第3話

「話は聞かせてもらった! それでも私は両方取るぜ!」

 さっき部屋を出て行ったはずの夏ちゃんが、仁王立ちでそこにいた。

「夏ちゃん、いつの間に」

「や、瑞穂ちゃんが説得に失敗したら出ようと思って、廊下で待機してた」

 あっさりと言う夏ちゃんに、私はため息をつく。いつもそうだ。なんでも無さそうな顔をして、いつだって私の思惑を踏み越える。

「そんなわけで、私の提案はこれだ」

 自信満々の声とともにコタツの天板に置かれたのは、カメのぬいぐるみだった。

「なんですか、これ」

「ぬいぐるみ。カメの」

「それは見れば分かる」

「名前はカメ吉だ」

「聞いてません」

 秋さんも夏ちゃんの意図を掴みかねて、不思議そうにしている。

「コタツは春子の物だ。好きなように片付けると良い。でもその前に、秋絵さんにはこのぬいぐるみに取り憑き直してもらう。カメ吉は私のだから、秋絵さんごと私の部屋に連れて帰る」

 完璧! と胸を張る夏ちゃん。

 秋さんはこくこくと頷いてカメ吉に手を伸ばし、ぎゅっと胸に抱きしめた。

 絵面としてかわいくはあるが、それだけだ。

「で、どうやって秋さんはカメ吉に取り憑き直せばいいの?」

「えっ、できないの?」

「ノープランも良いところじゃないですか」

 冬原が白い目で夏ちゃんを見る。

 夏ちゃんは目に見えて焦り出す。どうやら本当にこれで行けると思っていたらしい。

「だってほら、人形ってそういうの憑きやすいんだろ? ぐっと秋絵さんが力を籠めたら移れたりしないのか?」

 私が視線を送ると、秋さんはふるふると首を横に振った。

「無理だってさ」

「春子の霊能パワーでずばばーっと」

「できると思う?」

 腕を組んだ夏ちゃんは、重々しく頷いた。

「できると思ってた」

「夏希先輩を弁護するわけじゃありませんけど、できないんですか? 幽霊とかが見える人って、自衛のためにそういうオカルティックな物事に詳しくなるものだと思ってましたけど」

 冬原の言うことはもっともだ。夏ちゃんの行き当たりばったりよりは理に適っている。

 残念ながらお目にかかったことは一度もないが、そういう手法を学ぶことで超常現象から身を守っているお仲間さんもいるのかもしれない。例えば、テレビのオカルト特集とかに出てくる霊能力者さんが本物なら、正にそういう人だと言えるだろう。

 けれど、私はそうじゃない。

「ちょっと想像してみて欲しいんだけど、自分のクラスに嘘吐きと奇行で名が知られてる問題児がいるとするじゃない。そこに幽霊がいるーとか言い出したり、突然虚空を見つめてぶつぶつしゃべり出すような子」

 三人が一様に頷いた。

「ある日、図書館でその子を見かけたら、『黒魔術の神秘』とか『妖怪大百科』とか書かれた本を読んでいました。さて、どう思う」

「……あまりお近づきになりたくありませんね」

「小学生ならギリセーフ。中学生以上だとちょっと、その、痛々しいな」

 秋さんもかなり微妙な表情をしている。自分が今の話で虚空にあたる存在だと理解しているのだろうか。

「そういうわけよ。私はオカルトとか霊能力とか、詳しくないの」

 夏ちゃんはがっくりと肩を落とした。本当に私の霊能力や秋さんの幽霊力に期待していたらしい。それが出来たら、私がとっくにやっている。

 もう三人とも文句も無いだろうと、私は立ち上がろうとした。それを止めたのは、ぽつりと零された冬原の声だ。

「それが、自衛だったんですか」

 私は動きを止めたことをすぐに後悔した。動きを止めたことで、冬原にも夏ちゃんにも秋さんにも、それが事実だと分かってしまったに違いない。

 それが――オカルトを調べたりしないことが、自衛だった。それ以上、普通の人達から弾かれないための。

「少しは調べておけば良かったかな。もしかしたらカメ吉に秋さんを移せたかもしれない」

「そんなこと……」

 冬原はそれ以上を言葉にしなかった。

「秋さん、コタツ片付けるよ」

 私の携帯電話が、すぐに着信音を鳴らした。

『はい。また今年の冬に』

 隣からその文面を覗きこんだ夏ちゃんは、彼女からすれば宙に浮かんでいるだけのカメ吉に向かって笑った。

「秋の中ごろには会える。私と瑞穂ちゃんが、春子を説得するからな」

 どうせ夏ちゃんにも冬原にも見えないのに、秋さんは満面の笑顔になった。

「すっごい笑ってる」

 そう伝えると、夏ちゃんは笑って頷いた。冬原も「頼まれました」と、真剣な表情で約束の言葉を口にした。

 私は立ち上がると、学習机の上に置きっぱなしですっかりぬるくなった麦茶を飲みほす。汗をかいた紙コップは、水分を含んでべろべろだった。

「片付けの前に、夏ちゃん、麦茶もう一杯いる?」

「あ、いるいる」

「了解」

 私は頼まれてもいない冬原の紙コップを用意して、冷蔵庫から水出し麦茶のポットを取り出した。使用済みのコップが三つのままでは、掃除なんて始める気にはなれなかった。

 夏ちゃんと冬原と秋さんと私。この部屋には四人の寮生が集まったのだから。


   〈さらばコタツムリ。また会う日まで。・了〉

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