第36話 野望の終わり

 ダイダラボッチが出現して一日が経った。

 相変わらず南の太平洋目指して掘り進むダイダラボッチに変わったところはない。

 が、人間側の対応は日本政府が静観を発表したことによって、大きく変わった。

 

 まず最初に動いたのは幸花率いるびわこハウス株式会社だ。


 京都の水の都計画を一時中断し、全社員を鈴鹿・台高山脈へ結集。ダイダラボッチが掘った部分にそのまま琵琶湖の水を流し込んだ状態では台風や大雨による決壊が予想される為、築堤や護岸工事を急ピッチで進めた。

 

 次に動きが見られたのはインターネットである。


 テレビでもダイダラボッチの中継映像が流されたが、どこもヘリからの映像で変化がなく、その点、個人がSNSで流す動画はぎりぎり近くまで寄って迫力満点だったり、日常風景の中にダイダラボッチという異質な存在が写り込んでいたりと見る人の目を引いた。


 それらダイダラボッチの動画投稿が揃ってバズると、中にはわざわざ遠方から駆け付ける者まで現れる。そこでますます多種多様な映像が流された上に、どれだけ近づこうが人間には危害を与えないことから、人々がダイダラボッチを大きくて怖いものから可愛いものへと認識を変えるのにそう時間はかからなかった。

 

 こうなると日本人の熱い掌返しが始まるのはご存知の通りである。

 

 テレビは勝手にダイダラボッチの愛称をダイちゃんに決めてしまうし、日本政府は立ち上げた「ダイダラボッチ緊急対策委員会」を「頑張れダイちゃん!応援委員会」に名称変更。近くの三重県や滋賀県の幼稚園はバスでダイダラボッチが見える場所まで遠足に出向き、園児たちが「ダイちゃーん、頑張ってー!」と応援する始末である。

 

 当初は日本政府の決定に「日本百景にも選ばれた特別天然記念物の大台ケ原山を何だと思っているんだっ!」と憤慨していた三重県も連日世間を賑わすこの事態にご満悦で、ブームが過ぎた後も巨人が作った台高山脈を貫く野洲川を伊勢神宮、志摩水族館、鈴鹿サーキットに続く第四の観光地にしようと予算を計上した。

 

 かくして日本各地が降って湧いたダイちゃんブームに熱狂する中、当のダイちゃんことダイダラボッチはひたすら「うみゃみゃみゃ!」と掘り進み、ついには三重県は熊野市の北部で熊野灘へと出て、セクシーな蛇行を描く新野洲川を完成させたのである。

 実に出現から一週間後のことであった。

 

 唸りを上げる琵琶湖の水が、南東に向かって険しい山々の間を突き進む。

 琵琶湖の水は、人類が誕生してからは西にしか流れたことがない。つまりこれは人類がかつて見たことがない光景だ。ましてや太平洋へと注ぎ込む日が再び来ようとは、琵琶湖の水たちすらも思っていなかったことであろう。

 

 新野洲川の熊野河口から琵琶湖の水がどんどん太平洋へと流れていく。

 その流れはもう誰も止めることは出来ない。

 琵琶湖の水が涸れ果てることはないまでも、しかし、これで滋賀県が琵琶湖をどんどん拡大していくのはほぼ不可能であろう。


「終わったな……」


 役目を果たし終えた今、登場時と同じように金色に輝き、その姿を太陽に照らされた淡雪のように消えていくダイダラボッチを眺めながら、大島は滋賀県の野望もまたここに潰えたことを感じ取っていた。

 

 そう全ては終わった……はずだった。

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