君の歌声、僕の歌声。

くも


 君に見つかった。

 君を見つけた。


 最初は嫌だった。

 最初から楽しみだった。


 その声に一目惚れした。

 その声に出会えて奇跡だと思った。


 教えたいと思った。

 教えられたいと思った。


 そして、君のことをーーー











 最悪だ。見つかった。引かれる。

 歌ってみた投稿者なんて。

 しかも底辺だし。


 そう思った。

 だけど違った。


「君!あのなめくじさんなの!?」


「…うん、そうだよ。じゃあ、もう帰るから」


 怖かった。拒絶されるのが、


「ほ、ほほほほんとに!?…あの!私ファンで!!」


 その後彼女は自分がどれだけ僕の歌声が好きかを語った。

 …単純に嬉しかった。

 僕の声は人の心に届いてていたんだ…。


 しかし、話の途中で彼女の表情に影がさした。


「どうしたの?」


「あ、ああ!なんでもなくて……いや、そうだ!その…なめくじさん」


「晴翔でいいよ。櫻井晴翔。」


「あ、私は心美でいいよ。西倉心美。それでね、晴翔くん。お願いがあるの」


「なに?」




「ーーーー私に『歌声』を教えて」







 やってしまった。ファンだと言うことが嬉しくて二つ返事で了承してしまった。

 どうやら流れで今度の学園祭でバンドのボーカルをやることになってしまったらしい。

 僕なんかの底辺歌ってみた投稿者が教えられることなんてほぼ無いのに。


 やってしまった。








 次の日、学校に行くのが憂鬱だった。

 放課後に心美が教室に呼びにきた。

 そういえば心美は学園のマドンナというやつらしい。

 僕はクラス中の男子から恨みのこもった目を向けられた。


 憂鬱だ。







 綺麗。そうとしか言いようがなかった。

 僕なんかよりずっとうまいと思った。

 正直にそう言ったが何でもいいから教えてと言われて、仕方なく僕が毎日しているボイストレーニングを教えた。

 今日やってみると言って心美は帰った。







 次の日、もう一度歌声を聴くと、明らかに昨日より上手かった。

 磨けば光る、そう思った。

 もっと色々なことを教えて、さらに綺麗な心美の歌声を聴きたいと思った。






 それからは僕もネットで調べて必死に教えた。

 しかし、ふと思ってしまった。気づいてしまった。


 僕たちの関係は学園祭で終わりなんだな…







 嫌だと思った。だから決意した。


「まだバンドの受付やってるかな」









 舞台袖でその歌声を聴いていた。

 たった5分間だ。バンドはやりたい人が多く、1組たったの5分しかない。

 僕は一音も聞き逃すことがないように集中して聴いていた。聞き惚れていた。


 5分で僕たちの関係は終わってしまうから。




 終わった。




 そして僕は司会に呼ばれ舞台へと出て行く。

 一人で出て行ったこともあり、会場の人たちがどよめいている。心美が目を剥いて驚いている。


 僕は唐突に歌い出した。僕の歌声、君に届けと。そう願いながら。教えていただけじゃなかった。僕もずっと練習していた。


 僕の5分が終わる。その前に言わなければいけないことがある。


 僕は最後に叫んだ。


「心美!君のことが好きになった!!僕と付き合ってください!!!」


 全てを5分で伝えた。そして新たな時間が廻りだす。

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君の歌声、僕の歌声。 くも @kumo_2259

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