三の段 ご隠居さまの秘密

 菰野藩こものはんは、大名とみとめてもらえるぎりぎりの領地しかない、たった一万一千石――。


 つまり、大名の石高こくだかランキングを作ったら、かなーーーり下のほうに菰野藩があるということですなぁ。ちなみに、大名家の石高ランキング一位は、加賀藩前田家かがはんまえだけ百二十万石でござる。


「ご隠居いんきょさまは、殿さまのオレになんで本当のことを教えてくれないんだ? それに、たった一万一千石なのに、ご隠居さまはどうしてあんなにもぜいたくな暮らしができているんだろう……」


「ご隠居の土方ひじかたかつながさまは、そんなにもぜいたく三昧ざんまいなのですか?」


「……忍者だったら菰野藩の内情ないじょうもよく知っているだろ?」


「いえいえ、興味きょうみがこれっぽっちもなかったので、よくは知りませんです。わたし就職しゅうしょく希望きぼうしていたいくつかの大きな藩のことならくわしく調べましたが、忍者をやとうお金の余裕よゆうがなさそうな小さな藩のことは眼中がんちゅうになかったです」


 天然てんねんちゃんのミヤ、またもや悪意あくいゼロのニコニコスマイルで毒をさらりとはきました。


 よしたねさまは「に、忍者一人を雇うお金がないくらい菰野藩は貧乏びんぼうなのか……」と落ちこんでいます。


「で、でも、おかしいぞ。忍者を雇うお金はないのに、ご隠居さまは力士りきし萩右衛門はぎえもんを武士にとりたててやっているじゃないか。しかも、江戸の有名力士たちを菰野に呼んで大相撲おおずもうを開こうとしているんだぞ?」


「うわー、すごい。すっごくお金がかかりそうですねぇ~!」


「それだけじゃない。ご隠居さまは遊びたいほうだいなんだ。しょっちゅうお忍びで歌舞伎かぶきに行っているみたいだし、毎晩まいばんのように宴会えんかいを開いてどんちゃんさわぎしている。屋敷の中ではねこを五匹、犬を七匹、オウムやクジャクみたいなめずらしい鳥たちもたくさん飼っている。最近、オランダ船に乗って異国いこくからやって来た首や足がやたらと長い犬も買ったんだ。ものすごく高かったらしい」


 義苗さまが言っている犬は、ヨーロッパの貴族たちがしゅ猟犬りょうけんとして可愛がっていたグレイハウンドという外国犬のことです。

 そんな高価こうかな犬を「ぎりぎり、かろうじて、大名」な菰野藩が買えるのはたしかにおかしいでござる。


「菰野藩は、ご隠居さまが遊ぶ金をどうやって用意しているんだろう? 家来けらいたちはオレをさけているから、聞きたいことがあっても逃げられちゃうし……」


 毎日ボーっとしているしかのうがなかった義苗さまも、さすがに自分の藩のことが心配になってきたようです。悪いことをしてお金を手に入れたりしていたらどうしよう、とか不安になっちゃいますよねぇ。


「そんなに心配なら、私が調べましょうか? ご隠居さまのお部屋を調べたら、きっと菰野藩の秘密ひみつがわかるはずです」


「え? いいのか?」


「モチのロンです! 野たれ死にしかけていたところを助けていただいたごおんがありますし、これぐらいのことはお安いご用です!」


 ミヤは胸をドンと力強くたたき、そう言いました。

 おお、さすがは伊賀忍者! なかなかたのもしいでござるぞ!


(お……オレの話をちゃんと聞いてくれて、力をしてくれる人間がようやくできた! すごくうれしい……)


 ずっとぼっちだった義苗さまは感動のあまりあやうく泣きそうになりましたが、武士はめったなことがないかぎり泣いてはいけません。泣きそうなのをグッとこらえ、


「わかった。よろしくたのむ。ご隠居さまの部屋は、屋敷やしき東側ひがしがわにある。たぶん、今頃いまごろは家来たちを集めて宴会をやっている時間だ。つかまらないように十分気をつけろよ」


 と、言いました。


 くノ一ミヤは、「おまかせあれ、ですぅ~♪」とかるいノリで返事をすると、その直後に義苗さまの部屋からフッ……と姿すがたを消しました。義苗さまがまばたきをした、ほんの一瞬いっしゅんの間のことでござる。


「すごい。一瞬で消えるなんて……。さすがは伊賀忍者だな。あんなにすぐれた忍びの術が使えるのに、どうしてどこの大名家もあいつを雇わなかったんだろう?」


 義苗さまは感心して、そうつぶやきました。


 本当ですねぇ、いったいどんな問題があってどこの殿さまも彼女を雇わなか……。



 どっかぁーーーん‼


 どごぉぉーーーん‼


 ちゅどぉーーーん‼



「な、ななななんだ、さっきのばく発音はつおんは⁉」


 義苗さまはビックリ仰天ぎょうてんして、さけびました。


 これは……十中八九、くノ一ミヤの仕業しわざでしょうなぁ……。







曲者くせものじゃー! 曲者が出たぞぉ~! ものども、であえ、であえー!」


 どたどたどたどた~‼ と、いくつもの足音が廊下ろうかから聞こえてきます。


 とんでもない騒ぎになってしまった……と義苗さまが頭をかかえていると、ご隠居の雄年さまが義苗さまの部屋の障子しょうじをいきおいよく開け、


「よ、義苗! 屋敷の西側にしがわでなぞの爆発音がしたから、ここから一歩も出るなよ! まつだいら定信さだのぶめがはなった忍者の仕業かも知れぬ!」


 とわめくように言いてて、屋敷の西側へと走って行きました。


 松平定信さまとは、今の江戸幕府えどばくふで一番権力けんりょくを持っているお方のことでござるが、このお方の紹介はおいおいしていきたいと思います。


「なんで松平定信さまの仕業だとかんちがいしているんだろう。一万石ちょいしかない小さな菰野藩が、幕府に目をつけられるわけがないじゃんか」


 義苗さまが首をかしげていると、背後はいごで「お待たせしましたです」という女の子の声がしました。知らぬ間に、うしろにミヤがいたのでござる。


「うわっ、ビックリした! いきなり背後からあらわれるなよ!」


「ご隠居さまの部屋から重要書類じゅうようしょるいを盗んできましたです」


「は、早いな。でも、さっきの爆発音はなんだったんだ?」


天井てんじょううらからご隠居さまの部屋の様子をうかがったところ、ご隠居さまはごちそうを食べ、お酒をあびるように飲み、どんちゃん騒ぎ。家来たちも宴会につきあっていましたです。この様子ようすでは深夜になっても宴会は続いて、私が忍びこむことができないと思ったので――」


「思ったので?」


「屋敷の西側にあったくら爆破ばくはしてやったです」


「なんでそうなる⁉」


 義苗さまは、ミヤのちょう過激かげきな行動におどろき、っとんきょうな声をあげました。


大丈夫だいじょうぶです。ちゃーんと近くに人がいないか確認かくにんしてから爆破したです。安全第一です、にんにん」


「そーいう問題じゃなくって、なんで蔵を爆破したんだ!」


「そんなの決まっているじゃないですかぁ。屋敷の西側で騒ぎを起こしたら、屋敷の東側にいるご隠居さまや家来たちがビックリして、西側にけつけます。そして、もぬけのからになったご隠居さまの部屋に私が忍びこむ。ほぉ~ら、完璧かんぺきな作戦ですぅ!」


 ドヤ顔でミヤはそう語りましたが、義苗さまはちっとも感心できません。


「あのさ……。忍者なんだから、もうちょっとしのべよ。あんな騒ぎを起こしていたら、曲者が屋敷に侵入しんにゅうしたってバレバレじゃないか」


「でもぉ~……。私、性格せいかくが目立ちたがり屋だから、『敵がいなくなるまで隠れて待つ』とかそういう地味じみなことはできないんですよねぇ~。パーッとド派手はでにやりたいというかぁ~」


「……おまえがどこの大名家からも採用さいようされなかった理由がわかったよ」


 義苗さまがため息をつくと、ミヤはぷくぅ~っとほっぺたをふくらませました。


「むぅ~! せっかくお殿さまのためにがんばったのに、ほめてくれないのですか? すねますよ? すねて、ご隠居さまの部屋から盗んできたものをわたしませんよ?」


「え? お、おい、ちょっと待て。ろうとするな。わ、わかった。ほめる、ほめるから、ご隠居さまの秘密を見せてくれ!」


 義苗さまが必死になってお願いすると、ミヤは何とか機嫌きげんなおし、「じゃあ、私の言う通りに、私をほめてくださいです」と言いました。


「いきますよ?

 ……『くノ一ミヤは伊賀の里で一番の美少女! 忍びの術もピカイチ! 大名屋敷だいみょうやしきに忍びこむなんて朝飯前あさめしまえ! さすがは美少女くノ一ミヤ! 君に不可能はない! 猿飛さるとびすけ服部半蔵はっとりはんぞうもビックリな忍術の腕! しかもすっごい美少女!』

 はい、どうぞ!」


「なんか、美少女が3回ぐらい入っているんだけど……」


「女の子は、可愛いとか、美少女って言われたら、気分きぶんがいいんですぅ! さあ、言ってください!」


 もはやどっちの立場が上なのかわからなくなってきましたが、言わないと手裏剣しゅりけんが飛んできそうな雰囲気ふんいきだったので、義苗さまは仕方しかたなく――というかヤケクソで――言いました。


「『くノ一ミヤは伊賀の里で一番の美少女! 忍びの術もピカイチ! 大名屋敷に忍びこむなんて朝飯前! さすがは美少女くノ一ミヤ! 君に不可能はない! 猿飛さるとびすけ服部半蔵はっとりはんぞうもビックリな忍術の腕! しかもすっごい美少女!』

 ……はぁはぁはぁ。こ、これで満足まんぞくか⁉」


 ミヤは満足したらしく、「むふぅ~!」と上機嫌じょうきげんになり、着物のふところから紙のたばを出しました。


「ちゃららっちゃらぁ~ん! ご隠居さまの重要書類ぃ~!」


「なんだ、この紙のたばは?」


「見たらわかりますです。はい、どうぞ」


 義苗さまは、ミヤから紙のたばを受け取り、そのうちの一枚を見ました。


「これは……借金しゃっきん借用書しゃくようしょだ。ご隠居さまは、江戸の商人からお金を借りているみたいだ。日付ひづけは寛政2年(1790)3月1日……つい20日前じゃないか。金額きんがくは、ええと……よ、400りょうぉぉぉ~⁉」


 義苗さまは、おどろきのあまりひっくり返りそうになりました。


 ウワーオ‼ 400両の借金⁉ そいつはべらぼうな金額きんがくでござるな! 拙者せっしゃもビックリでござ…………ほえ? 400両が現代のお金でいくらぐらいかわからないからピンとこないですと?


 ふむ、たしかに。読者のみなさんのおっしゃる通りでござる。よろしい、説明しましょう。


 ……と言っても、「1両が現代の金に換算かんさんするといくらになるのか」というのはなかなか説明がむずかしい話だったりします。


 昔の人々の生活は、現代のみなさんとはだいぶちがいます。江戸時代は250年も続き、その間に物の値段ねだんも少しずつ変わっていきました。だから、


「1両とは現代の〇〇円ぐらいでござる!」


 と簡単かんたんには言えないのでござるよ(すまぬ……すまぬ……)。


 ただ、それだと読者のみなさんもこまると思うので、目安めやすとして、労働者ろうどうしゃ給料きゅうりょう基準きじゅんにして見ていきましょう。(借金は働いて返さないといけませんからね)


 江戸時代の大工さんは、20日ほど働いて1両のお金をかせぎました。つまり、20日働いたら1年分食べていけるだけのお米が買えたわけです。お米1石(=1両)は、昔の人が1年間に食べるりょうだって前にお話しましたよね?


 で、現代の大工さんが1日働いてもらうお金(日給にっきゅう)は平均へいきんで1万5千円(2016年厚生労働省こうせいろうどうしょう調べ)なので、20日働いたとすると……30万円ですな。


 大工さんのお給料で換算したら、1両はなんと30万円です!


 1両が30万円なので、400両は1億2千万円という計算になりまする。

 ほら、義苗さまがビックリ仰天するのもわかったでしょ?(ちなみに、お米の値段を基準にして換算すると、2520万円になります。どちらにしても気が遠くなるような金額ですな)


「なんで400両なんて大金を借金しているんだ⁉ 遊ぶための金にしても高すぎる!」


「ご領地で大相撲をやるんですよね? たぶん、そのためのお金も入っているんじゃないでしょうかぁ~?」


「他の書類もぜーんぶ借用書だ! 江戸や京都、大坂おおざか現在げんざい大阪おおさか)の商人たちからしょっちゅう借金しているぞ! どの借用書を見ても、200両、300両と大金ばかり……! なんじゃこりゃぁ~⁉」


「今、ざっと計算してみたのですが、合計すると菰野藩には9千8百両の借金があるみたいですね……」


「きゅ、きゅきゅきゅ9千8百両ぉぉぉ⁉」


 9千8百両。この時代の大工さんのお給料で換算すると、29億4千万円ですな。


 菰野藩の借金は、殿さまである義苗さまに返済へんさい義務ぎむがあります。つまり、現代だったら小学生の男の子が、億単位おくたんいの借金を知らぬ間に背負せおいこんでいたということになりますなぁ。


「きゅ……きゅう……きゅうせん……はっぴゃくりょお……」


「殿さま? ええと~……だいじょーぶですか?」


「きゅっ、きゅっ、きゅう~♪ きゅっ、きゅっ、きゅう~♪ きゅっ、きゅっ、きゅう~♪」


「あっ、こわれちゃった……」


 主人公が壊れて盆踊ぼんおどりを始めたので、次エピソードまで休憩きゅうけい入りまーす!

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