第35話 国造りの神
ホタル・コウヨウがYouTubeで生放送をする一時間ほど前。
『大島にゃんは「マインクラフト」ってゲームを知っているかにゃ?』
ダイダラボッチは一体何をしようとしているのかと考え込む大島に、ホテル・コウヨウは意外な言葉を繰り出してきた。
「え? ええ、まぁ知ってますけど」
大島より先に結婚した妹が帰省した際、六歳になる甥っ子が携帯機で遊んでいるのを見たことがある。
綺麗な映像が当たり前の昨今では珍しく、キャラも世界もなんだかレゴみたいなブロックで形成されているゲームだ。甥っ子に聞けば自分で建物やら武器やらを作ったりするらしい。ますますレゴだなと思った。
『遊んでみたことはあるかにゃ?』
「はぁ。でも、甥っ子が作った家を壊してしまって怒られました」
おじちゃんもやってみると手渡されたものの、操作が分からずとりあえずボタンを押したら目の前のテーブルが消えてしまった。
あっという間に甥っ子にゲーム機を取り上げられたのは言うまでもない。
『それにゃ! ダイダラボッチもその甥っ子と同じにゃよ』
「は?」
『ダイダラボッチはこの国を作った巨人にゃ。それが自分の寝ている間に様変わりしていたらどうするにゃ?』
「えーと、つまりダイダラボッチは自分が作った状態に戻そうとしている、と?」
言っている意味を確認しようと問いただす大島に、ホテル・コウヨウは笑顔で頷いて説明をし始めた。
なんでも人の歴史が始まるよりもずっと前、琵琶湖から流れ出すのは瀬田川だけではなかったらしい。今や琵琶湖に流れ込む川の中でも最も大きな野洲川もまた、遥か昔は逆に伊勢湾へ向かって流れ出ていたというのだ。
「それではなんや、ダイダラボッチは太古の野洲川を作り直そうとしている、ってことかいな?」
思わぬホテル・コウヨウの超理論に、島田島介がたまらず口を挟んでくる。
『そういうことにゃ』
「ホンマかいな……それやったら僕はダイダラボッチを応援するで」
「ちょ! あんたいきなり何よそれ!?」
「だってそやろ。僕はあんたらが琵琶湖を大きくするのを阻止する為に番組をやろうとしてたんやで」
この期に及んで見せる敵対姿勢に噛みつく心だったが、そんなのどこ吹く風とばかりに島介は相手にしない。
「で、野洲川が流出する側になったら、あんたらは大阪に進出出来るんか?」
『無理にゃ。それだけの水量を貯めるにはかなり時間がかかるにゃ』
よっしゃとガッツポーズする島介。
番組は不本意にも中止となったが、結果的に目標が達成出来るならダイダラボッチ様様だ。
「でも、ちょっと待ってください。さっき旧野洲川は伊勢湾に流れ出していたと言ってましたが、それならばダイダラボッチの進路はおかしくないですか?」
大島がダイダラボッチの進撃経路を書き記した地図を広げてみせる。
伊吹山麓から跳躍し、鈴鹿山脈の高畑山へと着地したダイダラボッチはそのまま伊勢湾がある東へ進路を取るのではなく、尾根にそって南下。もうすぐ大台ケ原山のある台高山脈へと向かっている。
「このままでは伊勢湾ではなく、熊野灘……太平洋へと出てしまいます」
『そうだにゃあ。その理由まではさすがによく――』
「やっぱりダイダラボッチ様は私のお願いを覚えているんだと思いますぅ」
ホタル・コウヨウが答えるのを美富士が遮って言った。
「お願い、ですか」
「はい。だって見てください、高畑山から東の伊勢湾に向かったら亀山市や鈴鹿市など人がいっぱい住んでいるところに突き当たるじゃないですかぁ。それを避けているってことはやっぱり!」
私との約束を覚えていてくれているんですよぅと笑顔の大輪を咲かせる美富士。
さすがにそれは考えが甘すぎるとは思うものの、かと言って反論できるほどの材料もない。ま、これはとりあえず美富士の考えが正しいことにしておいて、大切なのは――。
「で、どうするつもりです、ホタル知事?」
大島はホタル・コウヨウに結論を求めた。
これからYouTubeの生放送をするということは、すなわち今回の騒動に対して滋賀県はどうするのかを表明するということである。
自衛隊を使って駆逐しようとしている日本政府に対し協力するのか、それともこれまで滋賀県の躍進を影で支えてきたダイダラボッチを守る側につくのか。
それはまた同時に琵琶湖の水を守るか守らないかということでもあった。
『……ホタルの気持ちは決まっているにゃ』
大島の問いかけに、ホタル・コウヨウは静かに答える。
『この国を作ったのはダイダラボッチにゃ。だったら人間の勝手でダイダラボッチを止めるわけにはいかないにゃよ』
『そういうわけでホタル達はダイダラボッチを支援することに決めたにゃ』
さらに今回の騒動で起きた被害額は全て滋賀県が請け負うから、ダイダラボッチへの攻撃をやめてほしいにゃ、とホタル・コウヨウはYouTubeで必死に訴えた。
いくら常識では考えられない巨大生物とは言え、それが伝説で語られるダイダラボッチ本人だとは放送を見ている世界中の誰もが本気で信じてはいない。
しかし、ホタル・コウヨウが言うように、ダイダラボッチは旧野洲川を作り直そうとしており、しかも本来の東進ルートに行かず南進していることからも人間への被害を極力抑えようとしているのも見える。
さらにホタル・コウヨウによればダイダラボッチは無事野洲川を作り直した直後、エネルギー切れのため消滅する可能性が高いというのだ。
ならば無理に利くか効かないか分からない攻撃をして無駄に税金を使った挙句、下手にダイダラボッチを怒らせて予想外な行動に出られるよりも今のまま好きなようにさせておいた方がいいのではないかと放送を見ていた多くの者が思い始めた翌日の深夜未明。
「えー、日本政府はダイダラボッチへの攻撃を一時延期することにいたしました」
ホタル・コウヨウの嘆願を汲んでかどうかは分からないが、防衛大臣は記者会見にてそう発表した。
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