急展開


キィ…キィ…

夕暮れ時の公園。ブランコに座る学ラン姿の人…あれは光太兄ちゃん!?


(光太兄ちゃん?)

なぜだ?声が出ない。


『…やぁ明くん』

光太兄ちゃんはやつれた顔でこちらを見る。

『…ねぇ明くん。僕はわかったんだ。この現実の世界では正義の味方に僕みたいな脇役ではなれないってこと』


(…これは)

そうかこれはあの時の。


『多くの人から支持されるような人…主人公のような人間にしかなれないんだ』


(…そうだった)


『僕は主人公にはなれない…せいぜい近所の子供の面倒をみる優しいお兄さん止まりだよ。…明くんも気をつけたほうがいい』


(あぁ…)


『君もきっと僕と同じで脇役だから誰も救えないし下手をすれば誰かを不幸にするよ。脇役は脇役らしくしておいたほうがいい』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーー…チュンチュン


重たい瞼をゆっくりと開く。この一ヶ月間毎日見ている見慣れた天井。

やはり夢か…

夢といってもあれは現実にあった過去の記憶。

俺が主人公になると決めた決意の日そして光太兄ちゃんを最後に見た日の記憶。

そうだったな。最初はただヒーローに憧れていただけだった。別に本気でなりたいとかは特になかったように思う。この事がなかったら恐らくは主人公だの脇役だのも特に気にもしなかったかも知れん。


もう忘れたと思っていたのにな…。


「多くの人から支持される人…か」


光太兄ちゃんの言う主人公の条件。

自分自身もそして俺にも無理だと言った。確かに俺は中学から友達の一人もいないのだからそうなのかもしれん。

でも光太兄ちゃんは違ったはず…それに俺だってこれから数々の偉業を成し遂げて多くの人に支持される存在になる…予定だ。

俺は諦めんぞ!


チラリと時計を見る。まだ短針は四と五の間を指している。


「早起きだったとしても流石にこの時間ならまだ家にいるだろう」


手短に出かける準備を済ませ玄関のドアを開ける。外はまだ薄暗いが穏やかな早朝の静けさや雲の少ない空と寒くも暑くもない丁度良い気候が心地いい。

今日から大型連休またの名をゴールデンウィークと呼ばれる連休である。勿論学校も休みだし本来なら特に出かける予定もしていなかった俺が外出する必要はない。それなのになぜ早朝から外出をしたかというと…澪川と行動を共にするためである。

せっかくの能力を活かせるイベントである。逃すわけにはいかない。

…それに何やらきな臭いものを感じる。昨日の澪川の話ーーこの町の鬼とやらの異常発生。

何か最悪の事態への前触れの様な気がする。


「あいつ一人にまかせてられるか」


昨日の公園での光景を思い浮かべる。あの時澪川はぼろぼろだった。本人は一人でも問題なくあの鬼を倒せたと言っていたし確かにその通りなのだろうが…だがもしもあの場にさらにもう一匹鬼が現れたとしたら澪川は果たしてそれでも無事に勝てるのだろうか。


…何にせよ鬼とか退魔師の存在を知った以上、俺が何もしないで暮らすなど無理だ。

密かに誰かに守られて何事もなく能天気に平和に暮らすなど脇役以外の何者でもないではないか。


そんなのはまっぴら御免だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


もう何時間こうしているだろうか?


ドアの前で座り込む姿は鍵っ子が鍵を忘れて親の帰りを待つ時ようで傍目から見ればかなしげに見えるかもしれない。

暇潰しに弄っていたスマホの電池ももう切れそうで緊急時に備え五パーセントほど電池を残しポケットに閉まっている。目の前に家があるのだから充電に帰ることも考えたが、その間に澪川が家を出たら今までの時間が全くの無駄に終わってしまう為迂闊なことは出来ない。それに普段こんなに長時間スマホをいじることがない為か少し目が痛い。

腹の減り具合と日の高さから察するにもうそろそろ昼になるだろうか?

ただ待つという行為がこんなに疲れるものだとは思わなかった。


「何時間でも待つ覚悟はしていたが実際に何時間も待つとなると流石にキツイな…」


その時、ガチャ…とドアノブの回る音がした。咄嗟に澪川の家のドアをみる。甲高い音と共にゆっくりとドアが開いていく。

やっとだ。長かった。

すかさずドアのまえでスタンバイする。


ドアが開ききると同時に目が合った。澪川は微かに驚きの表情を見せたあと徐々に不機嫌な顔つきへと変わっていく。心の声が表情で丸わかりである。おそらくこいつは嘘をつくのは下手なタイプだろうな。

状況は理解できている様だしとりあえずは挨拶くらいしておくか。


「はぁ…随分と遅かったな。何時間待ったと思ってるんだ?」

「なんで私が待ち合わせに遅刻したみたいな感じになってるのよ!!そもそもなんで私の家の前に仁王立ちであなたがいるわけ!?しかもなんで目が血走ってちょっと疲れた顔してるのよ!?まさかずっと家の前で待ってたとか言わないわよね!?警察呼ぶわよ!」


…よく喋るな。女性はコミュニケーションにおいて感情のままにペラペラと言葉を発する傾向があると聞いた事があるが…なるほど。


「はぁ…俺は昨日、澪川に同行すると言っただろう。あと仁王立ちでずっと待っていたわけではない。出てくる気配がしたから出迎えてやっただけだ。目が血走ってるのはスマホの見すぎで疲れた顔をしているのは…ただ待つという行為も六時間以上ともなれば疲れるようだ。後は何だったか?あぁ、警察は…何か事件でもあったのか?大した事ではないなら不用意に呼ぶべきではないぞ。警察も暇ではないのだから」


全く…話好きの女子の相手をするのは大変だな。質問に答えてやるだけでも俺の人生史上最大の長台詞になってしまった。


「なにやれやれ見たいな感じで私の言葉に一つ一つ丁寧な回答を返してるのよ!別に質問の意味で言ったんじゃないわよ!昨日あなたの手助けなんていらないってハッキリと同行を拒否したはずよね!それなのにストーカーみたいに何時間も家の前で堂々と、さも待ち合わせでもしているかのように待ってるのがおかしいっていってるの!警察はそんなストーカーなあなた

をしょっぴいて貰うために呼ぶのよ!」


俺の長台詞をあっさりと越える長台詞で返してくるとは流石だな…人との会話になれていない俺には内容を理解する隙すら無かった。


感心と話を理解出来なかったのを誤魔化すためフムフムとうなずいていると痺れを切らしたのか澪川が口を開く。


「理解できたならさっさと帰りなさい。私はこれからお昼ご飯を食べに行くんだから」


「なら俺も行こう」


「なんでよ!私はこれ以上あなたと関わりをもちたくないのよ!ついてこないで!」


「昼飯はどうでもいいがお前がいつ鬼退治に向かうかわからんからな。ついていかないわけにはいくまい」


「お前っていうな!…同行は拒否したでしょ!さっきあなたも納得してうなずいてたじゃない!?」


「…?なんのことだ?おれが頷いてたのはお前の見事な長台詞に感心していたからだ。残念ながら俺には早口過ぎて内容は理解出来なかったが…」


「だからお前っていうなって…」

澪川が俯いて体を小刻みに震わせている。


「わかったわ。もう一度分かりやすくハッキリと言ってあげる…私に付きまとわないで!目障りよ!」


「俺がなにをしようが俺の自由だ。お前の邪魔はしないから安心しろ」


「お前って言うなって何度言えばわかるのかしら…もういいわ。なら今後私についていこうなんて思えなくなるようにしてあげるわ…」


「…どういうことだ?」


「あなたを半殺しにして恐怖で私の顔を見ることも出来ないようにしてあげる」


「なるほど…わかりやすいイベントだな。力を示せばいいということだな」


「イベント…ね。これはアニメやゲームみたいな創作のお話の世界じゃなくて現実よ。主人公なんていないし…まぁ仮に、いたとしてもあなたではないでしょうね」


「確かにこのイベントで躓くようじゃ主人公にはなれんな」


「ほんとに人の話を聞かないわね…加減間違えて殺しちゃっても文句いわないでね…ここじゃ狭いから昨日の公園にいくわよ」


そう言うと澪川は足早に歩きはじめる。

俺も澪川の背を追いかけるようにして公園へと向かった。

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リアルは物語よりも奇なり! 天谷コウ @amayakou

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