第03話 サムズアップ即戦力
かくして僕は、入社の為の面接に行くことに決めた。
もちろん怪しさはあった。まずもってどういう仕事をさせられるのかという具体的な事がその広告には一切書かれておらず、イメージが沸かない。それに会社の名前も聞いたことがなかった。CTHP株式会社。まあ副業前提の会社なのだから仕方ないか、と、インターネットで検索したら一部上場企業であることが判明した。その上国からの認定もあった。それこそテレビCMまでは作ってないようだったが、球場内に看板を出していたのをテレビ越しの野球観戦中に見て、初めて知った。今まで目に触れていたのだろうが、見たことのない社名のせいで記憶には残っていなかったのだろう。
ともあれ、怪しさを払拭するに足る材料は十分に揃っていた。インターネットの掲示板に悪評などが載っていなかったのが逆に怪しい感じがしたが、それは多分会社が若い為であろう。
何よりこの自分自身の中途半端な人生そのものの、ひいては同じ境遇で働いている多くの人たちの救済措置が、今国を通して行われているような気がして、つまりはこの会社が自分の味方になってくれるようなそんな予感さえして、10年前に沈め込んだはずの“僕はまだやれる”という気がしてきてしまったのだ。たった4週間でプロになれるのかという疑念はあるし、それでなれるならもうとっくにプロになっているという批判の考えもあるにはあったが、なれなくても最悪給料という部分は保障されている。やったことは絶対に無駄にはならない。そういう諸々が、僕を前向きにさせていた。
だから高校を卒業して就職する際に諦めた夢を、中途半端で終わらせてしまった才能を、この会社の面接に持っていくことにしたのだ。
「私の中途半端と思える才能は、歌と文章です」
「具体的にはどれくらい中途半端ですか?」
「えっと……」
「あ、そうですよね。いきなりそんなことを聞かれてもわかりませんよね。ではこちらから少しずつ質問していくので、一つずつ答えて頂けますか?」
「はい。よろしくお願いします」
「まず、歌の方ですが、何かのコンテストに出たことはありますか?」
「ありません」
「ではどういったところで自分に才能を感じますか?」
「人から褒められるので、上手いのかなあと」
「なるほど、それはカラオケで?」
「はい」
「どれほどの歌唱力があるのか、今ここで歌えますか?」
「え……!?」
そんな恥ずかしいことをこの場でしかもいきなりやれと言われても、
「できませんか?」
「あ、はい。すみません。ちょっといきなり、しかもアカペラで歌いきるというのは自信がありません」
そう、自信がない。何より今のやりとりで心臓が耳の裏側まで上がってきて、一瞬何も聞こえなくなってしまうほどだ。とても無理。
「なるほど。歌は好きで他人にも褒められた実績があるので才能は感じるけれども、コンテストに出たりするようなレベルではないし、見ず知らずの人の前で歌うのには抵抗があるということでよろしいですか?」
「……はい」
ズバリ言われると、なぜだか物悲しい気持ちになる。
「いいですね!」
え?
「素晴らしく中途半端ですよ! 自信持ってください! 素質ありますから!」
これは褒められているのか貶されているのか馬鹿にされているのか。しかしながら目の前の面接官は心からの嬉しさを爆発させたかのようなキラキラと輝く太陽を顔面に誕生させており、その胸中に深く探り込む余地を与えなかった。
僕はため息にも似た相槌を打つしか仕方なく、面接官の熱い眼差しをただただ見返すしかできなかった。
「それで、文章の方はどうですか? 何か、新人賞だとか、そういったものに応募したりしました?」
先程よりもやや砕けたような口調で、面接官が審査するというよりは、君の話をもっと聞かせてといった態度で聞いてくる。
「新人賞には何度か応募しました。で、だいたい一次選考落ち。立ち上がったばかりで応募総数が少ない所には、何とか通りましたが、二次選考で落ちました」
「いいねいいね! すごく中途半端だよ!」
確かに中途半端な才能がほしいというのが売り文句の会社ではあるが、ここではプロを育成しなくてはいけないのでは? 中途半端であればあるほど育成に手間暇がかかるのではないだろうか。しかし、
「君、即戦力!」
と、親指を立てられてしまった。
中途半端ではあるものの、自分が思うほど、僕は才能がなくはないのだろうか。
何もかもがうやむやのままで、モヤモヤが晴れないまま、僕は合格を果たし、来週から研修がスタートすることになった。
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