第25話

 グロウディアが目を閉じ、膝の上で寝息を立て始めていたが、まだ、戦いは終わっていない。

 全てをやり遂げて、初めて終わりを迎える。


「……なに!? ダンジョンが揺れているの!?」


 ダンジョンが揺れ、セレスが立ち上がれずに地面に伏せる。

 宙に浮いた浮き島であるにも関わらず大きく揺れ、壁に書かれた文字たちは、ひび割れていく。


「ダンジョンの魔法を操っていた術者が力を失えば、崩れていくに決まってるだろ」


 淡々と告げればミルトが使えなくなった筒をウィチアに向けてくる。

 焦りは見せないが、努めて冷静を振る舞っているのはウィチアから見てもバレバレだった。


「ほら、ウィチア。君には彼女を倒した後が分かっていたんだろ?」

「だったらどうする?」

「早くその方法を使いなよ。さあ」


 使えない武器だとは分かっていても、死にたくないミルトにとって必死なのだろう。

 だが、ウィチアの答えは決まっていた。

 だからこそ、武器を向けられても関係がない。


「私を生贄にして、ダンジョンを支配する。そしたら、お前たちを脱出させられる」

「できるのかい?」

「……魔女の一族とこのダンジョンは力を与え、受け取れる存在にあるらしい。なら、私がダンジョンを支配するまでだ」

「なら、早速お願いするよ」


 ミルトは言葉の節では今すぐやれと催促しているようだった。

 当然のように犠牲に関して厳しいセレスがウィチアの前に立ち……ウィチアを平手打ちした。


「生きて帰るって言ったでしょ!? どうして生きて帰ろうとしないの!?」

「関係ない。私は私のためにこのダンジョンを支配する。それが、私の目的だ」

「どうやって生きながらえるって言うのよ!?」


 このような地下深くで生活など、普通の人間であれば飲まず食わずで一週間ももたないことだろう。

 魔女であったグロウディアであれば、ドレインと呼ばれる魔法で生命を延ばすことができた。

 だが、ウィチアにはそのような魔法はない。

 だからこそ、ウィチアには……方法が一つしか残されていなかった。


「私に一度かけられた時間停止の封印術。アンロックを解除して私を封印すれば……魔導器と魔導石の関係のように、私はダンジョンに魔力を与え、吸収する魔導石になる」

「それで……生贄」


 セレスはそれでも諦めずにウィチアを揺さぶってくる。

 だが、ウィチアの決意は変わらない。

 変えられるハズがない。


「悪いが、お前たちを死なせるわけにはいかねえ。お前たちが、私が世界を支配した……この世に生きた証しなんだ。だから……生きろ」

「こんな地下深くに一人で封印されることのどこが支配者なの!? あなたが目指した偉大なる魔女って、こんなものなの!?」

「私は……世界に焼き付かせたいんだ。生きた証しを、この輝きを。それが私の生き方だから」

「勝手なことばっかり言って、勝手なことばっかりやって! 勝手な生き方しか伝わらないわよ!」

「私は、こういう生き方しかできないからな。目的のためなら死んでもいい。たとえ、どんなに傷ついても、私は生き様を見せつけたいんだ――だから、お前たちは生きて、世界に私の名を広げてよ」


 ウィチアが左手だけで母親を引きずる。

 背中ではセレスが暴れる声が聞こえるが、ブルーナとミルトに取り押さえられ、暴れることしかできないようだ。


「悪いな、ブルーナ」

「ウィチア・バルファムート。お前が我の復讐相手を倒して、妹を助けてくれたんや。当然やろ? 英雄談として誇張して美化したるわ」

「こんな、誰にも褒められたような話じゃない。母親を倒して世界経済の支配を成り代わった話なんて……な」

「もう遅いわ。そこまでして欲しかった称号なんやろ? それに遅かれ早かれ、犯罪者を止めんと、ビジネス言いながら好き勝手やりよるのは目に見えとる」

「ははは。そりゃーそうだよな」

「話が盛り上がってるところ悪いんだけど、早くしてくれないかい?」


 ミルトが急かし、話が途切れる。

 ウィチアとブルーナが話している間にも、暴れる猛牛を取り押さえているのだ。

 悠長に語っていられる方がおかしい。


「ママ。起きてるよね? ダンジョンを動かす方法を教えて」


 彼女は目を閉じながら、ゆっくりと口を開いた。


「……やり方自体はアンロックと同じですわ。イメージを湧かして、ダンジョンの情景を思い浮かべなさいな」

「それだけで、できるの?」

「操作の権限は渡しましたわ。後は、あなたが輝きたいように輝きなさい。けれど、ダンジョンの操作と命を延ばす魔法は違いますわ。ダンジョンは魔女の魔力だけで操作できますが……命までは」

「構わない。永遠と命が囚われようと」


 その命を燃やし、輝きを強め、人々の目に伝説を焼き付ける。

 それがウィチアの願い。

 刹那的で、一時しか生きられなくてもいい。

 目的に向かって、命を燃やし続けることが、ウィチアにとっての全力で生きた証し。


「……あの人と出会えて、子宝に恵まれましたわ。けど、あたくしは際限のない欲求から、すぐにあなたたちの側から離れた。とにかく贅沢に、次から次へと世界を赴き、金銭と美貌を求める毎日」

「パパが嫌いだったのか?」

「いいえ。欲求が強いと、現状に満足できなくなるだけですわ。だから……新しいものを求めて……ソーサレスの血族は皆が無限の欲求を持った一族でしたもの」


 グロウディアはゆっくりとウィチアの顔を撫でた。

 その顔は、晴れたように笑顔を向けている。

 無限の欲求に満たされたのか、娘に慈愛を向けているのか分からない。


「無限の欲求は世界を滅ぼしますわ。際限のない幸せをみんなで求めて、全てが達成されれば、世界は終焉を迎える」

「今、ようやく分かったよ、ママ。無限の欲求を食い止めるには、人がどこかで現状を幸せに感じて、納得しなければならないって」

「全員が全員の願いが叶う世界なんて寂しいことですわ。選ばれた人間のみが選ばれる世の中……けれど、あなたのように全力で生きた人間なら……なんらかの成果を残せることでしょう」

「たとえ、死ぬかもしれなくても、私は前に進み続けたよ」

「素晴らしい生き様でしたわ……」


 グロウディアの身体は砂のように崩れていく。

 ウィチアはこぼれた砂を胸に抱きしめながら、全員に向き合う。


「今から、お前たちを地上に届ける。これが偉大なる魔女、ウィチア・バルファムートが向こう千年は眠り続ける前の……最期の会話だ」

「ウィチア! 千年も現世に留まるつもりなの!? 人の欲望を叶え続けるために!? そんな死ぬよりも辛い真似までして……」

「セレス。これは決めたことだ。お前たちを助けるためじゃない。私が生きた証しを刻むためにすることだ」


 ウィチアはアンロックを解除した。

 かけられた時間停止の封印術を身に纏わせ、無理矢理永遠の命を得るために。

 それは、ほぼ死んでいると言ってもいい、いや、自由が利かない分、死んでいる以上に地獄だろう。

 それでも関係ない。


「頼むよ。私には、こうするしか方法がないから……お願いだから」


 涙を瞳に滲ませながら、頭を下げる。


「っ! ……仕方がないわね。それがあんたの望む願いだもんね。今は黙って聞いてあげる」

「ごめんなさい」

「でも、覚悟することね! 世間に伝えるのは、世界の資源が枯渇しようとしているってことだけだから! 世界を支配なんて、思い通りにはさせないわよ!」

「……やれるもんならやってみな! どいつもこいつも魔導器は捨てられねえ! 贅沢な生活を捨てることはできねえ! つまり、私を崇めなければ人は暮らしていくことができねえってことだ! 跪け! そして、神と崇めよ!」

「相変わらずね。たまには帰ってきなさいよ」

「……うん」


 それが果たされる約束かどうかはさておき。

 ウィチアはさらなるアンロックと、手に入れたダンジョンの操作を行う。

 セレスたちの地面をせり上げ、アンロックによる解除とダンジョン変化により強引に地上階まで送り届けるために。


「これが、偉大なる魔女、ウィチア・バルファムート様が使う、最期の魔法だ! 神へと上り詰める私の生き様を、その目に焼き付けろ!」


 地上へと向かっていく一行をウィチアは見上げていた。

 全力で生きて、弱い自分を嘆き苦しみ、ようやく得られた光。

 褒められたことではなくても、無謀で後先考えない生き方だったとしても、ウィチアは、充実していた。


「やっと、届いた。私の願い……夢。ありがとう、みんな……。一人だけだったら、私は……願いを叶えられなかった」


 ウィチアは天に向けて手を伸ばすが、そこで身体が動かなくなる。

 命を燃やし、その身を焦がしながら走り続けたウィチアは……停止した時間の中で、永遠とダンジョンのために動く魔導石となった。

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