ペーパードライブ
安良巻祐介
白い車に乗って、母と二人で出かけた。
僕は運転が下手で、というか金免許が示す通りのドライバーなので、本当なら車など運転したくはないのだが、泥雨の降る中、同じく金免許の母を一人で送りだすわけにもいかず、かと言って二人して徒歩でモールまで出かけて行くのはどう考えても自殺行為なので、しぶしぶハンドルを握った。
隣に誰もおらず一人で車に乗るよりも、何かと話を聞いてくれたりいざという時に一緒に死んでくれる同乗者がいた方が気持ちの上では楽であり、僕の運転する白い車は、ウィンカーを出し間違えて警笛を鳴らされたりしながらも、自分で思っていたよりは安全に、茶色い雨の降りしきる公道を走って行った。
やがてモールに着いて、生活必需品の買い物など済ませ、保存室の弟たちのために幾らかの使い捨て映像カセットとファストフードのチップを何枚か購入して、地下の駐車場に戻ると、そろそろこの辺りも危ないと見え、僕たちの停めていた三十番台ラインの二、三歩先まで、真っ黒い水の浸食が迫って来ていた。
また新しいモールを探さないと、と母と二人で鬱々たる会話を交わしつつ、急いでその場を脱出する。
それなりに間一髪、僕たちの車がゲートをくぐり公道へ出る枝道に乗った辺りで、背後のモールの建物が、恐らく数多の買い物客をその中に残したまま、嫌な音を立てて傾ぎ、潰れ始めた。
僕はカー・ラジオで昔の歌謡曲を流しながら、吹きなれない口笛を吹き吹きハンドルを回した。
母は助手席で、先日購入したらしい防水カバー付きの文庫本を熱心に読みふけっている。
それをなんとはなしに見つつ、片手で、耳の後ろのプラスチックのツメに触れてみた。
感情切除の部分処置を施していなかったら、僕たち二人とも、とっくにこの状況に狂乱し、恐怖し、正気を保ててはいないだろう。
マイ・ナンバー制度の施行の翌年ほどから急激に普及し始めたこの技術だが、結果的には多くの人間を救う結果となった。人間の原始的感情において最も強烈なものである恐怖、そして社会的感情において最も強烈なものである哀しみを、この技術は或る程度コントロール可能にしてみせたからだ。
僕たちも、日常的危機状況への対応の他に、祖母が亡くなった時、弟が保存室へ入ることになった時、それぞれにおいて感情切除に随分と救われた。特に母は、それがなければ恐らく今この世にはいないだろう。
だから僕は全く感謝しているのだ。運転が多少できるようになったのも、恐らくは恐怖を部分的に切除した恩恵だろうし、耳の後ろの触り心地もいい。
ハンドルをがたがた回し、タイヤをギュルギュル言わせて走っていく向かい側に、土砂崩れができて少しずつ道が泥に呑まれている。そして車内には、いま少しずつ暮れてゆく黄昏、フリーウェイを流星になってゆくわたしとあなた、というような歌がループし、母はシートベルトを外して、眠そうに本を読んでいる。
さてどうなるか…僕は耳の後ろを触りながら、ワイパーをグングン動かし、右だか左だかのウィンカーを鳴らして、アクセルを一気に踏み込んだ。
ペーパードライブ 安良巻祐介 @aramaki88
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