抱卵の徒

安良巻祐介

 

 腕の中にたくさんの卵を抱いた、紙クズのように顔色の白い青年が、長い廊下を歩いていた。

 卵は大小様々、模様も千差万別で、おまけにどれもこれも、何の鳥のものだかわからない。少なくとも、ニワトリの卵などはない。

 青年は、怯えたような皺を顔の端に幾つも浮かべながら、ただ黙々と足を動かす。

 抱えた卵は、青年の歩みと共にそれぞれ勝手にぐらぐらと揺れ、零してしまいそうである。

 しかし青年は、頭のどこかで分かっている。自分はこの卵を落とすことはないのだと。

 それが卵である限り、自分はそれをしっかり抱え続けることができるし、この廊下はどこまで行っても終わらない。

 それだけでない。それが卵である限り、卵はすべてそれを産み出した自分にとっても、正体がわからないものであり続ける。少なくとも、何らかの種類の鳥のものとはならない。

 女頭の鳥や、火を吐く鳥や、翼のない、蛇に似た鳥など、抱える卵の親となりそうな鳥たちは図鑑の中にいくらもいる。しかし、自分がこうして抱えている限り、卵はそのうちのどれにも帰さないのだ。

 それを心の奥底で知っているから、青年はいつまでももどかしさと苦しみを捨てきれない。いつまでもどこかで安心している。いつまでも申し開きを――誰に、どんな釈明を、そもそも誰が求めるのかなんて知らないけれど――することができる。

 青年は時々、廊下の壁に据え付けられたうす青い鏡を覗きこむ。

 自分の顔に嘴や毛が生じていないか、瞳から光が失われていないかを、確かめるのだ。

 そうなることを恐れているのではない、むしろ彼は、そうなることを密かに期待していた。しかし、これまでもう幾度となく覗きこんできたが、鏡は彼に満足な答えを返してくれたことがない。

 彼は心のさらに奥深いところでは、実はちゃんと分かっている。自分の顔はいつまで経っても自分のものだと。変貌が劇的に訪れることなど永劫ないと。そしてこの廊下は、どこまで歩こうがどこかの部屋に至るわけではなく、歩き続けるためだけに、ただ延々と続いているだけなのだと。

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抱卵の徒 安良巻祐介 @aramaki88

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