきょさまは、本当に何も殿さまに教えていなかったのですね……。残念ざんねんながら、現実はもっときびしいですよ?」


「え? それはどういう……」


「ほら、菰野の『城』が見えてきました」


 南川先生が指差ゆびさした先を見てみると、そこにあったのは……。


「え? え? なんか……想像の十倍ぐらいぼろいんだけど」


「はい、ぼろいですね」


「天守閣どころか、櫓もないんだけど」


「はい、ないですね」


「忍者とかが忍びこまないように、どうやって見張っているの?」


「忍者どころか、野生動物やせいどうぶつ侵入しんにゅうも許しちゃっていますので」


 とても粗末そまつなつくりでコケだらけの土塀どべいを見ると、くずれた塀のすきまからキツネが出て来ました。口には魚をくわえています。たぶん、菰野の「城」の台所からぬすんで来たのでしょう。


 普通ふつう、城のまわりには堀があるので、動物が簡単かんたんに出入りすることはできません。しかし、菰野の「城」には……。


「ほ、堀すらないぞ⁉ ダメじゃん! 殿さまが住む場所なのに、防御力ぼうぎょりょく皆無かいむじゃん!」


「まあ、キツネ一匹に攻略こうりゃくされてしまうぐらいなので、防御力はバッテンですね」


「もしかして…………これ、城じゃない?」


「ピンポーン♪ 菰野藩に城はありません♪」


「のえええーーーっ⁉ 城すらないんかーーーい‼」


 どってーん! と、義苗さまはひっくり返ってしまうのでした……。







 そもそも、三万石以下の大名はお城を持っていないのが普通なのです。城のかわりに、「陣屋じんや」と呼ばれる屋敷を持っていました。


 そういう城持ちではない殿さまのことを「陣屋大名」とか「無城むじょう大名」と言うのです。つまり、義苗さまは無城大名……。悲しい言葉のひびきですなぁ~。


 無城なだけに、ああ無情むじょう! なんちって……。


「何やらくだらないダジャレが聞こえたような気がしますが、物語の語り手さんの言う通り、菰野藩は無城大名なのです」


「ああ。本当にものすごくくだらないダジャレだったが、解説かいせつはよくわかった」


 う、うう……。ちょっと言ってみただけなのに……。


 ……気を取り直して、話を進めましょう。


 義苗さまたちは、菰野城……ではなく菰野陣屋に入り、広間ひろまに集まっていました。ここは殿さまと家来たちが会議をするための広間なのですが、それほど広くはありません。なにせ、小さな大名家の屋敷ですからねぇ……。


 広間から見える庭には畑があって、農夫のうふらしき男がせっせと野菜をとっています。今夜の義苗さまたちのおかずをとっているのでしょうか。


「若殿さま、よくぞご無事で……。若殿さまが菰野に来てくださる日をずっと待っておりました。それがしは、菰野藩の用人ようにん竜崎りゅうざき半右衛門はんえもんです。何なりとご命令くだされ」


 義苗さまたちを屋敷の門前もんぜん出迎でむかえた30代半ばぐらいのタヌキ顔の男が、うやうやしくそうあいさつをしました。


 何やら、義苗さまが菰野に来ることをあらかじめ知っていたような口ぶりですな。


「うん、よろしく。……ところで、用人ってどんな役職やくしょくなんだ?」


「殿さまのおそばにいて、事務じむの仕事をします。あと、殿さまのご命令を他の家来たちに伝え、逆に家来たちの意見いけん提案ていあんを殿さまに伝える連絡役れんらくやくの仕事もしています」


 まあ、つまり、今風に言うと、中間ちゅうかん管理かんりしょくですな。


「そんな重要じゅうような役職のおまえが、どうして今までオレのそばにいなかったんだ?」


「それが……。殿さまが7歳のころまでは江戸の屋敷にいたのですが、ご隠居いんきょさまが、『屋敷でゾウを飼いたい!』とか『ひまだから、家来たちに三日三晩はだかおどれと伝えろ!』などと無茶むちゃぶりばかりしてくるので、胃に穴が開きそうになりまして……」


「で、菰野に逃げて来たんだな?」


「はい……。もうしわけありません。……いたた、実は今でも胃痛いつうが治らないのです」


 中間管理職はいつの時代でも、上からの無茶な命令と部下たちの不平ふへい不満ふまんいたばさみになってしまうつら~い立場のようです。


「こちらの宇佐美彦左衛門は、ついこの間、元服げんぷく成人せいじん儀式ぎしき)をしたばかりの15歳(今の13~14歳)です。殿さまの近習きんじゅうとしておそばに置きますので、お役立てください」


「宇佐美彦左衛門です‼ よろしくお願いします‼」


 うわっ! 声がめっちゃでかいでござる! 耳がキーンってなる!


 南川先生も、まゆをしかめて耳をふさいでいます。


 ちなみに、近習とは、朝から晩まで殿さまにぴったりとついていて、日常にちじょう生活せいかつのお世話やボディーガードの役割やくわりたす家来けらいのことでござる。


「この宇佐美彦左衛門‼ この命にかえて‼ お殿さまをお守りします‼」


「わかった。わかったから、もう少し声をおさえて話してくれ……」


 すっごく騒々そうぞうしい少年がボディーガードになっちゃいましたねぇ……。おはようからおやすみまで騒音そうおんなみの大声を聞いているのはつらいかも!


「おいらも、菰野藩のさむらいの一員としてお殿さまを守ります、でござる」


 萩右衛門はお相撲すもうさんですからね。その自慢じまん怪力かいりきは、たのもしい戦力になるでしょうな。


 義苗さまは、江戸の屋敷ではご隠居さまのせいで家来のだれにもかまってもらえず、ずっと一人ぼっちでした。それが、こんなにもたくさんの仲間が菰野で待っていて、義苗さまを歓迎かんげいしてくれたのです。菰野にやって来てよかったですなぁ、義苗さま。


 義苗さまもうれしいのか、顔をほころばせていらっしゃるご様子ようす


 でも、ミヤは何だか不満そうな顔をしていますね。台所でおにぎりを食べさせてもらって元気になったはずなのに、どうしたのでしょうか。


「竜崎半右衛門……宇佐美彦左衛門……伊勢ケ浜萩右衛門……。名前が無駄むだに長い! たような名前ばっかり! とってもおぼえにくいです! 名前が2文字のわたし見習みならってくださいです!」


 ミヤは、プンスカ怒りながらそう言いました。


 名前が覚えにくいとクレームをつけられた三人は「そんなことを言われても……」と言いたげな顔でこまっています。


 でも、この時代の人の名前はだいたいこんな感じですからねぇ……。


「私が覚えやすいあだ名をつけてあげますです。そこのうさ何とかさん」


「オレの名前は宇佐美ひこざ……」


「あなたは、今日からウサ耳ピョンピョン衛門えもんです」


「う……ウサ耳ピョンピョン左衛門⁉ 名前が余計よけいに長くなっているぞ‼」


「でかい声でわめかないでくださいです。名前が可愛くなった分、覚えやすくなったので、それでいいのです」


「そ、そんなぁ~‼」


 がっくりと肩を落とすピョンピョン左衛門。


「そして、そこのお相撲さん。あなたは名前が萩右衛門だから、あだ名はハギちゃんです」


「は、ハギちゃん⁉ ウサ耳ピョンピョン左衛門みたいなずかしいあだ名よりはマシか……でござる」


「恥ずかしいあだ名で悪かったなぁ‼ うわぁぁぁん‼」


 ピョンピョン左衛門、うるさいから泣き声をもっとおさえてくだされ……。


「最後に、タヌキ顔のあなたは……」


「ま、待ってくれ! あだ名をつけるのなら、せめてカッコイイあだ名にしてくれ! 恥ずかしくて家から一歩も出られなくなるようなあだ名はいやだ!」


 ミヤのひどいネーミングセンスを警戒けいかいした竜崎半右衛門が、あわててそう言いました。ミヤは「カッコイイ名前ですか?」と首をかしげます。


「いいですよ。私は優秀で可愛いくノ一なので、オランダ語をちょっとだけ知っていますです。だから、あなたには異国語いこくごを使ったカッコイイ名前をつけてあげますです」


 忍者がなんで外国語を知っているのでしょうか……。


「竜のことをオランダ語ではドラークと言うらしいです。あなたの名前は竜崎半右衛門だから……ドラ右衛門えもんというのはどうですか?」


 その名前は、いろいろとマズイ‼

 未来からやって来たネコがたロボットじゃないんだから、やめるでござる‼

 えらい人に怒られちゃいますぞ⁉


「何がマズイのかはわかりませんが、物語の語り手がぎゃあぎゃあとうるさいので、ちょっと変えるです。……あなたのあだ名は、今日からドラぽんです」


「ぜんぜんかっこよくない……! うぐぐ、また胃が痛くなってきた……」


 こうして、中間管理職のドラぽん、ボディーガードのウサ耳ピョンピョン左衛門、お相撲さんのハギちゃんが義苗さまの仲間に加わったのでした……。







「はっはっはっ。なかなか面白いあだ名ではないか」


 さっきから義苗さまたちの会話を庭で聞いていた農夫が、収穫しゅうかくした野菜を縁側えんがわにどさりと置き、大笑いしました。


 その30代後半ぐらいに見える農夫は、顔が土でよごれていて、庶民しょみん普段ふだんである木綿もめんの服もずいぶんとボロボロです。


「ぜ、ぜんぜん面白くありませんよ、馬公子まこうしさま!」


 ドラぽんが涙目になってそう抗議こうぎします。


 馬公子さまと呼ばれた農夫はクスクス笑いながら、頭に巻いていた手ぬぐいで汚れた足をふき、堂々どうどうと屋敷に上がって来ました。


(え⁉ 汚れたかっこうをした農夫が大名の屋敷に勝手に上がって来たのに、誰もしからないのか?)


 義苗さまはビックリしましたが、さらにおどろいたことに、


「こんな可愛い娘っ子にあだ名をつけてもらったのだから、もっと喜べ。わはははは」


 農夫はそんなことを言いながら、義苗さまのすぐ横にどさっと座り、あぐらをかいたのです。


「おまえ……だ、誰?」


 義苗さまは、恐るおそるたずねました。農夫があまりにも堂々としているので、殿さまである義苗さまのほうが若干じゃっかんビビっています。


「ワシか? ワシはみんなから馬公子と呼ばれておる者だ」


「馬公子? 少し前に、ハギちゃんからそんな名前を聞いたような……」


「まあ、本当の名前は土方ひじかた義法よしのりというんだがな」


「え? オレと同じ土方ひじかたせいということは、もしかしてオレの親戚しんせきか⁉」


「おやおや。ワシのこと、ご隠居さまからは何も聞いていないのかね」


「あっ……。そ、そういえば、まだ子供のオレのかわりに菰野藩の領地を管理かんりしてくれている人の名前が土方義法だとご隠居さまから聞いたことがあったような……」


「ああ、そうだよ。ワシが菰野の領地を管理している義法だ。そして、ワシは義苗どのの伯父おじさんさ」


「え? えええーーーっ⁉」


 ご隠居の雄年かつながさま以外いがいにも伯父さんがいたことを初めて知り、義苗さまはビックリするのでした。


 江戸の屋敷にひきこもって、なーんにも知らなかった若殿さま。これから、この菰野の領地で色んなことを知り、学んでいくことになります。

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