第26話 エピローグ
ギルドで受付をしているセレスは忙しく料理を運んでいる。
ウィチアたちとの一件の後、取り上げられた魔力を取り戻すことができた。
ウィチアが世界の魔導器と魔力、それからダンジョンを支配するようになってから、セレスは何回か単身でダンジョンを潜るようになる。
たまに客との話の中で、ウィチアについて語るようになり、世界の仕組みとダンジョンについて、そして、ウィチアによって様変わりしていくダンジョンを語っていたのだが。
「あんたはなんでここにいるの!」
「悪かったな。偉大なる魔女だって、ギルドで食事を楽しんでもいいだろ」
ウィチアとの再会はあっけなく果たされたわけで。
彼女は相変わらずアンロックしか使えず、いつもの練習と言わんばかりに南京錠を開け閉めしていた。
と、言っても、アンロックだけが取り柄ではなくなったようだが。
「……で、あんた、なんでそんなに身体が豊かになってんの?」
「何を言っているか、さっぱり分からないな」
「どう見ても首から下が別人でしょ! グラマラスになってるじゃない!」
出るところは出て、締まるところは締まる大人の体型になったウィチアに、セレスは呆れることしかできなかった。
アンバランスなのだ。顔はいかにも十代で、ファッションにも化粧にも興味がなさそうな顔して、首から下だけを別人の体型な上に、妖艶なローブを着ていて、セクシーな身体に無理矢理頭だけを付け替えたような全体的なバランスが不安定だった。
「で、からくりがあるんでしょ?」
「新しく、魔女複写の魔導器を作って、使わせた。そんだけ」
「変な魔導器作って広めるんじゃないわよ!」
「便利だろ? 地下百階にいる私と繋がっていて、しかも身体も顔も弄りたい放題だ!」
「はぁ……あんたがダンジョンを手に入れるとロクでもない使い方しかできないわね」
「はぁ!? 使うだろーが!」
ウィチアはギルドの面々に向けて叫ぶ。
「どいつもこいつも私がダンジョンを握っているって信じないんだぞ!」
「そりゃそうでしょ。数人が語る真実は受け入れられず、世間の大多数が知っていることの方が真実なんだから」
「クソ……! 私は偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート様だぞ! お前たちの生活は私が管理してるんだ! 感謝しろっ! ボケ!」
ウィチアは吠えた後、ため息を吐きながら、とんがり帽子を取った。
彼女は魔改造された胸に帽子を添え、祈るように目を瞑る。
「でないと、ママはなんのために犠牲になったのか、分からねえだろ」
「でもあんたが、グロウディア・ソーサレスを倒さなかったら、わたしたちは帰って来れなかったわ」
「どうだろうな?」
「…………」
なんにせよ、ウィチアの活躍で、こうして無事全員帰ることができた。
そのことだけは彼女に感謝している。
ただ、自らを犠牲にしてまで夢を叶えようとしたウィチアには納得がいきそうになかった。
(他に目的があった……? いえ、まさかね)
ウィチアはひたすら自らの目的のためだけに突っ走る、危なっかしい少女なのだ。
彼女は周りを見ずにひたすら暴走し続けることしかできないわけで。
セレスが本気で心配したことも全部分かっていなかったようだ。
「セレス。会話中に失礼する」
「あら、ブルーナ。いらっしゃい。来てたの?」
「……我は今、到着したばかりなのだが」
ブルーナはウィチアを呆然と見つめる。
しばらく沈黙が流れた後……彼女はウィチアの胸をわし掴みした。
「痛い痛い! 放せ、バカヤロー!」
「……本物や」
それは、ウィチアに向けてだろうか。
それとも、ウィチアの胸についた脂肪についてだろうか。
真偽のほどは定かではないが、少なくともブルーナは呆れていた。
「で、そんなけったいな格好で何してるんや?」
「けったい言うなよ。お前のおっぱいと同じ大きさだぞ、たぶん」
「……へえ。ちなみに腹は?」
「もっちろん、私の周囲ままにしてある」
「けったいな腹しとるな! お前、おっぱいがどれだけ腹に肉、渡すか知っとるか!」
「痛い痛い! 掴むな! 肉なんてねえ!」
ブルーナはそれはもう嫉妬か、憧れか力の限りつねっているようだった。
太ったのだろうか、乙女心の足りないウィチアには体重問題がどれほど深刻か分からないだろう。
胸が大きいと動くのもままならない、そのせいで運動もできないので、腹の脂肪は燃えないので、体重ばかりが上がっていく。
おまけに胸が大きいと太って見えるのだ。
これが乙女論理。
「で、お前、なにしとるんや?」
「それはこっちのセリフだ」
「もちろん、我はグロウディア・ソーサレスに支払っていた裏金を暴いてやったからな。次の問題や」
「次の問題だぁー? お前の復讐は終わったんだろ?」
「終わったけど、我は止まらん。グロウディア・ソーサレスが残した警告があるしな」
「……この世界に残された資源は、ダンジョンがなければ枯渇するってやつか」
「お前が第二のグロウディア・ソーサレスになられると困るんや。魔女を倒すんは骨が折れるからなー」
「それはママのビジネスを引き継ぐつもりだ。今後の課題は、どうやって魔導器の縮小を行っていくかだな」
「先は遠そうやわ。人間なんて、みんな問題を目の当たりにして、実感しないと信じへんし……道のりは遠そうやな」
「パパとも何度か話をしていかないとな」
「ああ、そや。ガルム・バルファムート。普通に犯罪者やから逮捕するわ」
その一言でウィチアとブルーナは見えない火花が飛び散った。
やはり、このパーティーはワガママ揃いで、自分勝手な連中ばかりだと嘆くことしかできない。
全員が全員、自分の欲求に正直すぎるのだ。
「で、ウィチア。これからどうするの? 神様が次にすることは?」
「私は目的を叶えて、この世界の支配者になった。だから、神が施しをくれてやる」
「調子に乗らないで。あなた、ちょっとダンジョンを操作できるだけでしょ」
「まあ、そうなんだけど。要するに次に目標を持った奴らのために、世界を整えるのもいいだろ? 千年も時間があれば、ママの警告を伝えられる」
ウィチアは手を出した。
怪我をさせられて本来は動かなくなった右手だったが、この仮初めの肉体には関係ないらしい。
ただ、それにどんな意図があるのか、セレスは分からなかった。
「パーティー再編成だ。偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート様の名をもっと拡散しねえといけねえ」
まだ、満足していないのか。
ウィチアは死人ではない上、いくらでも人にメッセージを伝えられる方法があるのだから、そのうちウィチアの伝説は世間に伝わるだろうに。
「我も参加させてもらうわ。ミストルに誇れる仕事をせんとな。……国王様脅してるけど」
さすが、なりふり構わない検察騎士と言うべきか。
そういえば、降格させられるという話だったのに、未だに検察騎士を続けられているのは、ダンジョンのネタで国王を揺すったのが理由なのだろう。
「で、一応、ミルトか。あいつ、いらないんだけど」
「ギルドの方針があるから、連れて行くわよ」
「どこにいるんだ?」
「そこで雑巾やってるわ」
「ああ、掃除しているのか」
ウィチアは雑巾がけをしているものだと思っているようだが、違う。
彼は雑巾を操っているのではなく、雑巾になっているのだ。
「僕はここだよ」
ミルトは服を真っ黒にして立ち上がった。
セレスの打撲の痕が目立つが、今回は加減した方だ。
日々、激しさを増しているのは……彼の発言が不快さを増しているからだろう。
「さて、後はお前だけだが……ついてくるか? セレス」
「そんなもの、決まってるわよ」
セレスはウィチアの手を取り、握りしめた。
「あんたがまた危なっかしいことしないか、わたしが監督してあげる」
「なら、何度でもお前に見せてやる。偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート様の伝説を!」
ソーサレスの魔力を持たないため、借り物の魔法と拳しか持たぬ魔女、セレス・ソーサレスは偉大なる魔女となった従姉妹の手を握った。
落ちこぼれのセレスに見せた彼女の生き様。
危なっかしい妹から、セレスはまだまだ目を離せそうにない。
アンロック究めの魔女 @myoujousoraboshi
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