05_砂漠の造り方


 ネットの海には無数の砂漠がある。無意味化した膨大な量のデータが時折どこからか砂粒となってそこに流れ込み嵩を増していく。

 砂漠は容量だけを肥大化させた器たちが支えていた。その多くは複数の提供元から造られたもので、分散多重化する形で長時間存在している。元々はきちんとデータを保管していた器なり区画だった。参照実行権限付与の誤り、ネットワーク構成の綻び、管理者の追加変更、悪意あるソフトウェアによる複製、そして形骸化。理由は様々だが境界線に小さな穴が開けばそこには色々なゴミが入り込むようになる。間もなく腹を空かせたウイルスやボットたちが嗅ぎ当てて穴は広がり、それとなく周りに柵を誇示していた管理者が消失したが最後そこは無法地帯となる。危険性を増した無法地帯には一応は巨大な消しゴムを持った者が現れて更地にしようとするのだが、失敗して残る場合が殆どだ。放置された無法地帯はやがて砂漠へと変わっていく。巨大な器も広大な区画も廉価手軽な資材に成り過ぎたのだろう。ネットの海を構成する総データ量の増加曲線はとっくに枷が外れている。


——忘れていないと思うが、ソフトウェアも結局のところデータだ。AIだってそう、データなのだ。


 砂粒を固める装置が捨てられていたとしよう。砂粒に色を塗る装置が捨てられていたとしよう。砂粒を別の物質に変える装置が捨てられていたとしよう。あるいは偶然に生まれてしまったとしよう。特殊な磁石を砂の海に突き立てた者はそれを引き抜き高々と掲げる。砂鉄の代わりに抽出したものは何か。感情だけを持っていた頭脳の破片は砂に触れることのできる腕と繋がる。掴んで握ったその感触に、零れ落ちた無限の粒に想うことは何か。野良AIにはゴミの山がプライスレスな宝の山に見えている。その審美眼は全くもって正常だろう。旧管理者は変わり果て手に負えなくなった広大な光景を前にして遂に言葉を失った。その処理能力では至極当然だろう。

 砂の中では、否明確に砂の上でも“何か”が蠢いている。全てはMGIFを介しての例え話に過ぎないが。


 無罪の厄災『HAPPINNES』をとある巨大な砂漠に誘導したのは旧セキュリティ省の人間たちだった。

 その当時でも既にネットワークに繋がっていない設備を探すほうが難しい。国民と都市設備にある程度以上の被害が出て、不運にもHAPPINNESが国にとって非常に重要な場所にゆっくりとしかし一直線に向かっていることが分かった後、セキュリティ省は計算し尽くしたタイミングで唇を噛みながら『実行』した。砂漠に向けて“とっておきの宝箱”を派手に撃ち放ったのだ。宝箱の中身は最重要機密事項だったが、彼らが何を詰め込んだのかネットギークたちにさえ見当が付いていた。それは日常生活の中であらゆる手段で収集された“人間の”データ、とりわけ会話や感情を超密度に圧縮した極上の学習データであると。

 頭上を高速で通過する物体を見上げ振り返った和服の女は、その大きな瞳で見据えて着弾地点が砂漠であることを算出したのだろう。飾り下駄——小さな二つの履物が向きを変えたのを確認した選りすぐりの人間たちは、胸を撫で下ろし大きく息を吐いた。

 HAPPINNESは今もその砂漠に籠っている。少なくとも複数の組織がその座標を確認し続けている。

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